03.優しすぎますの

「今日は……お花摘みですの?」


 翌日の午前、村はずれに生い茂る春の草花を見回しながらティコが首を傾げる。

 集まってもらったのはいつものメンバーに加えて、ベルを含めた孤児院の子供たち、計十二人。


 よく花摘みをして遊んでいるという年少の少女二人――エステルとカイラに案内してもらったのだが、なるほど、村の周囲よりもさらに多くのコルザが群生している。


「この花ぞのでね、いつも花かんむりを作ってるの!」

「うんうん、つくってるの!」

「なるほど……」


 五歳のエステルが得意気に説明する横で、四歳のカイラも負けじと首を縦に振る。

 花園と呼ぶにはあまりにも自然のままの原っぱだが、キラキラと輝く幼い瞳には、おとぎ話に出てくるお城の庭のように映っているに違いない。

 コルザの他にも、シロツメクサやレンゲソウ、たんぽぽと言った、元の世界でもお馴染みの草花が群生していた。


「ありがとう、二人とも」

「どういたしましてなの」

「なの!」


 得意気に小さな胸を反らせる二人の姿が微笑ましい。


「でもお兄ちゃん、まさか私たちも花冠を作るっていうんじゃないわよね? 私、不器用だよ?」


 と、澪緒みお

 さらに、ティコとベルも、


「帽子に花冠をつけてお洒落を楽しむご婦人は多いですの。ただ……」

「うん。村のおばちゃんたちに売っても、一個せいぜい五~十ベアルっすよ? チビたちの小遣い程度にはなっても、院の運営の足しには全然……」


 それぞれ疑問を口にする。

 俺は足元の草を一本摘むと、皆に見えるように目の前にかざす。


「今日摘むのは花冠用の草花じゃない。こいつだ」

「それって……コルザっすよね?」

「それ、元の世界にもあったよな? えっと……菜の花?」

「お? ユユ、よく知ってるな」

「その枯れてるやつはよく分かんねぇけど、まだ花が咲いてるやつは、なんか見覚えあるなぁって……」


 正確に言うと、菜の花とはカラシナのことだ。

 colzaコルザは、元の世界ではセイヨウアブラナを意味するフランス語だったが、まあ、似たようなものだし、今はその違いはさして重要じゃない。


「でも、もう花が咲いてるのは残り少ないっす……」

「集めるのは花が咲いてるやつじゃない。枯れているように見えるが、今俺が持ってるような結実したやつだ」

「そんな枯れ草を集めてどうするんすか?」

「こいつから油を作るんだよ。菜種油だ」




 数時間――。


 コルザを集める係や、サヤから種を取り出す係に分かれ、手分けして集め続けた結果、午前中だけで持ってきた麻袋が黒くて小さな菜種でいっぱいになった。

 それを孤児院に持って帰り、とりあえず試作用として百グラムほどの菜種をフライパンで炒り、少し冷ましてからすり鉢で細かく砕く。

 さらに、十パーセントほどの水を加えてかき混ぜ、蒸して加熱。


 最後に俺が取り出したのは――。


「いよいよ、昨日仕入れたこの道具の出番だ」

「それって、何なんすか?」

「家庭用の搾油器さ」


 魚油が使われているくらいだから、きっと油を絞る道具もあると思ったのだが、案の定だった。

 鉄型を作るついでに、エグジュペリで仕入れてもらうようエミリアンに頼んでおいたのだが、内陸部は魚油を作る習慣もないためベルも初めて見たのだろう。


 子供たちが興味深々で、代わる代わる搾油器のジャッキを回してゆく。

 やがて、セットした小瓶に少しずつトロ~ンとした黄色の液体が落ち始め、最終的に数ミリリットルの液体が小瓶に溜まった。


「ちょびっとだね……」


 唇を尖らせて小瓶を覗き込む澪緒。


「まあ、百グラム程度の菜種から獲れるのはこんなもんだろ。でもな……」


 溜まった油を小皿に移し、ランプ用の芯を浸して火を点ける。

