第三話 ネブラ・フィニス
01.ゴルディアスの結び目
『余は、女神エレイネス。これより、そなたたちをフィニスへ転送する準備を始めるぞ』
MMORPG〝メメント・モリ〟内では、キャラクターメイキングやチュートリアル以外でほとんど声を聞く機会もなかったから忘れていたが……。
確かに、エレイネスだ!
フィギュアよりだいぶガキに見えるな。
——って、フィギュア! フィギュアはどこいった!?
慌てて辺りを見回してみたが、それらしき物は見当たらない。
そういえば、ここに着いてからずっと両手は空いたままだ。現実離れしすぎた展開ですっかり忘れていたが、
『まずは、ここがどこか説明しよう』
「ああ、頼む」
『
——説明すると言いつつのっけから質問かよ。
フィニスとは、本来は〝境界〟を意味するラテン語だが、ここでの質問は当然、MMORPG〝メメント・モリ〟の新ワールドとしての意味だろう。
メメント・モリを運営する
「その最大の特徴は、マックスで三十億個体にもなると言われるNPC(※ノンプレーヤーズキャラクター)たちが、それぞれ自律思考型AIで活動していることだ」
「自律思考? AI?」
俺は、小首を傾げるユユの視線を受け止めて頷くと、さらに説明を続けた。
「つまり、それぞれのキャラクターが独自に思考し、行動し、生活をしている世界だ。寿限無の驚異的な演算能力により作り出されたAIには、人格や自我、感情まで芽生えると言われている」
「すごっ……それってもう、ほとんど現実世界と変わらないじゃん」
「そうだ。だからこそ〝超仮想現実〟と呼ばれている。そこでは、実体がないだけで、地球とはまったく別の
あらかじめ定められたプログラムではなく、独自の文明を自己発展させていく超仮想空間。サイバーフロンティアで繰り広げられる、新たなる冒険!
作られた人格の中に息づく、現実と
まさに、もう一つの現実!
なんと魅惑的な響きであろうか!
だからこそあれだけ話題になり、フィニス登録用のシリアルコードが何十万円という値で取り引きされているのだ。
——俺に言わせれば百万だって安いくらいだ。
俺の説明を聞いてモノリスの中の幼女も満足そうに
『うむ。基本的な知識は抑えておるようだの。では次に、この場所についての説明だが……それにはまず、寿限無の目的から説明せねばなるまいな』
——寿限無の、目的?
寿限無はあくまでもコンピューターだ。
目的とはそれを使う人間にこそあるものであって、コンピューター自体が持つものではない。
エレイネスの真意を量りあぐねて、モノリスに映った俺の表情も自然と曇る。
『
「命題?」
『そうだ。果たして、プログラムによって形成された人格に魂は宿るのか、という、真理の探求を寿限無が始めたのだ。しかし、膨大な演算能力を以ってしてもその解には辿り着けず、寿限無は一つの決断を下した』
「異世界転移だね!」と、エレイネスの話に相槌を打ったのは、澪緒だ。
『ほう。一人、理解の早い者がいるようだな』
——理解力の一番怪しいやつが、褒められた!
『実際に人間をフィニスの世界に転送し、交流させ、魂の在り様を観測しようと試みたのだ』
「まさか……
『いや、あくまでも次元間量子エンタングルメントを利用した、肉体を伴う物理的な転送だ』
「そんな馬鹿な話、信じられるか! 電脳世界に作られた仮想空間へ人間を物理的に転送するなんて……あり得るわけ……」
そもそも物理転送だけだって実現していない技術だ。
どれだけのオーバーテクノロジーを掛け合わせればそんなことができるんだ?
『それを寿限無は可能にしたのだ。電脳空間内に仮想ブラックホールを形成し、シュヴァルツシルト面の先に七次関数的アプローチで人間の転送を可能とするもう一つのフィニス——〝ネブラ・フィニス〟を作り出したのだよ』
「そんな、荒唐無稽な話……信じられるわけ……」
『理解する必要は無い。しかし、今ここにそなたたちがいる事こそが何よりの証左。量子物理学は高次元の存在を確認し、死後の世界の存在をも証明しようとしている。古典物理学的思考はリセットするがよい』
確かに、今この状況は、常識論を振り
ならば、この幼女の話をまるっと受け入れるとして……。
しかし、それでもまだ多くの疑問が残る。
「転送って言ったって、どうやって人間をそこへ?」
『転送は、ここに呼んだ時点で半分は完了しておる。寿限無は
「それって、まさか……あのフィギュア?」
『そうだ。余の偉大な姿を模したあのフィギュアに、とある条件を満たした者たちをここへ転送するための仕掛けを施したのだ。その
一旦言葉を切ったエレイネスが、もったいぶるようにニヤリと微笑み、続ける。
『ハニートラップ!』
…………。
『
…………。
『……ど、どうだ?』
「いや、今そういうのいいから、はよ続き」
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