03.戦闘メイド ※
——あ、あがっ……。
「ガハァッ……!」
「燐太郎っ!」
「お兄ちゃんっ!」
上半身を起こしただけの体勢から繰り出されたティスバルの突きが、俺の右胸を貫いていた。
切っ先が引き抜かれると同時に、背後でティスバルの立ち上がる気配。
直後、蹴り転がされ、仰向けに変わる俺の身体。
「卿団に対してジェリダの使用は完全な反逆罪! 覚悟はできているだろうな!?」
反逆罪? 覚悟?
最初から殺す気満々だったじゃねぇか!
不審な外国人ってだけで……命の価値が軽すぎるぞ、ゲーム世界!
——死ぬのか? こんな所で、こんな理由で……?
俺の頭上で振り上げられたロングソードの鈍色を、ぼんやりと眺める。
迫る白刃が、俺の脳天を真っ二つに打ち割り、地面に
ガギンッ! という金属音と共に聞こえてきたのは、
「よ、く、も……お、に、い、ちゃ、ん、をぉ——っ! 許さなぁ——いっ!」
——澪緒!?
閉じかけた両
表情は
「オンナぁ——っ! どこからその武器をっ!?」
両腕に力を篭めるティスバル。
ギリリ、と
「……ゆ、ユユ!……ガハッ」
生暖かい、ドロリとした液体が喉に
「ち、治癒の、まきっ……巻物をっ……ゴホッ……」
「まっ、待ってろ!」
ユユが我に返ったように腰を上げ、俺の鞄から巻物を抜き取ると封蝋を
「えっとえっと……な、なんだっけ!?」
「さっ……
「さ、さにたぁ~てむっ!」
ユユの詠唱に合わせて
そこに現れた魔法円を、ユユが指で操り俺の右胸の患部にあてがう。
シャツの裂け目から、胸の穴がみるみる癒合するのが見え、傷みが引いてゆく。
……と同時に、体中から力が抜けるような感覚。
——
魔力の概念がなかったメメント・モリにおいて、治癒の奇跡を施した際に必要となったのはキャラのヒットポイント、つまり、現実世界における体力だ。
消耗度合いは怪我の程度や施術の頻度、奇跡のランクによって異なるとあったが、肺を貫通したような致命傷の治癒ともなると相応の体力が必要なのだろう。
——足に、力が入らねぇ。せっかく傷が治っても、これじゃあ逃げることが……。
いくら澪緒の腕力が強いと言っても、職業兵であるティスバルの方が剣技は何枚も
と思って振り返ると、しかし、意外にもそこには、ティスバルとほぼ互角に
いや、むしろ、澪緒の方が押している!?
——あのパワー! ササミとプロテインが主食だっただけのことはある!
直後、澪緒が身体を時計回りに捻ってティスバルの打ち下ろしを
間髪入れず、クルリと反転して右剣で水平斬り。
さらに回転を加え、左剣で追撃をあびせる。
初撃はギリギリ剣の腹で受け止めたティスバルだったが、続く回転斬りを見て
距離を取るも、足場が悪い上に谷側に下りながらの背面移動だ。
ついにバランスを崩して斜面を転げ落ちてしまった。
——よし、今だ!
「に、逃げろ、澪緒!」
俺も、何とか立ち上がろうと、両膝に力を入れる。
が、しかし。
「よっくもぉ——っ! お兄ちゃんをぉ——っ!」
完全に
……いや、ほぼジャンプをするように跳び掛かる戦闘メイド!
着地と同時に右、左、右!
屈強な剣士を追い詰めてゆく、
谷側に
——な、何だあの、澪緒の動きは? 明らかに素人の動きじゃないぞ!?
ついに木の幹を背にしたティスバルが、横へ逃げようと身を
すぐに構え直そうと仰向けに転がったティスバルの右手首をすかさず踏みつけ、マチェットを振り上げる澪緒。
「もういいっ! 澪緒っ! 傷は治ったからっ!」
しかし——。
「はあぁぁぁぁぁ——っ!」
俺の声が届かないのか、葉漏れ日に
刹那。
ガキンッ! と、緑の
ティスバルを
「退いて下さい」
御者台に座っていた、そして、先ほど立ち去ったはずの二人の少女のうちの一人……大リボンの方だ。
頭部をガードするように
フリルの付いた長袖は裂けているが、その下にあるはずの腕は繋がったまま。
それに、さっきの金属音……。
何か、仕込み武器でも持ってるのか?
い、いや、今はそれよりも——、
「退くんだっ、澪緒!」
俺の声にようやく反応して振り返る澪緒。
「お、お兄ちゃん……け、怪我……は?」
「平気だ! 今、巻物で治したから!」
「お……おに、おに、おに……お兄ちゃあああ~ん!」
泣きながらこちらへ駆けてきた澪緒を抱きとめようと両膝に力を入れる。
……が、ふらついて崩れ落ちそうになったところを、逆に澪緒に抱き抱えられ。
「お、お兄ちゃん? へ、平気? なんか、生まれたての小鹿より酷いよ?」
「怪我を治すときに、ちょっと体力が……」
「もう、大丈夫なんだよね!?」
大丈夫……と言っていいのだろうか?
俺がこの状態では、少なくとも三人で逃げるのは不可能だ。
戦うにしても、澪緒の攻撃を受け止めるような加勢まで来られては勝つのは難しいだろう。
かと言って、戦闘力が五や八の俺とユユじゃ、目クソ鼻クソ、
一か八か、大人しく捕まってみるか?
いや、しかし、ここまで
先ほどのティスバルの態度を見ても、万に一つも助かる見込みは……。
——つまり、事態はまったく好転していない!?
「さ……サトリ……」
ティスバルが呟いた直後、
「サトリにも敬称を付けてゆーてるやろ」
樹間から姿を現したのはもう一人の少女、ウサ耳の方だ。
「なんぼサトリがオートマタゆーたって、ウチが自分に似せて作った分身やし、同じ姓も与えとるんや。ゆーたら、ウチの妹みたいなものやねんから」
……お、オートマタ?
あのリボンの子、
ティスバルが立ち上がりながら、流し目でウサ耳に視線を送る。
「恐れながらユトリ様。人形への敬称の強要は卿団の面目にも関わること。王女の
言い終えると、その
「どけ、サトリ。あんな巻物を持ち歩いているなど、明らかに
「あなたには無理です」
ティスバルの言葉を途中で
平坦な声色で、さらに驚愕の事実を口にした。
「あの女性の現在の戦闘力は、一万五千です」
※補足
【
牛の尿と馬の糞 。価値のないもの、役に立たないものの例え。
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