03.Supremum vale!(別れの言葉)

『さてと。これで概ね準備も終わったわけだが、何か質問はあるか?』


 一仕事終わらせてやったぜ、みたいな顔をしているが、よく考えるとまだ加護スキルカードを選ばせてもらっただけだ。

 エレイネスの問いに、


「はいはい! しつも~ん!」


 すかさず澪緒みおが手を挙げる。


『はいどうぞ』

「その、ねぶらふぃにす? ってところで、死んだらどうなるの?」

『蘇生術が失敗すれば、地球上で死ぬのと同じく消失ロストするだけだ。早い段階で術者の伝手つてを見つけておくことをお勧めする』


 なるほど……蘇生術があるのはメメント・モリと同様のようだが、どうやら失敗するケースもあるみたいだな。

 ゲームではデスペナ(※デスペナルティ)を食らうだけでキャラクターロストまではなかったが、フィニスだとまったく同仕様というわけではないのか。

 もっとも、愚者なんて職号が出てきた時点ですでに齟齬そごが生じているし、何が同じで何が違うのか、早い段階でいろいろ確認しておいたほうが良さそうだ。


「あたしも、一ついいか?」


 次に手を挙げたのはユユだ。


『はいどうぞ』

「さっき、世界統一がナントカって言ってたけど、それをしないとどうなるんだ? 自分の好きなように過ごすわけにはいかねぇの?」

『ああ、流行のスローライフというやつか。別に、構わんぞ、好きなように過ごしてもらって』

「「え?」」


 エレイネスの意外な返答に、思わず俺まで前のめりになる。


『ネブラ・フィニスでの行動は原則自由だ。寿限無じゅげむの目的も、魂の探究であっての地の統治ではない』

「なぁんだ。それなら気楽にすごせば——」

『ただし、彼の地において転送者とはとても特別な存在だ。否応なく覇権争いの渦に巻き込まれる可能性は、常に考慮しておいた方がよかろう』


 それに……と、俺たちを一瞥いちべつしてエレイネスが続ける。


『世界統一を進めた折には、とあるイベントが発生する。それは、そなたたちの現実世界への復帰をも可能にし得るイベントになる』

「マジ!? 戻れんのか⁉」

『……やもしれぬ』


——曖昧になった!


「でもさぁ……」


 一瞬輝かせた表情を再び曇らせながら、ユユが続ける。


「そんな何年かかるかも分らないイベントを待って帰ったって、あたしもオバサンになってんじゃねぇの?」

『寿限無はHCEハニコンの超仮想現実形成プログラム〝 Cogitoコギト ergoエルゴ sumスム〟のアルゴリズムを利用して、既に五次元大介の解析に成功している』

「……大介?」

『あれ? 最近の若い者は知らないのか? 大泥棒の仲間のスナイパーにかけて——』

「「「はよ続きっ!」」」

『まったく、ユーモアに厳しい連中だな。もう少し余裕を持った方がよいぞ?』

「ユーモアには寛大なんだよ! クオリティが微妙過ぎんだよ!」

「なんか、ここに来てからミオたちの心が一つになってるよね!」


 澪緒がサムズアップしながら微笑むが、そんなカッコいいもんじゃない。


「で、何なんだよその……五次元って?」


 イライラした様子でユユが聞き返す。


『五次元とは無数の時間軸が共存する世界のことだ。そこにワームホールを通すことにより、元の世界の任意の時間座標を指定して帰還することも、個体の時間経過を調整することも可能だ』

「よ、よく分かんないけど、あたしたちがここに連れてこられる直前の電車の中に戻れるってこと?」

『もちろんだ。それより過去や未来にだって行くこともできる』

「ふ~ん……そっか、そうなんだ……」


 あれ? それなりに朗報だと思うんだが、ユユはあまり嬉しくないのか?


「俺からも、いいか?」

『はいどうぞ』


 その後、俺も気になることをいくつか質問して小一時間が過ぎた。

 もちろん、この空間における時間は体感でしかないのだが。


◇◇


『では、他になければ最後に余から何点か補足事項をレクチャーしておく。初期スキル以外にもう一つ、リーダーの燐太郎りんたろうには第三の加護が付与される』

「え? 俺?」

『加護名は圧縮シュリンク。自身の身体より体積が小さいものを、十分の一の体積に圧縮できるというものだ』

「ああ、なるほど……」


 メメント・モリには荷物の重さやイベントリの概念があり、概ねキャラクターの体重の十倍程度の荷物を、インターフェース上で整理して持ち運ぶことができた。

 恐らくそのシステムを具象化したスキルなのだろう。


 ちなみに、生き物やそれと接触している物、液体などの無形物、さらに、加護スキル等で生成した物は圧縮できないとのことだった。


『そしてもう一つ。そなたたちの転送前後の記憶は、ワームホール通過中に量子化誤差により消失する』

「え? さっき、三人でいることで記憶保存ができるとかどうとか言ってなかったか?」

『本来は転送終了直後、三人で互いの存在を観測することで誤差修正を行い、記憶を復元することができるのだが……』


 そこで、少し怒ったように頬を膨らませ、俺を睨み付けてくる修道服の幼女。


『そなた、余の偉大なる姿を模したフィギュアを壊したであろう?』

「え? 記憶にないけど……」

『壊れておったのだ! 余の美しい左足が、ポッキリと!』

「そ、そうなんだ……」


 つか、よく考えたら、壊したのユユじゃねぇか。


『あれは、転送後の座標を安定させるための機能も備えておったからな。それを壊したもんだから、そなたたちは少し離れた場所に散った状態で出現することになる』

「離れた場所、って……それじゃあ、記憶の復元は?」

『離れると言っても、そなた達の単位でせいぜい百メートル圏内。向こうへ着いたらまずはお互いに再会を果たし、記憶を修復するがよい』

「するがよい、って言われても……」


 そのこと自体、忘れてるんじゃ?


『あとは、それを持っていけ』


 気がつけば、いつのまに出現したのか、足元にウエストポーチのような鞄と鍵が転がっていた。

 鞄を拾い上げると中に何か入っているようで、重さもなかなかのものだ。


『スターターセットのようなものだが、中のアイテムはネブラ・フィニスの物理法則によって作られているため、ここで開けると消失してしまう。その鍵で封印を解けるから、着いたら開けてみよ』

「中には、何が?」

『いろいろだ』

「いろいろ、って……例えば?」

『いろいろは、いろいろだ! 例えとかないから』

「こっちは、あたしが持ってくぞ」と、ユユが鍵を拾う。

「記憶がもどらないうちに開けられて、わけも分らないまま無駄遣いされたら困るからな」


——なるほど。ユユも、意外と頭が回るじゃないか。


『では、行くがよい。健闘を祈る。Supremumスプレームム valeウァレー!』

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