Final.不殺の剣

「ほんとに、ちゃんと目が覚めるの?」


 ワイナリーのテイスティングルームに、テーブルを繋ぎ合わせて作られた簡易ベッド。

 その上に横たえられたユトリの顔を心配そうに覗き込みながら尋ねたのは澪緒みおだ。


「心拍数も戻ってきましたので、そろそろ目覚めると思います」


 答えるサトリ。

 ゆっくりと上下を始めたユトリのドレスの胸の部分には、澪緒に刺された際に出来た二つの穴が口を開けていた。

 しかし、その下にあるはずの傷口は跡形もなく消え去っている。


 不殺剣——。


 昨日の夕食の後、サトリに教えてもらった澪緒のマチェットの特徴が、それだ。

 超治癒スーパーキュアの加護を付与した超真鍮オリハルコンに、さらに特殊な加工を加えて作った武器の総称で、相当レアな代物しろものらしい。


 最大の特徴は、不殺剣で人を斬ってもその先から超治癒で傷口を塞いでしまう、という点。

 但し、斬られた際の痛みは普通に感じるし、超治癒は通常の治癒以上に体力も消耗する。そのため不殺剣で致命傷相当のダメージを負わされた場合、肉体がしばらくの間〝仮死状態〟に陥ることもあるということだった。


 今のユトリが、それだ。


「不殺の剣、ってことは……じゃあ、ミオじゃ誰も斬れないってこと?」

「いいえ」


 澪緒の質問にサトリが首を振る。


「斬られた者の体力が少なかったり、複数個所に致命傷を受ければ多臓器不全で死亡もありえますし、大剣状態であれば超治癒の加護は封印されるようです」

「ふむふむ」

「また、魔素合成を行っている生物——つまり、魔物に対しては通常武器以上のダメージも入ります」


——魔物にとっては超治癒がむしろ逆効果になると言うわけか。


 澪緒に刺されたキュバトスが慌ててユトリの身体から離れたのも、恐らくその力を嫌ってのことに違いない。

 昨夜、サトリが不殺剣の話題を口にしたときにユトリが不自然に話題を逸らしたのも、中のキュバトスが俺たちにその情報を知らせたくなかったからだろう。


「一つ分からないのは、書庫アーカイブの本のことだ。キュバトスが自分のことをわざわざ本で調べていたのか?」

「これはあくまでも私の推測ですが……」


 というサトリの仮説を纏めると——。


 憑依系の魔物は、生息地である〝境海〟を拡大するという本能によってのみ行動する、尖兵隊のような役割の低級魔だ。知能も持たず、宿主の記憶とリンクして初めて理知的な行動がとれるようになる。


 アングヒルではなくわざわざヴァプールで種子をばら撒いたのも、ユトリの記憶から、そちらの方が発見され難いと判断したため。

 そして、討伐隊が編成されたことを知り、ユトリの知識を書物で補完したのだろう、ということだった。


 やつにとっては、敵である人間がキュバトスに関してどれだけ正確に、あるいは誤った情報を持っているかというのも十分に参考になったに違いない。


——討伐日を延期して新月期を避けたのも、その知識のせいだろうな。


 それにしても……と、今度は澪緒の方へ向き直る。


「よくあそこで、躊躇ちゅうちょなくユトリを刺せたな?」

「だって、あれじゃ人は死なないって聞いてたし、そもそもユトりんもAI——」

「わわっ!」


 慌てて澪緒の言葉をさえぎって、


「だ、だからって、ぶっつけ本番でいきなりあそこまでできるものか?」

「お兄ちゃんだって、今だ! って言ってたじゃん」

「そりゃそうだけど……俺が行けっていったら、行くの?」

「行くよ? ミオは難しいことは分からないから、そういうのはお兄ちゃんに任せることにしたもの。だから、ミオが何を斬っても責任はお兄ちゃんがとるの」

「おいおい……」


 お風呂でユユに言われたこと——中身は俺だったのだが——を、すぐに実践してるってわけか。

 素直と言えば素直でいいんだが、普通そこまで簡単に割り切れるもの?


