Final.コルザの花

「村の人はみんなバカレットって呼んでるっす」

「んなっ! ば、バカって……わたくし、そんなこどモゴモゴモゴ!」


 慌てて俺はティコの口を塞いだ。

 さらに、ベルには聞かれないように声を潜めて、


(おいティコ! 忘れたのか? ティコが訪問することは、村人には伏せといてもらうことにしたんだろ?)

(そ、そうでしたの。でもわたくし、税や地代の件など一度も……)

(分かってる! だから、いまベルがしてくれたような話を聞いて実態調査するためにお忍びにしてるんだ。しばらく我慢してくれ)

(わ、わかりましたの……。先生がそう言うのであれば……)

(せ、先生!?)

(リンタローさんは、わたくしの政治の先生ですの)


 なんか、今度はやけに買い被られたな!

 素直なのは良いことだけど、こりゃ、迂闊にいい加減なことも言えないぞ。

 

 それにしても、バカレットか……。

 暴虐のティコレットとは少しイメージが違うが、まあ、不名誉なイメージが先行している点はゲームと一緒か。


「ところで、リン兄ちゃんたちはなんでプラスローにいくんすか?」

「ああ、え~っと、そうそう、マクシムさんに頼まれて村の視察にいくとこなんだよ。村の運営に改善点なんかがあれば、進言して欲しいって……」

「え! じゃ、じゃあ、さっき自分が言ったことも……」

「心配いらない。あれは内緒にしておく」

「よ、よかったっす……」

「その代わり、ベルの方も、この馬車の中で聞いたことは内緒だぞ?」


 ゲーム内クエストでは、マクシムは重税に苦しむ領民の蜂起を促し、シュルトワ公国の兵と共同で警備団を追い払い、敵国に投降した……という描かれ方だったはず。


 もし本当に領民思いの人物であれば話は簡単だ。しかし、領民への租税労役に関して、ティコにはまったく話が通っていないというのは、やはり気になる。

 それに、もしティコに問題があるのであれば、まずはエスコフィエ本家にでも相談するのが筋であり、いきなり敵方に通じるというのは腑に落ちない。


——とにかく、マクシムの為人ひととなりについては、実際に会って見極める必要がありそうだな。


 その後、エグジュペリで買っておいたパンをベルに与えると、ぺロリと平らげて、再びシートで眠ってしまった。

 やはり、加護による施術で相当体力を消耗させていたのだろう。


「よし、今のうちに残りの怪我も治療しとこう。体力は大丈夫だよな、サトリ?」

「それは大丈夫ですが、巻物をかなり消費することになります」

「いいっていいって。また買うことだって出来るんだろ? こんな青あざだらけの子が目の前で寝てたら、痛々しくてこっちまで気が休まらねえ」


 一応澪緒とユユにも確認したが俺と同意見だったので、ベルの治療にさらに四本の巻物を消費した。


 それからさらに、馬車で走ること小一時間。

 ベルが寝ている間に、他の全員でもう一度今後の打ち合わせをすることにした。


「村に着いたら、村人やマクシムの前では、ティコに雇われたのはあくまでも澪緒、俺とユユは澪緒の従者、というていでいこう」

「ん? 今までの感じじゃダメなの?」と、澪緒が首を傾げる。

「今のところ、俺たちはカスタニエの客分に過ぎないわけで、辛うじて対外的に名乗れる肩書きと言えば、澪緒の〝聖女候補〟くらいだろ?」

「肩書きって言えば、職号がそうじゃないの?」

「それが問題なんだよ。ユユの闇魔法士はともかく、澪緒の戦闘メイドなんて訳わからんし、俺にいたっては……」

「ああ、愚者だもんねぇ。愚か者、愚かなる者! ウ・ケ・ル!」

「やかましい!」


 どこの馬の骨とも分からない俺なんかがしゃしゃり出るよりも、とりあえずは教会に認められた人物を中心にまとまった方が、チームとしての発言力は上がる。

