04.あんた天才だ!
「新しい板ガラスの製法を考えたって、どういうことだ?」
エミリアンのよく響く声に、「板ガラス?」と、近くにいた工員たちも仕事の手を止めて集まってきた。
澪緒も注目を浴びて上機嫌なのか、得意気に胸を反らす。
「うんうん。もう、バッチリ! これぞ新発見、って感じ!」
「聖女になろうなんて人は、そんなことまで考えるもんなのかい?」
「そりゃもう世のため人のため、いつだって考えてるよ! おはようからおはようまで!」
――二十四時間シフトかよ。
「ふ~ん……。正直、板ガラスの新製法ってのがほんとなら興味はあるが、それをなんでわざわざこんな
「それは、え~っと……たまたま? 流れで?」
「流れ……?」
「ああ、ほら! たまたま街でベルと会って、お友達になったから?」
「ほぉ~、ベルとねぇ……」
いかにも胡散臭い人物を見るかのように眉を
さすがの澪緒も微妙な空気を感じ取ったのか、
(あれぇ? ミオ、ちょっと怪しかった?)
ヒソヒソ声で話しかけてくる。
(いや、現在進行形で怪しいから)
(よし、もうちょっと頑張ってみる! えっと、敬語ってなんだっけ?)
(いいから! 要らんこと喋ってないで、さっさと替われバカ!)
少しの間、俺たちを値踏みするように一瞥したあと、再び口を開くエミリアン。
「とりあえず、その新製法っつうのを聞かせてもらっていいかい?」
「じゃあ、その辺のことは全部お兄ちゃんに話してあるから、ここからはお兄ちゃんに……あっ! お兄様に、ご、ご説明してもらいましょう?」
――普段通りでいいよもう、このポンコツが!
全員の視線が、今度は俺の方へ集まる。
「初めまして。澪緒様の兄であり、今は従者を務めております
「前置きはいいよ兄ちゃん。ベルの知り合いだっつうから話は聞くが、こっちも暇じゃねぇんだ。さっさと本題に入ってくんねぇかな?」
「わ、分かりました。え~っと……」
――こっちが教える立場なのに、澪緒のせいで完全に煙たがられてるじゃねえか!
「簡単に言うと、
「いがたぁ~? おい聞いたか? 何を言い出すかと思えば、今さら鋳型だってよぉ~!? ぶっははは!」
他の工員たちの間にも「これだから素人は」と、嘲笑が広がる。
「おい、兄ちゃん」と、真顔に戻ったエミリアンが続ける。
「知らねぇみたいだから教えてやるが、耐火粘土の鋳型を使った板ガラスってのは、遥か昔から知られてる方法なんだぜ?」
「知っています。しかし、従来の形では大きくて薄い物は作れませんし、表面もボコボコになる」
「ほぅ……。続けろ」
「透明度も低くて見てくれは最悪なのに、溶融ガラスだけは大量に使うので作っても採算は取れない……違いますか?」
「その通りだ。知ってんなら、今さら鋳型で板ガラスなんて――」
「澪緒様が考案したのは従来の鋳型ではなく……え~っと、ちょっとそこをお借りしていいですか?」
工房内に黒板を借りて、チョークで鋳型の概略図を描いて行く。
「これが、澪緒様の考えた鋳型です。こういった物を作れますか?」
チョークの先でコンコンと黒板を叩きながら、俺はエミリアンに向き直る。
「な、なんだこりゃあ?」
「口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早いでしょう。制作にお金が要るなら僕たちが出しても――」
「いや、即席でよけりゃあ今すぐにでも、ガラスブロック用の鉄型を使って似たようなもんは作れると思うが……」
そう言うと、エミリアンが太さの違う円筒形の鉄型を二つ組み合わせて俺に見せてきた。大きな円筒の中に小さな円筒を差し込んだ物で、二つの円筒の間には細い隙間ができている。
「どうだ?」
「そうですね、試作品を作るくらいなら十分でしょう。……では、ここの隙間に溶融ガラスを吹き込めますか?」
「あ、ああ、それくらい大したことはねえが……おい! フレディ!」
「へ、へい!」
フレディと呼ばれた若い工員が、俺の指し示した隙間に溶融ガラスを吹き込んでいく。さらに、はみ出た端部を切り取り鉄型だけを外すと……。
――よし。イメージ通りだ。
「お、おい……これのどこが板ガラスなんだよ? ただの、ガラスの筒じゃねえか」
そう、二つの鉄型を組み合わせた即席鋳型で作ったのは、高さ三十センチほどの円筒形のガラスだ。
「まだ作業は半分です。やわらかいうちに、縦に切り込みを入れられますか?」
「へ、へい……」
フレディが、俺の指示に従い、円筒ガラスに鉄ベラで切り込みを入れて行く。
「上出来です。これを鉄板に寝かせて、オーブンで再加熱してください」
数分後――。
オーブンから取り出されたガラスを見て、工員たちから「オオォォォ――ッ!」と驚嘆の声が上がる。
入れる時には円筒形だったガラスは、再加熱されることで切れ込みから左右に広がり、鉄板の上で約三十センチ四方の板ガラスに変わっていたからだ。
「す、すげぇぇっ! こんな作り方があったのか! こりゃ確かに新製法だぜ!」
口々に驚きと歓喜の声を上げる工員たち。
澪緒も、俺の肩をバンバン叩きながら、
「すごいすごい! お兄ちゃん、よくこんなこと思いついたね!」
「俺が考えたわけじゃねえよ。元の世界の産業革命初期に発明された『シリンダー法』って製法を参考にしただけさ。……つか、おまえは驚いちゃダメだろ!」
「ああ、そっかそっか……これは、ミオが考えたことになってるのか」
しかし工員たちは、俺と澪緒のやりとりに気付く様子もなく、冷え固まってゆく板ガラスや鉄型を前にああだこうだと意見を交わし合っている。
やがて、エミリアンが興奮気味に振り返り、
「すげぇよ聖女さん! あんた天才だ!」と、
「いえいえ~! それほどでも!」と、笑顔の澪緒も両手でそれを握り返す。
「でも、いいのかい? こんな場所でこんな貴重なアイデアを披露しちまって……」
「ぜ~んぜん全然! もう、好きなように使っちゃってよ」
「なんて気前がいいんだ。聖女……いや、あんたは女神様だぜ!」
「ナハ……ナハハハハ……」
――そんな笑い方の女神がいるか!
「もっとちゃんとした鉄型を作っていろいろ工夫すりゃあ、今のうちの釜とオーブンでも三十イーク(※約七十六センチ)四方までは量産できそうだな」
そうだ、吹き込みも機械式にすりゃあさらに効率が……などと、すでに量産化を念頭ぶつぶつと思案を巡らせ始めたエミリアンに、今度は俺の方から質問する。
「鉄形はすぐに作れるんですか?」
「そうだな……急いでエグジュペリの製作所に特注すりゃあ、五日もかからんだろ」
「なるほど。それじゃあついでに、ある装置の調達も頼めませんか? 必要なお金は僕たちが出します」
「エグジュペリで入手できるもんなら構わねぇが……欲しい装置ってのは、いったい何なんだい?」
「それはですね――」
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