Final.モノリス

 嫌がるゆずりはをなんとかなだめ、二人で車外に出て澪緒みおと合流する。

 澪緒の言った通り、電車の外は四百メートルトラックが悠々収まりそうなドーム状の建造物の中だった。

 明かりは見当たらないが、なぜか内部を見渡せる。直接脳内に映像が流れ込んでくるような、何とも言えない不思議な感覚だ。


「あ! あそこに何かあるよ!」


 言うや否や、タタタッと駆け出す澪緒。


「おい! 勝手に先に行くなっつってんだろ!」


 俺が追いかけようとすると、再び後ろから楪に制服を引っ張られ、


「待て、セツメイ! 離れるな! ゆっくりだ! ゆっくりいけ!」

「へいへい……つか、楪、もしかして、怖いとか?」

「そ、そんなわけねぇだろ! あたしは別に、お、お化けが怖いとか、暗いところが苦手とか、そういうことを言ってんじゃなくて! もっと慎重に、て話で……」


——苦手なのか。


「別にいいじゃん、苦手なら苦手で」

「だから苦手じゃねぇっつってんだろ!」

「はいはい」


——こいつ、意外とサトラレ系か。


「そ、そう言えばさ、セツメイがさっき言ってたことだけど……」

「さっき?」

「ほら、あたしと、付き合ってもいいとか何とかってやつ……」


 ああ、鏑木かぶらぎに切った啖呵のことか。


「もしかしておまえ、あたしに惚れてたとか?」

「ばっ、馬鹿言うなっ! 付き合うって、そういう意味で言ったんじゃねぇよ!」

「あ~、はいはい、そっかそっか! やっぱソウデスヨネェー」


 楪は、少し拗ねたように唇を尖らせて。


「いやぁ、素直で真っすぐとか言ってっからさぁ……ほとんど話したこともなかったくせに、よくそういうこと言えんなぁ、って、人間性を疑ったっつぅか」

「そりゃまあ、ちょっと盛ったのは確かだけど……でも、楪のこと、悪いやつじゃないと思ってるのは本当だ」

「ヤンキーって言ってた」

「別に悪い意味で言ったんじゃねぇよ!」

「良い意味でヤンキーって、あるか?」

「俺は、いいと思うよ。周りに流されないっつーか、自分を貫いてる感じで。俺にはない部分だから憧れるって言うか、好きだよ」

「ばっ、バッカやろ……すっ、好きとか気軽にゆーんじゃねぇよ!」


 暗がりでも、楪が照れたように顔を背けたのが分かる。

 こいつでもこんな表情をするのか。


「えっと……ありがとな、さっきは」

「ん?」

「クソラギに、いろいろ言い返してた」

「ああ、うん、まあ、おまえのためって言うより、ああいうことするやつ、個人的に大っ嫌いだから……。柄にもなく、ちょっと熱くなってたな」

「あたしもさ……」


 楪が、少しだけ言葉を切ったあと、さらに続ける。


「セツメイは、見所のあるやつだ、っつぅか……一目置いてたんだぜ?」

「名前も覚えてないのに?」

「顔を忘れてたおまえよりマシだろ!」

「まあそうだけど……。つか、そろそろ、セツメイってやめてくんない? なんか、中学生の頃を思い出して気分が滅入るわ」

「じゃあなんて呼べば?」

掵木はばきとか、燐太郎りんたろうでいいよ、普通に」

「じゃ、じゃあ、り、燐太郎……おまえにも、あたしのこと、特別に下の名前で呼ばせてやる」

「名前? って、ああ、柚葉ゆずはか。……イテッ!」


 いきなり、楪が俺の脹脛ふくらはぎを蹴りつける。


「おい足癖っ! 何とかしろよそれ!」

「やっぱ名前はダメだ。クソラギを思い出す」

「じゃあいいじゃんもう……楪のままで」

「それもダメだ。イカした感じのニックネームを考えろ」

「無茶振りすんなぁ……。それじゃあ、苗字と名前の頭文字を取って、ユユってのは、どうだ?」

「ユユ? ユユか……ユユ……」


 小声で反芻しながら小首を傾げて。


「まあ、いっか、それで。……へっへっ」


 どうやらお気に召したようだ。


「お兄ちゃ~ん。何だろ、これ?」


 先を歩いていた澪緒が、立ち止まって振り返る。

 その眼間まなかいには、幅約二メートル、高さは五メートルほどもある黒い石版がそびえ立っていた。


「モノリス?」


 俺も近づいて裏表うらおもてくまなく確認してみたが、目の届く範囲には何も書かれていない。鏡のように磨かれた表面に、俺の顔が映りこんでいるだけだった。


——え? 俺の、顔?


 モノリスに映った俺の影と重なるように、奥にもう一つの人影が浮いていた。

 修道女のコスプレをしたような十歳前後の少女……いや、幼女と言ってもいいくらいの風貌だ。

 幼くはあるが、透き通るような白い肌に整った眉目びもく、濡れたように光る唇がやけになまめかしい。


 肩の辺りで切り揃えた髪と大きな瞳は、共に鮮やかな藍色。

 筋の通った鼻梁の下で、朱を水で薄めたような瑞々しい花唇かしんが、わずかに笑みを浮かべながらゆっくりと上下に割れた。


『掵木燐太郎とその仲間たちよ。よくぞ参った』


 こいつは……そ、そっか!

 道理で聞いたことがある声だと思ったら、アレ・・の声だったのか!


『余は、女神エレイネス。これより、そなたたちをネブラ・フィニスへと転送する準備を始めるぞ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る