 交渉事や、或いは何か進言をするにしても、権威はないよりある方がいい。


「対外的な権威を澪緒に集中させるんだ。俺とユユは、澪緒のことを〝澪緒様〟って呼ぶことにするぞ」

「みっ、澪緒様だって! 草生えるっwww」

「生やすなバカ! 聖女候補らしく、言葉遣いは気をつけろ! ユユやティコのことはさん・・付け、俺のことも、お兄様って呼ぶんだ」

「お兄様! あっはっはっ! 真面目か!」

「真面目にやれっ!」


——ったく……こいつに説明するだけで、なんでこんなに体力が削られるんだ?


「でも、お兄ちゃ……あいや、お兄様? ……ぷぷぷ」

「お~い……」

「ご、ごめんごめん、ミオ、敬語なんて全然喋れないよ?」

「全然って……す、少しは喋れるだろ? それに、澪緒が上役ってことになるから、少々タメ口っぽくなったってなんとかなるさ」

「でも、難しいこと聞かれたら?」

「よく分からないことは俺かユユに振れ。『その件については、この者から説明いたします』とかなんとか言って」

「ふむふむ……早い話が、ミオが一番偉い、ってことにするのね?」

「そう言うこと」

「一つ、お伺いしたいことがありますの……」


 今度はティコが口を開く。


「マクシムは……信用できますの?」

「え?」

「ベルさんが話していた地代のこと……わたくしに覚えがないということは、マクシムが嘘をついて領民に重税を課していると考えるのが普通ではありませんの?」


 やはり、ティコは思っていたほど愚鈍ではないな。

 勉強が苦手で、ちょっと世間知らずなだけで、理解力は決して悪くない。


 ティコには話していないが、マクシムはプラスロー奪還クエストで敵側に内通するはずの人物だし、俺もあまり信用はしていない。


 しかし、だからと言って今、マクシムに会ったこともない俺が彼に関するマイナスの印象をティコに伝えても、反発を招く可能性が高い。

 今の彼女にきざした疑問は、マクシムへの不信感と言うよりも、自分たちの傍で仕えてくれていた人物を信用したい……という願望に近いものだからだ。


「それは……分からない。ベルの勘違いってこともあるし、まずは俺も、マクシムに会ってしばらく様子を見てみないことには、なんとも言えないな」

「そうですの……。そう……ですわね」


 がっかりしたような、それでいてホッとしたような表情を浮かべて、ティコが肩をすくめた。

 ネガティブな評価を伝えることがあるとすれば、ティコに納得してもらえる材料が揃った時だ。


「あっ!」


 声を上げたのは、いつの間にか目を覚ましていたベルだった。

 急いで内開きの窓を開けて外を眺めるベル。

 釣られて俺も覗いてみたが、見えるのは殺風景な丘陵地帯に背の低い雑草。そして、それに混ざって点々と咲いている黄色い花だけだ。


「どうした?」

「うん、窓の外に黄色い色が見えたから、もしかしてって思ったら……やっぱりコルザの花っす」

「あの黄色い花?」

「そうっす! プラスローの周りにもいっぱい生えているから、たくさん見え始めたらそろそろ村が近いんだなぁ、って目印なんすよ」

「コルザがたくさん? 村人が育ててるのか?」

「んなわけねぇっす。コルザなんてただの雑草っすよ?」

「雑草? コルザが?」

「食べられなくもないけど、みんな肥料の原料にしてるっす。旬は過ぎてるけど、まだまだ綺麗に咲いてるんじゃないっすかねぇ……」

「そっか……」

「孤児院のみんな、元気かなぁ~。二ヶ月ぶりだし、会えるのが楽しみっす!」


 気がつけば、陽もだいぶ傾いてきている。

 さらに五分ほど走ったところで、たくさんのコルザに囲まれたプラスローの村が見えてきた。

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