Final.大街道

 スターターセットの内容と各人のステータスも確認できたので、コンパスだけを残して荷物はすべてウエストポーチに戻す。

 もちろん、シャワーヘッドもだ。


 試しに第三の加護スキル圧縮シュリンク〟も試してみたが、小さくできたのは貨幣、オイルライター、コンパスのみ。シャワーヘッドはもちろん、巻物やアニタブもスキルによる生成品という扱いなのだろう。


 もっとも、コンパスはすぐに使うし、ライターも十分の一のサイズでは無くしてしまいそうなので元に戻す。

 小さくしたのは六枚の硬貨のみだったが、一枚百グラム以上はありそうな巨大なメダル硬貨だったため、ポーチの重量はかなり軽くなった。

 大きい物や重い物を持ち運ぶ際はかなり重宝しそうだ。


「このあとどうするの?」


 澪緒みおが両足を前後に開き、アキレス腱を伸ばすようにストレッチを始める。

 出発準備モードに移行したようだ。


「とりあえず水は確保できたけど、食料もなければ風呂もトイレもないからな」

「シャワーはあるけどね?」

「茶化すな。とにかく、ここにいても何も事態が好転しないのは確かだ」

「ってことは、いよいよ現地人探し!?」


 目を輝かせる澪緒に、今度は俺も頷き返す。

 誰とも関わらず、この三人だけで暮らしていくというわけにはいかない。

 早く人のいる場所に辿り付かなければ、異界生活、ひいては現実世界へ帰還するためのスタートラインにすら立てない。


「とりあえず、さっきの立て札にあったヴァプールかアングヒルを目指そうと思うんだけど……」

「でもあれ、ボロボロだったし、道もだいぶ使われていなさそうだったよね?」

「恐らく、あれは旧道だろう」

「きゅうどう?」


 メメント・モリにおける人間の生活圏は、北半球の二つの大陸——大パンタシアと小パンタシアで、その大部分を占めている。

 ヴァプールやアングヒルがあるのは、小パンタシア大陸でも最も西に位置するベアトリクスという国の領内だ。


「この大陸では昔、アルハイム帝国が全土を統一した際に、大陸各地に迅速に派兵できるよう直線的で幅員も広い大街道網を張り巡らせたんだ」

「それがさっきの道ってこと?」

「違う違う。大街道の発達により往来おうらいの中心が大街道に移ったことで、いくつもの従来街道が放置され忘れ去られていったんだよ」

「それがさっきの道だっ!」

「そう。さっきの森道もりみちも、かつてはこの辺りの地方都市を結んでいた街道の一つに違いない」


 今は再び、大陸西半せいはんに四つの国が勃興ぼっこうし、四分五裂しぶんごれつの時代に突入。

 傾国けいこくアルハイムの支配圏は大陸東半とうはんのみに押しやられているが、大街道だけは現在も各地の動脈として人々に利用されている。


 ……というのが、メメント・モリの世界設定における小パンタシアの歴史。


「つまり、あの道も、ちゃんと町には繋がっている、ってこと?」

「そうだな。町ではなくても、近くの大街道までは間違いなく繋がっているだろう。問題はどちらを目指すか、だが……」

「もちろん、おっきい方!」

「……ってことは、アングヒルか?」

「そうだっけ? だって、大きい方が可愛い物もいっぱい売ってそうだし」


 可愛い物はともかく、物資調達や情報収集を考えれば大きい街の方が有利だ。

 しかし、メメント・モリの設定に準じているのであれば、アングヒルは一万人以上の人口を抱える、小規模とはいえれっきとした地方都市だ。


 改めて、自分も含めてぐるりとメンバーを一瞥する。


 魔法使いと戦闘メイド……そして、この世界の物ではない制服を着た男子高生。

 こんな特徴的な三人組が、はたして現地人から奇異の目で見られることなく行動できるだろうか?

 まだ何の情報もない状態でいきなり多くの人が集まる場所におもむくのはかなりリスキーに思える。


「あたしは燐太郎に任せるよ。その立て札とやらも見てねぇし、ゲームのことはよく知らねぇし……」と、ユユ。

「じゃあ、ここはとりあえずヴァプールを目指そう。単純に距離が近いし、まだこの世界に来たばかりでいきなり地方都市というのも不安だしな」


 ヴァプールは人口二百人程度の小さな山間やまあいの村だ。本格的な活動は、そこで少し情報収集をしてからでも遅くはないだろう。

 方針を決めると早速三人で立て札の場所まで戻り、書かれている内容を改めて確認する。


〝← ᛨᚠᚤᛰᛰᛪヴァプール 3ᛥ/ᚠᛞᛟᚻᛣᛪᛪアングヒル 5ᛥ →〟


「この、数字の後の、星みたいなマーク(ᛥ)は、何?」


 看板の位置まで戻ると、書かれている文字を指差しながら澪緒が尋ねてきた。


「それは〝M〟。この世界の距離単位〝ミーク〟の頭文字だろう。一ミークは千六百メートル……つまり、ヴァプールまで約四.八キロってことだ」

「それくらいなら一時間もあれば着きそうだね」

「そうだな。まあ、この足元の悪い森道がどこまで続くかにもよるが……」


 しかし、五分も歩くと、あっさりと大きな側道に出る。

 ……というよりも、むしろこちらの方が本道か。


 石畳の大通り。

 西へ向かって真っ直ぐにのびる並木は世界史の教科書で見たアッピア街道を髣髴とさせる。路端ろばたを含めた幅員は、十メートル近くありそうだ。

 どうやら俺たちが通ってきた旧道は丘越えのための森道だったようで、現在ではすぐ横に大街道ができたため、使われなくなっていたのだろう。


 ……といっても、大街道の方もたまたまなのか、あるいはもともと交通量が少ないのか往来する人の姿は見られない。

 澪緒がくるくると回りながら道の真ん中に躍り出て、


「すっごい綺麗! 石畳っぽい!」

「そりゃ石畳だからな……」


 並木が立ち並ぶ路端でも森道に比べれば断然歩きやすい。

 この感じなら予定通り一時間程度で目的地に着けそうだ。


「澪緒、今はあまり人目につきたくない。念のため路端を歩こう」

「はいはぁ~い」


 澪緒のお気楽な返事と共に、聞き慣れない音が耳朶じだに触れる。

 街道の先、進行方向とは逆からだ。


 振り向けば、切り崩された丘陵の合間を突き抜けるように、ゆるいカーブを描きながら東へ向かって伸びる大街道。

 その先から聞こえてくるのはカカッ、カカッというひずめが石畳を打つような硬質音。そして、タタッ、タタッと言う、もっと柔らかい響きの音も混じっているようだ。


 立ち止まって目を凝らしていると、岸壁の影に隠れたカーブの先からすぐに数頭の狼のような影が現れ、石畳の道路をこちらへ向かって走ってくるのが見えた。


——魔物!? いや、あれは……インペリアル・ハウンドか!


 ハウンドの背には、それぞれ人影も見える。

 素早く周囲を見渡したが、三人ですぐに身を隠せるような場所もない。


 俺は、ボディバッグ(←※注:ウエストポーチ)の中にそっと手を忍ばせた。

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