02.閃く白刃

「なんやて!?」


 ウサ耳に釣られ、俺まで滅多に使わない関西弁で答えてしまった。


「なぁ~んてな? 冗談や冗談」


——冗談かよ! この世界のノリが分かんねえよ!


「しかし……」と、相変わらず俺たちに視線を向けたままティスバルが続ける。

有時ゆうじにつき、警戒エリア内にいる不審人物は審議を通さず、斬首も含めて現地にて処断してよしとの通達も出ています」


 さらに——。


「おまえら、貴族ではないな?」


 尋ねられて仕方なく頷くと、再び少女とティスバルが会話を始める。


「平民で加護スキル持ちなど、……やはり普通ではありません」

「せやなぁ。……ほな、捕まえる?」

「捕縛のための兵員は従えておりません。一旦斬り捨てておいて帰りに死体だけ回収しても……」

「どうしても、今日中にヴァプールに行かなあかん、ってわけでもないんちゃう? 知らんけど」

「そんな、悠長な!」

「ま、ウチらはどっちでもかまへんわ。道中のことは興団の管轄やし、加護スキル持ちなら最悪あとで蘇生も利くしな?」


 おいおいおい! こいつら、なに物騒なこと話してんだ!?

 要は、捕まえるのも面倒だから斬り殺しておくか、って話?

 蘇生もできるとは言ってるが、それだって本当にやってくれるかどうか分かったもんじゃない。


——この世界に来てさっそく死亡とか、冗談じゃねぇぞ!?


「ただ……」と、言葉を切って俺たち三人を一瞥いちべつするウサ耳。

「不審っちゃ不審やけど、ウチには悪人にも見えへんけどなぁ。……どや?」


 ウサ耳に話を振られた隣の大リボンの少女も、ジッと俺たちを見据えて、


種子・・は見当たりません。男の戦闘力は五、魔法士の女は八……」

「なんや雑魚やん! 放っといてもええくらいの戦闘力や」


——ちょ、ちょっと待て! 俺の戦闘力がユユより下だと!?


「赤髪の少女は……四十です」

「ほう、四十か。素手にしてはなかなかのもんやな」


 少し驚いたように目縁まぶちを広げると、澪緒みおの頭からつま先まで、めるようにつぶらな瞳を上下させるウサ耳。


 待て待て待て! 澪緒は四十!?

 いくらなんでも、俺の八倍って、差がありすぎじゃないか!?

 あの大リボン、何の根拠があってあんなことを……。


 数字を聞いて、再びティスバルが口を開く。


「素手で四十と言えば、紅羊こうよう級程度の戦闘力はあるということ。やはり、このまま捨て置くわけにはいきませんな」

「それと、男の内ポケットに——」と何か言いかけた大リボンを、

「もうええよ」


 ウサ耳が手を上げて制止する。


「……まあ、ディスバルはんに任せるわ。うちらは馬車の中で昼寝でもしとるから、済んだら起こしてや。……んじゃ、戻ろか?」


 ウサ耳に声をかけられ、目礼で返す大リボン。

 そのまま背を向けて立ち去る二人を、しかし、ディスバルは一顧だにせず、


「後ろを向いて、両膝を地面に着けろ」


 俺たちに向けられた、押し殺したような濁声だくせいが午後の街道に響く。

 言われるがままに背中を向けようとしたその刹那、ティスバルと視線が交わった。

 一切の予断が見られない、暗く、強い眼光。


 相変わらず、右手は剣の柄にかかっている。

 ピンと張り詰める空気。

 その時、理屈ではない、強烈なイメージが俺の意識に流れ込んでくる。


——こいつ、やっぱり俺たちを殺す気だ。


 今まで平和な日本に暮らしてきて、本物の殺気を向けられた経験なんて一度もない。だが、人の心や空気を読むことには慣れっこだ。

 エンパス体質も手伝い、ゲーマーとしての俺の本能が頭の中で激しく警鐘を打ち鳴らしている。


——このままでは、死! ジ・エンド! ゲームオーバー!


