02.職号選択
小さく咳払いをして、エレイネスが続ける。
『転送条件は、そなたもフィギュアの説明書きで読んだと思うが——』
読む前に蹴り潰されて、ここへ来たら無くなっていたんだけど……。
『シリアルコードは未使用であること。屋内で、持ち主を含めたパーティー候補の三人が物理的な接触を保った状態であること。その状態でフィギュアのスイッチを起動することで、ここへ転送されてきたはずだ』
そう言えば、確かにあの時、俺と
ユユが紙袋を蹴りつけたことで、偶然フィギュアのスイッチとやらが起動してしまったってことか? でも……、
「なぜ三人なんだ? なぜ、屋内?」
『三人必要なのは、転送点の三点測位に三人分の記憶情報に基づいた超次元メモライズが必要だからだ。転送後、前世の記憶が消失してしまっては意味がなかろう?』
「そ、そりゃそうだけど……」
——まったく意味が分からん。
『どうせ説明しても理解できんだろうし、細かいことは気にするな』
「じゃ、じゃあ、屋内というのは?」
『マイクロワームホールを形成する際の座標点の固定に、三次元法則に
「他の乗客はどうなったんだ?」
『転送条件を満たしていない者はワームホールから弾き出され、現実世界で肉体の再形成が行われておる。ただし、どこに
「そっか……それなら、よかった」
最悪のケースも想像していたが、とりあえず死んではいないと分かって一安心だ。
——それにしても……。
と、エレイネスが語った条件を改めて
あのフィギュアを入手した人は、いち早くゲーム内で新ワールドへの登録を済ませるに違いない。それが普通だ。
それを未使用の状態で、さらに三人集めて物理的接触だと?
ネットゲーマーにそんな友だちがいるわけねぇだろ!
……いや、まあ、それは俺がそうってだけかもしれないが、仮に陽キャのゲーマーがいたとしても、シリアルコードの使用を後回しにしてそんなことを試す連中がいるか?
説明書きを読んだとしても、俺だったらフレーバーテキストか何かだと思って本気にはしないだろう。
「俺たちより先に、ここへ転送されたやつっているのか?」
『部外秘だ。ただ一つ言えるのは、ここは時間の流れから切り離されたプレパレーションゲート。先も後もない。ただ
ふん……もしかしたら、来たのは俺たちだけなんじゃないか?
もしあんな条件を意識してクリアできる連中がいるなら、それはきっとアホの三人組だ。
『そして、ここへ来た者は全員、準備を終えたらネブラ・フィニスへ転送される。後戻りはできん』
「準備?」
俺が聞き返すのと同時に、モノリス上にカードのようなものが表示される。
横十一枚、縦二十二枚、合計二百四十二枚のカード。
『そなたたちには、ネブラ・フィニスで世界統一を目指してもらう』
「いきなりデカいな! 風呂敷が!」
メメント・モリは、四つの大国と、二十余の小国が覇権を争って
ネブラ・フィニスとやらでも、その設定は変わらないのか?
『しかし、突然何の能力もないそなたたちを転送したところで、世界統一などそうそうできるものではないだろう』
「「「……でしょうね」」」と、俺たち三人の声が揃う。
『そこで、転送者にはそれぞれ二つずつ、特殊な
「チート、きたぁ——♪」と、テンション爆上がりの澪緒。
そう言えば、メメント・モリのキャラメイクでもそんな項目があったっけ。最初に加護を一つ、ランダムで選ぶルーレットだ。
メメント・モリでは魔力の概念がないため、特殊技能はすべて神の加護によって与えられ、魔法的な効果は〝奇跡〟と呼ばれていた。
人気の加護に当たるまで、リセマラ(※リセットマラソン)を何度も繰り返した記憶がある。
恐らくこれもそのシステムの具現化なんだろうが、最初から二つ選べるというのはフレンドリーだな。
「はい、ミオはこれとこれ!」
いろいろ考えているうちに、澪緒があっさりと二つ選んでしまった。
「おいっ! もうちょっと慎重に——」
「どうせ運なんだから、慎重に選んだって同じでしょ」
「そりゃそうだけど……」
エレイネスが、澪緒の選んだカードの一枚を捲る。
『一枚目は〝絶対防御〟だな』
——アブソリュートディフェンス! きたっ! 大当たりだ!
『もう一枚は……〝剣技〟か』
——おお!? こっちも当たりスキル!
『そして、職号はなんと! 戦闘メイドだ』
——え?
メイドはどっから!?
そもそもそんな職号、メメント・モリでは聞いたことがないぞ?
ちなみに職号というのは、加護の種類だけでなく、その他のさまざまなステータスやゲーム内での行動、クリアしたクエスト等に応じて刻々と変化する。
その条件や種類はブラックボックスになっていて、たまに新しい職号が発見されると掲示板で話題になったりしていたのを覚えている。
他のRPGで言うところの職業と似ているが、キャラの能力にはあまり直結しない……いわゆる〝称号〟などに近いシステムだった。
「やった! ずっとなりたかったんだ、戦闘メイド!」
「ほんとかよ⁉ ピンポイント過ぎんだろ!」
まあ、職号なんてどうでもいいさ。
重要なのは加護だ。
「次は、あたしだな」
と、ユユが二枚のカードを選択する。
『一枚目は〝闇魔法〟、二枚目は〝性技〟か……』
「「「性技!?」」」
再び三人の声がハモる。
ユユが、モノリスの中のエレイネスに詰め寄りながら、
「性技って何だよ!? 何に使うんだ?」
『性技を操る者、魔性の女神となりて、
「綺麗に言ってっけど、ただの痴女じゃん!」
『よって、職号は……闇魔法士だ』
「性技はどこいったんだよ!?」
『細かいことは気にするな。そして……最後はそなただ、燐太郎』
「お、おう……」
いくら選択肢がないとは言え、いつの間にか全員で成り行きを受け入れ始めていることに驚きを禁じ得ない。
もしかすると、この空間自体に精神操作を施すような仕掛けでもあるのだろうか?
とりあえず促されるままにカードを選ぶ。
『一枚目は〝イクイップメント〟か』
「イクイップメント……って設備装置? 建築系か何かのスキルか?」
『ネブラ・フィニス用に余が適当に……あっ……熟慮に熟慮を重ねて追加したスキルだ。ありがたく使うがよい』
「今『あっ』つった!?」
『二枚目はぁ……』
——流した!
『ほう!〝昇華〟とは、珍しいスキルを引いたな』
「昇華? 何を、昇華するんだ?」
『それは余にも分からん。ただ、元の世界にいた時に、そなたが得意にしていたことがちょっぴりパワーアップする』
俺の特技? って、何だ?
まさか、さらに説明っぽくなるとか?
澪緒みたいに馬鹿力でもあれば分かりやすいんだが、俺なんてどこをパワーアップしても異世界向きになる気がしない。
『イクイップメントと昇華で、職号は……愚者だな』
「おい! ちょっと待て! どこに愚者要素が!? そもそも愚者ってただの性質だろ!?」
『だって、メメント・モリの職号はそういうものだったであろう?』
「女神がだってとか言うな! リセマラだリセマラ!」
『そういうのないから』
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