Final.お花畑のティコちん

 委領地というのはこの世界独特の概念で、国の直轄領以外の土地を指す。

 各諸侯は、国から与えられた委領地を、さらに子や親戚、あるいはよしみの深い者に与え、管理させるのだ。日本で言えば、中世の荘園制度に似ている。


 ティコも、十六歳で成人したあかつきには、母の出生地であるヴィリヨン地方の委領権を、父親のエディから譲り受ける約束を交わしていた。


 しかし、二年前にエディが病で急死したことにより状況は一変する。

 次期当主のシリルが、ヴィリヨンの委領権譲渡に『ティコが聖女に選ばれること』という条件を付け加えたのだ。


 ヴィリヨンほどの肥沃な要衝地を治めるには、領主にもそれなりの格と能力が必要だ、というのが表向きの理由だった。

 ティコが没落した前領主・ジャック=ボナリーの孫娘であるとなればなおさら、領民を納得させるためにもそういった名分が必要だと言うのだ。


 だが実際のところは、エディにないがしろにされ続けた正妻・マノンの負の感情を一身に受けて育てられた、シリルの排撃はいげき行為であるとは明らかだった。


「それを知ってて、ティコちんは了承したん?」

「だって、父が亡き後は、屋敷内で味方となってくれる者は母のみ。そのような状況で否とは言えませんの」

「そうはゆーても、聖女なんて条件を出されたら、それこそ絶望的やん?」

「いえいえ、十六歳になれば聖女候補になれることは父から聞いておりましたし、ユトリさんたちさえ割り込まなければ万事上手く——」

「いやいやいや」


 ユトリが、首と手を同時に振ってティコの言葉を遮る。


「お花畑のティコちんには分からんやろうけど、聖女選定は各地の諸侯が裏で虚々実々の駆け引きを繰り広げる政争の場やねん」

「きょ……きょこ……じつぢっ……? 舌を噛みそうですの」

「家の協力も得られんもんが、なんしか推薦だけされて選定の儀におもむいても、聖女に選ばれることなんて百パーありえへん」

「そんなことありませんの! ティコは生まれながらにして聖女の器だと、ずっとお父さまは申しておりましたの!」

「親バカやねん」

「で、でも、候補者にさえなれれば、あとは時の運。気が付いたら聖女に……なんてことだってあるかもしれ——」

「ないわっ! しかも、一度推薦されて選ばれへんかったら二度と聖女にはなれへんのやで? むしろ感謝してほしいくらいや」


 要するに、ティコが聖女になりたがっていたのはヴィリヨン地方の委領権が欲しかったから、ということか。


 でも——。


「ちょっといいか?」


 いくつか新たな疑問点が出てきたので、俺も話を聞いてみることにした。


「ティコにとっての故郷はこの街だろ? なぜそんなにヴィリヨンにこだわるんだ?」

「それは……お母様の生まれ故郷ですし……」

「本当にそれだけ?」

「それに……」


 わずかな逡巡を挟んで、再びティコが続ける。


「実は、お母様は病を患っていますの。すぐに命に関わるような病ではありませんが、それでも、療養をしなければ血管が硬くなり、いずれは命を落とすことにもなりかねないと主治医に言われておりますの」

「それで、ヴィリヨンで療養を?」

「病気の原因は心労もありますの。ですから、落ち着いて療養するためには、エスコフィエの人たちの目が届かない場所に行く必要がありますの」

「なら、ヴィリヨンでなくてもいいんじゃ? 確か……サノワだっけ? 一応、シリルが提案している代替地もあるんだろ?」

「あんな荒れ地では話になりませんの。いくら兄たちの目が届かなくても、貧乏暮らしでかえって病が悪化しますの!」


 サノワ地方は、北の隣国シュルトワ公国との国境付近にある丘陵地域だったはず。

 念のため女神端末アニタブで確認してみると、域内にはプラスローという村が一つあるのみ。俺の記憶が正しければ、人口百人にも満たない小さな山村だ。


「プラスローって、どんな村なんだ?」

「大昔は宿場町としてそれなりに栄えとってん。ただ、大街道が出来てからは訪れる人も減って、今は相当さびれとるはずや」

「ふむ……何か、特産品や地場産業みたいなものもないのか?」

「どやったかなぁ? そう言えば珍しいチーズかなんかがあった気ぃするけど……ん? リンタロ、プラスローに興味あるん?」

「そういうわけでもないけど、なんか聞いたことがあるような気が……」


 ティコレットやプラスローの名前……何かのクエストで目にしたことがあるような気がするのだが、何か決定的なワードが欠落しているようなモヤモヤした気分だ。


「ふ~ん……なんやったらリンタロ、プラスローの様子、見たったら?」

「え? 俺が? なんで!?」

「ぼんやりでも記憶があるゆーのは、元の世界で観測しとる時に目にしてたんちゃうの?」

「そう……かもしれないけど……」

「行けば何か思い出すかもしれへんし、もしそれが村の発展に関わるようなことやったら、ティコちんの問題も解決するかもしれへんやん?」

「いやぁ……それはどうだろうか……」

「ダメ元やダメ元!」


 もしかしてこれが、キュバクエのトゥルールートからの連続イベントというやつなんだろうか?

 てっきり聖女選定がそれかと思っていたんだが、もしこれが連続イベントの一つなのだとしたら簡単に断るのも面白くない。


「聖女選定の儀まではまだ三月みつきもあるし、ウチはいろいろやることがあるから行けへんけど、行くならサトリも付けてやるよ? どうや?」


 ユトリから、わずかにティコを気に掛けるような空気が感じられる。反目しているようで、ユトリなりにティコのことは気遣っているようだ。


 ベッドに腰掛けている澪緒とユユに目を向ければ、わくわくオーラ全開の視線を俺に返してくる。すごい眼力めぢからだ。

 どうせ小旅行気分なのだろうが、二人とも行く気満々らしい。


 まあ、プラスロー視察がクエストかどうかはさておき、この世界の見聞を広げる意味でも、行って損はないかもしれない。


「う~ん、役に立てるかどうかは分からないけど、俺で良ければ……」

「ほんとですの!?」


 思いの外、ティコが前のめりに食いついてきた。


「あ、ああ……でもほんと、期待はするなよ? 何かアドバイスできることがあればいいけど、村の運営なんて専門外もいいところだし……」

「素人なのはわたくしも一緒ですの! ですから今は、村のことはすべて、わたくしたち母娘の側仕えをしていた者に任せておりますの」

「ああ、そうなんだ? サノワの委領権は、すでに譲ってもらってるってこと?」

「そうですの。きっとシリルは、どうでもよい土地でお茶を濁そうとしておりますの。行くとなれば先に、村にいるマクシムに連絡を入れておきますの!」


——マクシム?


 マクシム、マクシム……。

 ティコレット、サノワ地方、プラスロー村、そしてマクシム……。


「——ッ!!」


 お、思い出した!

 聞いたことがあると思ったら、プラスロー解放クエストか!


 ようやく、俺の頭の中で一本の線が繋がった。


 確か、依頼主は北の隣国シュルトワ公国の貴族で、プラスロー村を解放するという内容だったはず。

 圧制に苦しんでいた領民が蜂起して領主の差配人を追い出し、シュルトワ公国に保護を求めたため、プラスロー解放クエストと呼ばれているのだ。

 

 現在プラスロー村を管理している人物が、ティコの側仕えでもあったマクシム。

 そして、マクシムを通して圧政を敷いている領主の名が……、


——暴政のティコレット!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る