04.妨害

 目の前にはガラス工房長のエミリアンが、腕組みをして木箱の一つに腰を下ろしている。さらに、彼を取り囲むように、老若男女の工員たちも十人ほどが勢揃いしていた。

 彼らと向かい合うように俺たちも椅子や木箱に腰掛け、険悪なムードの中でベルがオロオロと視線を行き来させている。


 ティコが次期領主だとバレてしまわないか心配だったが、呼びに来た二人の工員も気付いてはいなかったし、この工房内でも気づかれた様子はない。

 彼らからしてみれば、一年前にチラッと見ただけの次期領主だし、街娘のようなポニーテールに変えていたこともそれなりに効果があったようだ。


「いってえ、どういうことなんだい、ミオ様?」

「どうって言われても……どうなんだろうねぇ、お兄ちゃん?」


 ガラス工房へ着いてすぐに、帰りの道中で聞いた話とほぼ同じ内容を、たった今エミリアンからも聞かされたばかりだ。

 能天気に話を振ってきた澪緒みおに代わって、俺が会話を引き継ぐ。


「……確認ですが、あのガラスの製法は、工業ギルドですでに製法登録されていたということで、間違いないですね?」


 エミリアンもギロリとこちらへ視線を向け直し、


「さっきからそう言ってんだろ。もともと俺たちにとっちゃ降って沸いたような話だったし、不満を言う筋合いでもねえ。……ただ、田舎もんをこんな手の込んだやり方でぬか喜びさせるなんて、悪戯にしちゃあ性質たちが悪くねえか?」

「いや、澪緒様に限って、そんなつもりは決して……。そんなことをしても、こちらには何の益もありませんし……」


 頼んでいた鉄型が届いたのは、今日の午前中だったようだ。思ったよりも早かったため、予定を前倒しして試作品の製作に着手したらしい。

 俺も工房のテーブルにあった板ガラスの完成品を見せてもらったが、出来栄えは文句なし。軽く研磨もしたようだが、想像以上に綺麗な仕上がりだった。


 これほどの物を目にしてしまえば、一刻も早く製法登録を済ませ、本格的な量産に向けて準備に入りたい、と思うのも無理からぬことだろう。

 俺の帰りも予定より遅くなったし、エミリアンたちが独断で登録申請に行ったことは別に問題じゃない。


 しかし――。


「疑うわけではないですが、登録されていたのは本当に、澪緒様が考えたものと同じ作り方でしたか?」

「ったりめえだ。そもそも、俺らじゃなくギルド側の弁理士がそう判断したんだからな。……おいフレディ! あの紙をミオ様たちに見せてやれ」

「へ、へい!」


 フレディと呼ばれた若い工員が一枚の紙を俺に差し出してきた。どうやら、くだんの製法の​登録原簿謄本とうほんらしい。

 目を通すと、製法名は〝ᚬᛉᛪᛣᛞᚧᚥᚠᛠᛣᛋシリンダラーティス ᛥᛰᚧᚢᛥモデューム(円筒法)〟となっており、製造工程に関する説明も、まったくと言っていいほど俺がここで先日指南した内容と一緒だ。


 しかし、登録された日付を見て俺は眉をひそめる。


「サトリ、今、何年だっけ?」

「エレイネス暦で三百四十四年です」

「となると……この部分、おかしくないか?」

「ん?」


 俺が指差した部分を、エミリアンや、他のみんなも覗き込む。


「申請日と承認日が、どちらも今年の四月八日……つまり、一昨日だ」

「ちょ、ちょっと待て! するってぇと、つまり、どういうことなんだ?」


 俺からひったくるように謄本を奪い取ると、改めて内容を吟味するエミリアン。


「一昨日ってことは……」

「はい。ここで板ガラスの新製法を話した、二日後です。つまり……」


 一旦言葉を切り、俺は全員の顔を一瞥する。


「構わねぇ。続けろ」

「はい……このことが単なる偶然とは考え難い。ここで作った板ガラスの情報を、ここに載っている申請者のカッセル商会に何者かがリークした可能性が高いと言わざるを得ません」

「まさか、俺たちの中の誰かが情報を流したとでも言いてぇのか!?」


 気色ばんで腰を浮かせかけたエミリアンを、「そうは言っていません」と慌てて手で制する。

 別に密室で話していたわけじゃないし、こんなオープンな建物なら外部の者が盗み見ることだって、やろうと思えば可能だっただろう。


(ちょっと待って欲しいですの……)


 俺の推論を裏付けたのは、声を潜めて話しかけてきたティコだ。


(どうした?)

(カッセル商会って……どうも聞き覚えがあると思いましたら、マクシムの出身が確か、この商会でしたの)

(なに!?)


 創業家のカッセル家に代わり、現在の商会の代表を務めているのがロンズデール家。そして、先代ミシェル・ロンズデールの五男がマクシムだというのだ。


 現在、くだんの商家を取り仕切っているのはミシェルの長男と次男――つまり、マクシムの兄たちだ。

 家を継がない者は家を出て独立するのが平民の間でも一般的で、マクシムも実家を離れてエスコフィエ伯爵家の使用人となったらしい。

 その後、ティコと彼女の母・エリザベートの側仕えに任ぜられた……というが彼の経歴だ。


 しかし、家から出たと言っても実家との関係が切れたわけではないだろう。

 このタイミングでマクシムの生家である商会が、俺たちとまったく同じ板ガラスの製法を登録したことは、単なる偶然であるわけがない。


 事情も知らない余所者にあれこれ引っ掻き回されたくないと警戒するのは、古今東西どこの為政者も一緒だし、この村に着いた直後から俺たちの動向はマクシムに監視されていた可能性は高い。

 それだけならまだよかったのだが――。


 やってくれたぜ、あの狸ジジイ!

 こちらにはティコがいるのに、まさかここまであからさまな妨害をしてくるとは思わなかったぜ!


(ど、どういたしますの? わたくしがマクシムに確認して――)

(いや、無理だろう。製法登録したのもやつ本人ではなく、あくまでも生家の商会だ。たまたま似たような製法を登録されたと言われたらそれまでだ)

(で、でも、こんな偶然、あるわけ……)

(もちろんだ。でも、俺たちのアイデアをマクシムが横取りした証拠もない)


「まあ、しょうがねぇ……」


 確認書から顔を上げると、再びエミリアンが口を開く。


「こんな風に俺たちを嵌めたところで、あんたらに何のメリットもねぇのは事実だ。この辺りは上質の珪砂ケイシャも取れるし、ガラス作りができなくなるわけじゃねえ」

「でも、それでは製法使用料が……」

「儲けはずいぶん減るが、仕方ねぇだろ。こればっかりは早いもの勝ちだ。単なる偶然が重なったと思って諦めるしか――」

「まだです」

「……はあ?」


 俺の言葉に、ポカンと口を開けるエミリアン。


「こうなったら、さらに新しい製法で対抗しましょう」

「なにぃ? まだ他にも、作り方があるってのか?」

「はい。澪緒様が考えたもう一つの方法……装置が大掛かりになるので提案を控えていましたが、それを試しましょう」

「どうして俺たちのために、そこまで……」

「あなたたちの為ではありません。実は僕たちは、あるお方よりこの村を豊かにする方策を考えて欲しいとの依頼を受けて視察に来ているのです」

「あるお方?」

「次期領主、ティコレット・エスコフィエ様です」

「え? バカレ……し、失礼、ティコレット様から!?」

「なるべく急いで、今から説明する装置を作って下さい。それと、エグジュペリである金属を大量に仕入れて欲しいのです。必要経費は僕たちが出します」

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