 灯った明かりを見て「「点いたぁ――っ!」」と一斉に歓声をあげる子供たち。


「まったく、煙も匂いも出ていませんの!」と、ティコが目をみはる。

「そう、こいつの利点はそれだ」


 灯りを取る別の方法として牛脂や豚脂を利用した獣脂ロウソクも存在するのだが、物量は少なくかなりの高級品らしい。

 カスタニエの屋敷や冠館クロンヌの夕食時でも、燭台にまちまちの長さのロウソクが使われていたことから、貴族社会ですら気軽に新しい物を使えないことが窺える。


「家畜を殺さなければ作れないロウソクと違ってこれなら量産もし易いし、ロウの始末も不要。ランタンやランプなどの照明器具にも使えるし、必ず需要はあるはずだ」


 日本の江戸時代でも、煙や悪臭の多い魚油に代わって菜種油が普及するに連れ、夜間の経済活動が活発化していったと聞いたことがある。


「でも、燐太郎? あれだけの菜種からこんな少しか作れないんじゃ、ここで量産なんて無理なんじゃねぇの?」

「製法登録の話、ユユも覚えてんだろ? ここで量産しようって話じゃなく……もちろんここでも作るが、メインの目的は十五年間のロイヤリティ収入だ」

「そっか! 特許みてぇなもんか!」

「板ガラスでもそれをやりたかったんだが抜け駆けされちまったからな……。今回はさっさとギルドに登録しちまおう」


 市民権のない俺たちでは無理なので、クロンヌで二輪幌馬車カブリオレを借り、サトリと、孤児院を管理しているシスターデニスに行ってもらうことにした。

 馬車自体は、ティコが申し入れたのですんなりと借りることができたが、問題はその使い道についてマクシムが詮索しないはずがない、ということだ。


 案の定――。



「クロンヌの使いだ。ベル・シャピーはいるか?」


 ほどなくして、さっそくマクシムの使者が孤児院を訪れる。

 ベルが扉を開けると、


「今日の夜八時に、クロンヌへ登館するようにとのマクシム様からの通達だ」

「え? 次の手伝い・・・は二日後って聞いてたんすけど……」

「急ぎ、聞きたいことがあるそうだ。不都合でも?」

「あ、いや、そういうわけではないっすけど……」


 会話を聞きながら、俺も眉間に皺を寄せる。


 今夜八時か。思ったよりも早かったな。

 二日後ならいろいろと下準備もできたんだが……。

 あの使者の語調、断れば強制連行も辞さないって雰囲気だな。

 かと言って、対決の準備が整うまでベルにマクシムの相手をさせる……などという選択肢はもちろん却下だ。


――さて、どうする?


 しかし、使者が帰ったあと、暗い表情で戻ったベルへ話しかけたのはティコだ。


「マクシムには、わたくしも一緒に会いますの」

「……え?」

「リンタローさんから、おおよその経緯は聞いておりますの。もう、村のことは彼に任せてはおけませんの」


 びっくりしているベルの代わりに、俺がティコに聞き返す。


「でも、マクシムはエスコフィエ本家から正式に任命された差配人なんだろ? いきなり乗り込んで辞めろというわけには……」

「分かっておりますの」

「少しだけ時間を引き延ばしてくれれば、その間に俺もいろいろと準備を――」

「リンタローさん」

「ん?」


 俺の言葉をさえぎると、ひたと俺の両目を見据えるティコ。

 いつになく玲瓏れいろうなオーラに、俺も思わず身構える。


「リンタローさんは、優しすぎますの」

「……え?」

「何でも、一人で抱え込もうとし過ぎですの。そしてそれは、わたくしたち母娘に負担をかけないためだと言うことも分かっておりますの」

「そ、それは……でも、そればかりというわけでも――」


 ティコが、右手で俺の口を塞ぐ。


「マクシムの不始末の責任くらいは、わたくしにとらせてほしいですの」

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