Final.追憶

「ゲェ——ッホッホッホッ……ゲホッ……オエッ……」

「お兄ちゃん、大丈夫~?」


 鳩尾みぞおちに激痛を感じ、ソファに突っ伏すように崩れ落ちた俺に、もう一つのソファに腰を下ろしている澪緒みおが声をかけてきた。


「だ、大丈夫……に、見えるか、これが? ……ゲホッ」


 目隠し状態からユユ太郎・・・・うめき声が聞こえた直後、気がつけば俺は、澪緒のボディーブローを鳩尾みぞおちに受けて身体をくの字に曲げていた。

 俺の身体に入っていたユユの意識が〝深刻なダメージ〟と認識したことにより、意識の入れ替わりスワッピング状態が自動的に解除されらしい。


 当然のことながら、澪緒の鉄拳の痛みは俺自身が感じることになる。


「入れ替わってるなら入れ替わってるって、すぐ言ってくれれば良かったのにぃ」

「言う暇なんて……ゴホッ……なかっただろうが!」

「だいたい、お兄ちゃんはリアクションがおおげさなんだよ。ちょっとお腹を叩かれたくらいで……」

「り、リアクションとってるわけじゃねぇよ! ゲホッ……鳩尾打ちは、別名ソーラープレキサスブローっつって……ゴホッ……横隔膜と腹腔神経叢ふくくうしんけいそうを攻撃することによって呼吸困難と激痛を同時に与える……ゲホッ……ボディーブローの中でも即効性のある……オエッ」

「そんな状態でも説明に必死なお兄ちゃんに、ミオはびっくりだよ」


 その時——。

 ドアの開く音と同時に「ユユさん、おかえり~!」という澪緒の声。

 トイレからユユが戻ってきたようだ。


「なんだ? まだ痛んでんのか、燐太郎?」

「お、おかげさまでな……ゴッホッホッ……オエッ」

「言っておくけど、ミオはまだ、二人が勝手に魔法の試し撃ちしたこと、ちょっと怒ってるんだからね!」

わりぃ。私も、澪緒ちゃんに声をかけてからここに来りゃよかったな」

「そういうのはお兄ちゃんがしっかりしとかないと! ユユさん、あまり空気が読めなそうだし!」

「あ、ああ……そう……かな?」


 返答するユユの表情には、釈然としない何かが張り付いているように見える。

 空気読まないランキングで言えば、澪緒がぶっちぎりで優勝だからな……。


「とりあえず、今回のことはもういいよ。次から気をつけてね! それより、一緒にお風呂にいこうよ、ユユさん♪」


 背後で澪緒の立ち上がる気配。さらに、


「お兄ちゃんも一緒に行く?」

「あ、アホか! 高校生にもなって一緒に入れるわけないだろ!……ゴホッ」

「入り口まで一緒に行くか、って意味だよ! 浴場は男女に分かれてるみたいだし、ユユさんもいるんだし、いくらミオだってそのへんはわきまえてるよ」

「そ、それならそう言え! ゲホッ……言葉が、足りねぇんだよ……」

「そう言うのをね、は・や・と・ち・り、って言うんだよ?」

「おまえが言うなっ! イタタタ……」


 とりあえず、俺はもう少し痛みが落ち着いてから行くことにして、先に二人を送り出すと、一旦ベッドで横になる。


 ああ、なんだか疲れた……。

 胸の傷を治した際にかなり体力も削られたようだし、痛みが引いたらこのまま眠っちまいそうだ。


 目を瞑りながら、ふと蘇ってきた追憶に身をゆだねる。


 あれはまだ両親も生きていた……小学生の頃だったな……。

 俺が、他人との関わりを避けるきっかけとなった例の事件・・・・もまだ起きてなかったし、おそらく小四の時だ。

 ってことは、一つ下の澪緒は小三か。


 あの日俺は、家に遊びにきていた澪緒と一緒に格闘ゲームで遊んでいたんだ——。


『おにいちゃん、なんで女の子のふぁいたーばっかりつかうの?』

『ああ? そりゃあ、可愛いからだよ』

『かわいい女の子がすきなの?』

『そりゃまあ、な。……男ってのは、原始の狩猟時代から、獲物を狩るために一瞬の視覚情報による判断を大切するよう、遺伝子レベルでインプットされてんだよ。だから男は、美人や可愛い子に弱い——』

『セツメイうざぁい! ABがたきもい!』

『血液型は関係ないだろ!』

『ミオはどう? かわいい?』

『ま、まあ……可愛くない……といえば、嘘になるけど……』

『じゃあ、大きくなったらケッコンする?』

『ばぁ~か! 従兄妹同士じゃ、法的に可能でも世間体ってもんがあるだろ』

『なぁ~んだぁ? おにいちゃん……いつも、オレはじょうしきにはとらわれないキリッ、とか言ってるくせに、そういうのは気にするんだ?』

『べ、別に、気にしちゃいねぇよ! でも、俺は、えっと……そう! 可愛くて強い女の子が好きなんだよ! このゲームの戦闘メイド、雀鈴チュンリンみたいにな!』

『じゃあ、ミオがチュンリンみたいにつよくなったら、ケッコンする?』

『考えてやる』

『わかった! ミオ、今日からからきたえてつよくなる!』

『おう、がんばれ……』


 そっか……戦闘メイドと聞いて、もっと早く思い出すべきだった。

 そういや、あの頃から澪緒が筋トレに熱を上げ始めたんだよな。


 あいつが覚えているかどうかは分からないが、あの時のやりとりがあいつの潜在意識にインプリンティングされて、それをあのダジャレ女神が読み取って防具にしたんじゃないだろうか?

 デザインが多少違うのは、澪緒の記憶と共にイメージも変容していたんだろう。


 ……もしかして俺は、とんでもない抹殺者ターミネーターを生み出してしまったんじゃ?

 このままではいずれ、脳筋妹あのバカに殺されるかもしれない。


 そんなことを考えながら、痛みもほとんど治まり、フッと意識を手放しそうになったその時——。


 顔面にモワッと触れる、生暖かく湿り気を帯びた空気。まるで、湯気だ。

 ……っていうか、間違いなく湯気だ。


——って言うか、俺、立ってる?


 今までベッドで横になっていたはずなのに、なぜか俺は、湯けむりの中で裸で立っていた。


——なんで、裸!?


 慌てて視線を落とすと、膨らんだ胸のせいで足元が見えない。

 よく分からないが、DかEか、多分それくらいだ。形もよい、なかなかの逸品。

 慌てて両手で触ると、手の感触がきちんと乳房から伝わってくる。


 本物のおっぱいだ!

 なんだこの既視感デジャヴ!? 夢?

 混乱する頭の中で必死に状況を整理する。

 ま、まさか……。


——またユユと入れ替わったのか!?


「ねえ、ユユさん?」

「ひゃうっ!」


 突然背後から声を掛けられて、肩がビクッと跳ね上がる。振り向けば、そこにいたのはピンクゴールドのショートボブをタオルで包んだ碧眼の少女。

 まだいとけなさの残る、無垢で引っかかりのないその美しさに、俺は思わず呼吸が止まりそうになった。


「何で立ち止まってるの? おっぱい、どうかした?」


 キョトンフェイスで小首を傾げていたのは、全裸の澪緒だった。

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