Final【回想】こはるん

『こんにちわ♡』


 ピコン、とスピーカーから流れてきた着信音で顔を上げ、慌ててマウスを動かす。

 解除されたスクリーンセーバーの向こう側では、泡を出して睡眠モーション中だった俺のキャラ——盗賊シーフのリンタが、女神官プリーステスに話しかけられていた。


『今日はテスト勉強するゆーとらなんだ? 何しよるの?』


 急いで勉強道具を横にどかしてノートパソコンを引き寄せると、キーボードの上で指を滑らせる。


「テスト勉強」

『あ、いたw』

「いるさ」

『INしながら? そんなんで頭にはいるんか?』

「座らせてただけ。ゲームはしてないから」

『そんならINしとる意味もないやない。あ! そっか! さてはうちと話したかったんじゃなぁ?』

「ちげーし。習慣でINしてるだけだし」

『そかそかー。まあ、そういうことにしといちゃろう。可愛いなぁ、リンタは♡』


 画面の中で、プリーステスの少女——こはるんが、エモートアクションを使ってクスクス笑う。

 何か言い返したかったが、どうせ口では敵わないのでそれ以上の反論は止めておくことにした。

 画面右下のデジタル時計は、十六時四十分。


「こはるんこそ、どうしたん? まだ仕事じゃ?」

『そうじゃったんやけど、取引先との打ち合わせがはよう終わったけん、そのまま直帰してきたの』

「勝手にそんなことして大丈夫か?」

『上司にはちゃんと連絡しとるよ~』

「ならいいけど」

『なになに? リンタ、心配してくれとるの? 優しいなあ♡』

「そんなんじゃねーよ。ただ、なんかあってINできなくなったら困るだろ」

『まあなぁ、ウチら、夫婦じゃけんねー♡』


 そう、俺たちはパートナー——いわゆる〝夫婦〟というやつだ。


 メメント・モリにはパートナーシステムというものがある。

 男女のキャラで特殊契約を結ぶことにより、ユニゾンスキルや、専用ルームと専用イベントリの使用、さらにステータス補正があったりなど、ゲームを有利に進められる様々な恩恵が受けられるようになるのだ。

 今も、こはるんと話しているのは専用ルームの中。


 親密度によっては出産、育児イベントなんかも発生することから、ユーザー間では〝結婚〟とも呼ばれている、なんとも面映おもはゆいシステムである。

 そんなわけで、攻略と言うよりも、もっぱらゲーム内恋愛目的で利用されることの方が多いシステムだし、恐らく運営のHCEハニコンの狙いもそこだろう。


 MMORPGにユーザーを繋ぎ止めるのは、ゲーム性よりもゲーム内コミュニティによるところが圧倒的に大きいのだ。


 ただ、こはるんがどうして俺に結婚を申し込んできたのかはさっぱり分からない。

 なんとなくお試し入団のようなノリで入ってみたギルドで、彼女はギルドマスターを務めていた。


 それまで渡り歩いてきたガチ勢ギルドとは空気の異なるエンジョイ勢ギルドで、俺もギスギスしたノリに疲れていた時期でもありとても居心地良く感じられた。

 最初は次の所属を決めるまでの繋ぎのつもりだったのだが、二か月も過ぎた頃には、なんとなくこのぬるさもいいかな、と思うようになっていた。


「なんで俺と、夫婦になろうと思った?」

『前にも聞かれたよぉ、それ~』

「そうだっけ? 大して話したこともなかったのに、何でかなって」


 俺の質問に、こはるんが少しのあいだ沈黙する。


 正直、ゲーム内恋愛にはまったく興味がなかった。

 キャラとリアルの性別が違うなんてザラだし、ギルメンにちやほやされて姫プレイを楽しんでいるようなこはるんは、俺とはまったく別ベクトルのユーザーに見えた。

 

 ただ、俺もステータス補正には興味があったので、突然彼女からプロポーズされた時は、驚きはしたもののそれほど深く考えもせず申し出を受けることにした。

 きっと彼女も補正目当てで、他のギルメンでは角が立つから、毒にも薬にもならなそうな地味メンの俺を選んだのだろうと、そう思っていたのだが……。


『……じゃけん、何度も言いよるけんど、リンタのこと好きやからぞな』

「だから、そういう冗談の話じゃなくて……」

『冗談やないってば。リンタは、心配なん?』

「ん?」

『ウチが気まぐれでパートナー選んどると思うとるの?』

「いや、そういうわけじゃないけど……」

『ウチもこれが初婚じゃし、ちゃんと長う付き合えそうな相手選んだつもりぞな』

「うん」

『チャットでも、♡を使うとるのは、今はリンタと話すときだけぞな』

「え?」

『やっぱり気付いとらなんだ! まあ、そこがリンタのええところやけど』

「ごめん、じゃあ、俺も、今度からそうする」

『別にええけど。そもそもリンタ、♡なんて使わんじゃろw』

「そ、そうかも」

『とにかく、ウチはウチなりにちゃんと気持ち伝えとるつもりなんじゃけどなぁ。ほいでも心配なん?』


——心配?


 いったい、俺は何を心配しているんだ?

 こんな、リアルではオバさんかも分からないような相手だぞ?

 なのに、何でこんな気持ちにさせられているんだ?

 ゲーム内での〝好き〟って、何なんだ?


 以前、音声チャットを提案したときも、にべもなく却下されたし、こんな♡連発の語尾ぞな・・・・キャラも、いかにも胡散うさん臭い。

 下手すりゃ中身はオッサンの可能性だってある。


——しっかりしろ、燐太郎!


「大丈夫、心配なんてしてない、別に」

『ふぅ——ん……まあ、一応ゆーとくけど、愛しとるよ♡』

「そういうの、いいからっ!」

『あはははは』


 顔が熱くなっているのが分かる。

 相手はオッサンかもしれないと思っていても、キャラビジュアルでいかようにも錯覚させられるのがネトゲユーザーのさがだ。

 まあ、その辺は割り切ってやってるし、完璧に騙してさえくれれば、ネカマでもネナベでも構わないけどさ。


「そう言えばこの前のアプデで実装されたクエ、どんな感じ?」

『あ~、キュバクエ?』

「うんうん」

『ヴァプールへの移動だけは何度か手伝てつどうたけど、レベル20以上は挑戦できんけん、詳しいことは分からん』

「あれで、一気にレベル10くらいまで上がるんだろ? サブキャラの育成にはいいかなって」

『なんやったら一緒にサブ作ってやってみる? 結婚させれば攻略も楽になるよ?』

「サブまで一緒にやるのか?」

『嫌なん?』

「そうじゃないけど……こはるんはそれでいいのかよ?」

『う~ん、ウチがどうとゆーより、サブでもリンタが他の子と結婚したりするのは、嫌じゃな』

「しねぇよ! つか、そういうとこだぞ!」

『ん? 何がじゃ?』

「いや……」


 こう言うことサラっと言ってくるから、周りもいろいろ勘違いするんだよなぁ。

 姫的な立場だったこはるんが俺とパートナー契約を結ぶことになって、案の定いろいろとゴタゴタが起こり、結局俺もギルドにはいられなくなった経緯がある。


『そう言えばあのクエ、通常クリアじゃと経験値しか貰えんらしいんやけど、最近、連続イベントが発生するトゥルールートが発見されたみたいぞな』

「連続イベント? 何それ?」

『お? 興味あり? サブ作って一緒に行ってみる?』

「あ——……、テスト終わったらな」

『クソ真面目ぞな!』

「普通だっつぅの」

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