 しんば捕縛されたとしても……と、メメント・モリの設定を思い出す。


 今、俺たちがいる最西国ベアトリクスを治めているのは、早逝そうせいした先代に代わって領主の座に就いた幼い娘だったはず。

 しかし、実際に政務を取り仕切っているのは、苛烈な弾圧政策を敷く宰相のナタン=パジェスという男だ。


 お伽噺とぎばなしのようなフレーバーテキストからはそれ以上の情報は得られなかったが、元の世界の歴史を紐解いても、諸侯勃興の時代に捕らえられた不審な外国人がどのような扱いを受けるかは想像に難くない。


——どちらにしろ、今こいつらと関わることは愚行!


 のんびり考えていられるほど、俺たちには時間も選択肢も残されていない。

 今は、直感に従うしか……。


 振り返ると同時に制服の内ポケットに右手を滑りこませる。

 指先に触れたのは、インペリアル・ハウンドの影を見つけた直後、もしもの時のためにと鞄から抜き取っておいた凍結ジェリダの巻物。


 ぶっつけ本番になってしまったが、今頼れるのはこれだけだ。

 親指一本で素早く巻物の封蝋を解くと、そのまま止まらずに一回転。

 再びティスバルに向き直り、


gelidaジェリダ!」


 奇跡名を詠唱しながら巻物を投げつけた。

 直後、粒子となって霧散する巻物に代わり、水色の大型魔法円が宙に現れる。

 ……が、それもまた、打ち砕かれた氷像のよう砕け散って——。


 俺たちを避けるように地表からり出してきたのは、想像していたよりもずっと巨大な数多あまたの氷柱。

 冷気の牢櫃ろうひつが次々とティスバルたちを呑み込んでいく。


「今だ! 逃げるぞ!」


 俺の号令一下、三人で先ほど歩いてきた森の中へ逃げ込む。

 俺の判断で、危ないと思えばジェリダを撃って逃げると、あらかじめ打ち合わせておいたのだ。

 メメント・モリにおける凍結ジェリダの奇跡は、追加攻撃を加えなければ単なる足止めに過ぎないが、ゲームと同じならあいつらを撒くくらいの時間は稼げるはずだ。


 ……と思っていたのだが。


 斜面を駆け上り始めると、背後からミシミシッ、と何かのきしむ音。

 続いて、ガラガラという崩落音と共に「待てぇぇぇっ!」と言うティスバルの怒号が樹間を貫いて追いかけてきた。

 振り向くと、氷漬けとなった他の騎士やハウンドを尻目に、ティスバルだけが凍結の呪縛を解いて走りだしている。


——なんだあいつ! 奇跡抵抗装備でも付けていたのか!?


 さらに、「きゃあっ!」という叫び声。

 俺のすぐ後ろで、木の根につまずいて転倒したのは——、


「ユユッ!」


 俺も立ち止まり、ユユの手を引こうときびすを返す。

 が、すでにティスバルも、抜剣しながら眼前に迫っていた。

 長剣を頭上に掲げ、今にもユユへ振り下ろさんと激声げきせいを飛ばす追跡者。


——間に合わねえっ!


 流れ込んできたユユの恐怖心に反応して、考えるよりも早く身体が動く。

 ユユの前に滑り込むと、そのまま渾身の体当たりをティスバルに食らわせた。


 足元が悪い中での不意打ち。

 しかも、剣を振り下ろす直前で体幹が崩れたこともあり、さしもの屈強な剣士も、思わずよろめいて二、三歩後退あとずさる。

 さらに、木の根に躓いて仰向けに転倒。


「ユユ、早く!」


 ユユの手を取って助け起こそうとしたその時——。

 彼女の顔が恐怖で引きった。


「燐太郎! 後ろ!」


——後ろ?


 脇から覗き込むように振り返った視界の隅で、ひらめ白刃はくじん

 気が付けば、鮮血をまとったロングソードの切っ先が、俺の右胸から飛び出していた。

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