——こいつ、実はサイコパスだったりして!


「それにしても燐太郎……」


 ユユが、自分とサトリを交互に指差しながら、


「サトリとあたしの意識が入れ替えスワップできるって、よく分かったな?」

「あれはダメ元だ。Permutoペルムトの使用回数も一回だし、キュバトスに操られているユトリと入れ替わるわけにもいかなかったし、それなら、って……」


 話しながらサトリの方を流し見る。

 が、無表情の機械人形オートマタから感情の波は読み取れない。


 しかし、これまでのサトリの様子を思い返して、彼女にも心のようなものが宿っているのではないかという感触は得ていた。

 Permutoペルムトが利いたことはその直感が正しかったことの証左と言えるかもしれない。


「ん……んん……」

「あ、ユトりんが動いた!」


 澪緒の声を聞いて、他のみんな——ユユとサトリ、そして俺も、簡易ベッドの傍に歩み寄ってユトリの顔を覗きこむ。


 すぐに薄目を開け、仰向けのままうつろな瞳孔で俺たちの顔を見上げるユトリ。

 キュバトスに取り憑かれている間は、宿主であるユトリの意識は押さえ込まれていると言っていたし、やはり俺たちのことは覚えていないのだろうか?


 ユトリがゆっくりと|顎を引いて胸元に空いた穴を見つけると、そこから人差し指を突っ込んでどこかをクリクリといじり始めた。


「……なんか、エロいな……」

「第一声が、それ!?」


 ……ッ!!


 直後、ユトリは何かを思い出したように目を見開くと、弾かれたようにガバッと上半身を起こしてサトリの両肩を掴む。


「こ、子供らはどないした? 無事か!?」

「はい。キュバトスを排除してまもなく、種子は完全に消滅しました。みな、ユトリ様を心配しておりましたが、一旦自宅に引き取らせました。その他の事後処理も、今は小隊長ティスバル殿が当たっています」

「そかそか、よかった……よか……」


 安堵のオーラと共にふらっと倒れそうになったユトリの上半身を、慌ててサトリが抱きかかえる。


携行糧食レーションです」

「おおきに」


 渡された固形物を口にすると、青白かったユトリの顔にみるみる赤みが差す。

 超治癒により相当体力が減っていたようだが、あのレーションもかなりの効き目らしい。


「ミオちんたちも、はばかりさん(※お疲れさま)やったな……」

「俺たちのこと覚えてるのか?」

「当たり前や。キュバ公に寄生されとっても記憶は共有しとってんから」

「えっと、ユトりん。胸を刺しちゃってごめんね? お兄ちゃんが、ユトりんをぶっ殺せって言うから……」

「そうは言ってねぇよ!」


 しかし、ユトリの方は特に気にした様子もなく、


「ええってええって、むしろようやってくれたわ」


 満面の笑みで澪緒の二の腕をポンポンと叩く。


「下手に躊躇ちゅうちょされたらかえって痛かったやろうし、服かてなんぼでも新品さらのがあるさかい、気にせんでええよ」

「やっぱり、半月前の定期探索とやらでキュバトスに寄生されたのか?」


 質問すると、すかさず俺の方へ顔を向け直し、


「アホか! そんなマヌケちゃうわ!」


 と、眉間に皺を寄せるユトリ。


「探索のあと、ウチだけワイナリーの子らと合コンやっとったんやけどな」

「そんなことやってたのかよ!」

「そのうち、肝試きもだめししよう、ってことになってな」

「合コンで!?」

「せやで。ほんで、ウチが代表に選ばれて洞窟に入ってん」

「一人で!?」

「せやで」


——それ、肝試しっつぅより、ハブられてるんじゃ……。


「ほんでウチ、酔っぱろうてて洞窟の奥で寝てもうてん。多分、そん時に寄生されたんやろなぁ」

「マヌケすぎるだろ!?」




****第二章・完****

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