05.noblesse oblige
「ご、ごめんなさい……それと、ありがとう……えっ~と……」
「燐太郎だ。よろしく」
ティコに
「じゃあ、お金は一旦返してもらって、改めて俺がベルに与えるってことでいいよな?」
横で成り行きを見ていた
「ありがとうっす! リン兄ちゃん!」
「り、リン兄ちゃん? ってかおい! 抱きつくなっ!」
「ちょっとぉ! お兄ちゃんは、ミオのお兄ちゃんなんですけどぉ!」
すかさず、俺とベルの間に割って入る澪緒。
「ごめんなさい。自分、孤児院では一番上だったから……ずっとこんなお兄ちゃんがいたらなぁ、って憧れてて……」
「ま、まあ、好きなように呼んでいいさ。距離感さえ間違わなければ——」
お兄ちゃん! と、横で澪緒が頬を膨らます。
「そんなにホイホイ妹を増やさないでよ!」
「ホイホイって……呼び方だけだよ呼び方! 赤の他人だって、お兄ちゃんって呼ぶことくらいあるだろ?」
「そういうところからなし崩し的に妹が増えていくんだよ! えっと、ベルちゃん? 本当の妹のミオです、よろしく!」
と、ベルに右手を差し出す澪緒。
——おまえも実妹じゃないけどな?
「ところでリンタローさん。そんなに簡単に施しを与えて、よろしいですの?」
「え? ダメなの?」
「ダメと言うわけではありませんが、弱者に施しを与えるほど、あなたはその方に責任を持つことになりますの。あなたは良い気分になるかもしれませんが、一時の援助は弱者を惑わせる媚薬であると修道院で教わりましたの」
「なるほど……。その教えももっともだけど、格差のある社会で弱者を放置するのは、国にとってはやはり害悪だよ。〝
「なぜですの?」
「……へ?」
「なぜ、弱者を助ける必要がありますの?」
「な、なぜと言われましても……」
単純なようで難しい問いだ。
道徳や社会心理を盾に、そう言うもんだと適当に答えてもいいかもしれない。
しかしティコは、それなりの権力者にもなり得る立場でもある。
今ここできちんと答えておくことが、後で振り返ればターニングポイントになっていた……なんてこともあるかもしれない。
ゲームと言うのは、要はフラグの連鎖だ。
それに、すべての人に基本的平等が認められた元の世界と、ここのように生まれながらに貴賎の差がある封建社会を同列に捉えるわけにもいかない。
「じゃあ、逆に訊くけど、ティコは支配者層や特権階級だけで生きていけると思う? 戦争には勝てる?」
「できる……と、思いますの」
「そうかな? 戦争になれば多くの兵が要る。兵の食料、武器や防具もだ。平時でも、家を建てたり食事や服を作ったり……それをすべて貴族の人間だけで
ティコは、少し考えるように小首を傾げ、
「それは……無理ですの」
「うん。強者は、見かけだけは支配者になれても、実際には弱者に依存してその地位にいる。それが社会の構造だ」
「強者は、弱者に依存……」
ゆっくりと、俺の言葉を噛み砕くように復唱するティコ。
「貴族が建物なら平民は土台だ。建物が立派でも土台が脆ければすぐに崩れるだろ? 強い国を作ることは、弱者という土台を強くすることと同じことなんだよ」
ティコの表情を読みながら、少しずつ理解が進むように俺も丁寧に話を進める。
「じゃあ、もう一つ質問。強者と弱者の違いは何だ?」
「それはもちろん腕力ですの! 相手をねじ伏せるパワーこそが強者の証ですの!」
——さすが脳筋令嬢……。
だがしかし、愚鈍ではない。
家の事情で社交界から遠ざけられ、長く修道院にいたせいで世慣れしていないが、逆にそれが素直に新しい事を吸収する素地にもなっている。
素直さは、人の上に立つ者にとっても決して悪徳ではない。
「さっきの、戦争の話を覚えてる? 人間の強弱ってのは、腕力とか知力とか、そういう個体比較による強弱じゃないんだよ」
「じゃあ、何の比較ですの?」
「どれだけ他人を使えるか、他人に頼れるかの強弱さ。だから金のあるやつは強い。人間社会の真理だ」
「弱者を強くするために、リンタローさんはベルに施したんですの?」
「俺のはそんな崇高なもんじゃない。ただの身勝手さ。体質的に、目の前で困ってる人を放っておくと自分まで苦しくなるから……」
「そんな体質では、生きるのが大変ですの!」
「はは……まあ俺のことはおいといて、でもティコは違うだろ? もっと大きな観点から弱者救済を考える必要があるんじゃないか?」
そう、ティコはすでにサノワ地方の委領を約束された立場なのだ。
この先のティコの決断が、彼女自身の運命を大きく左右するかもしれない。
「危機的状況では、どんな強者も弱者を必要とする。自分が順境のときに手を差し延べられる者が、逆境の時にも援助を受けられるということを忘れちゃダメだ」
「わ……分かりましたの」
ノブリス・オブリージュとは、封建国家から近代国家へ脱却するために必要な社会的責任——貴族に、自発的な無私の行動を促した不文律の社会心理だ。
しかし一方で、それをすることで国が栄え、強者も潤うという利もある。
〝情けは人の為ならず〟というやつだ。
もしかすると、封建的なネブラ・フィニスで世界統一を目指す鍵は、その辺りの思想的なパラダイムシフトにあるのかもしれない。
「すごい……貴族って、いつもこんな難しいこと話してるんすか?」
感心するベルに、ユユは首を振って見せながら、
「いや、燐太郎は口が上手いからな。今思いついたハッタリかもしんねぇぞ?」
「なんだよハッタリって……メメント・モリやってるときは、いつも考えてたさ」
「メメント・モリ? って、ゲームの話?」
「一部の高課金ユーザーだけが
「お、おう?」
「だから良運営は無課金のユーザーを大事にするし、俺も初心者支援は積極的にやってた。エンジョイ勢で
「いや、なんか、熱弁するほど、さっきまでの話が台無しなんだけど……」
それにしても、そこまで苛烈な地代を課すなんて、差配人は何を考えているんだ?
身寄りのない子供を預かる施設は、コミュニティにとっても重要だと思うんだが。
「村の差配人は確か……マクシムって人だよな?」
俺の質問に頷くベル。
「領主様は別にいて、サノワ地方の差配を任されてるのがマクシム様っす」
「そのマクシムってのに、地代を少なくしてもらうとか待ってもらうとか……そういう交渉はできないもんなのか?」
「無理っす……。何度か頼みに行ったけど、けんもほろろっす。マクシム様は領主様が決めた租税、地代、労役をそのまま村人に課すだけの管理官っす」
「領主が? 決めてるって?」
「マクシム様はそう言ってたっす」
「ベルは、領主のことは知ってんのか?」
「村に来たのは一回だけでどんな人かも忘れたっす。ただ、エスコフィエ家のお嬢様で、村の人はみんなバカレットって呼んでるっす」
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