04.理由は三つ

「……で、本題やねんけど、リンタロたちはどっから来てん?」

「こっちの話の前に、ユトリが知っている情報を聞き——」

「そっちが先や」


 俺の言葉を、被せ気味に打ち消すユトリ。譲る気はないらしい。


「ティスバルはんやないけど、おたくらの身分の確証となるもんが、今んところ一つもない」

「それはさっき……」


 横に置いてあったアニタブを掴むと、ユトリが俺を手で制して、


「それは確かに珍しいもんやけど、機能の詳細な検証はすぐにはできひん。みてくれだけ整えたパチもんの可能性も捨てきれんやろ?」

「もしかして、俺たちがそっちの情報を利用して『エレイネスの使徒』なり『ロガエスの聖女』なりに成りすます可能性を懸念しているのか?」

「そうや。おたくらを誘うたのはウチやけど、あの場はああでも言わんとティスバルはんも治まらんかったやろうしな」


 俺たちに感激してここへ誘ったのも、半分以上は演技だったってわけか。

 あっけらかんとしているようでも、そこは重要なイベントキャラだ。やはり抜け目がない。


「シャワーもリアライズもシュリンクも……確かに珍しい奇跡やけど、この世界にはよう分からん加護や奇跡がようさんある。それだけで百パー信用するわけにはいかへんねや」

「それはまあ、当然だろうな」

「今後も忌憚のう付きおうていくための念のための確認や。悪う思わんといて」

「最後の人物確認、ってわけか」

「心配せんでも、話を聞いたあとはウチの持っとる情報も包み隠さず話したる」


 聞けば、エレイネスの名を利用して詐欺を働く者、怪しげな商売を始める者、中には有力者に取り入ろうとする者が後を絶たないらしい。

 総本山のある大パンタシア大陸とは違い、小パンタシアでは確認のすべも限られていることから、そういった犯罪も横行しやすいのだそうだ。


 逆に言えば、少なくとも有力者に取り入ることができるくらいの威光が、エレイネスにはあるということか。


「俺たちがこの場で噓をついて、ユトリたちをたばかろうとしているとは考えないのか?」

「噓ゆーたって、まったくのデタラメってわけにもいかんやろ? あんたがどこかで転送者について聞きかじった情報を基にカマそう思てても……」


 ユトリが一旦、乾いた喉を紅茶で潤して、さらに続ける。


「ウチらも、不埒ふらちで狡猾なやから対策でわざとフェイク情報も流しとる。そうゆー情報を掴んでドヤ顔でもしようもんなら、一発でアウトやで?」


 恐らく、フェイク情報に関してはハッタリだろう。もし本当なら、ユトリに今それを明かすメリットがないからだ。

 彼女が纏う空気は平常時と変わらない。が、こういうタイプの人間は動揺など一切なく、息をくように嘘をつく。


——もっとも、それを知ったところで俺の選択肢が増えるわけじゃないけどな。


「使うも何も、そんな情報は持ち合わせていないし、俺たちの身に起きた出来事をそのまま正直に話すことしかできねぇよ」

「うむ。ええ心構えや。くれぐれも嘘はあかんよ?」


 澪緒みおとユユの方を見ると、二人とも俺に任せたとでも言うように小さくうなずき返す。

 俺は、エレイネスの元へ転送され、ユトリたちと会うまでの出来事をゆっくりと話し始めた。


 但し、この世界の成り立ちやAIの概念等についてはボカしながらだが……。




「なるほどなぁ……」


 俺が話し終わると、ユトリが何度も、深く首肯する。

 フェイク情報とやらには引っかからずに済んだのだろうか?


「どや、サトリ?」


 ユトリが、隣の機械人形オートマタに問いかける。


「心拍数、発汗量、瞳孔運動、視線移動、瞬目数、発話速度、レスポンスタイム……すべて正常値の範囲内です。虚偽の兆候は見られません」


——サトリのやつ、嘘発見器みたいなこともできるのか!?


「そんなことが見抜けるなら、俺がティスバルに尋問されてる時も援護してくれればよかったのに」

「あの場面で、ティスバルはんがウチらの言葉を信用なんてするわけないやん。それに、こうして落ち着いて話しとるような場面じゃなければ役に立たへんしな」

「なるほど……」

「リンタロの知っとることは、ほんで全部か?」

「あ、ああ……」

「嘘です」と、サトリ。


——うっ……。


 ユトリが「ふふん」と唇の端を上げ、


「まあええ。そら、言えへんこともあるやろ。嘘はつくなとはゆーたけど、すべて話せとはゆーてへん。とりあえず今の話が全部ほんまやったら情報量としては十分や」

「それは良かった」

「まとめると、ジュゲムっちゅう、ごっつ頭のええ機械を作ったら別世界への扉が開いて、吸い込まれた先に女神さんがおって、加護スキルを得てこの世界に飛ばされたと……それで間違いあらへんな?」

「ああ」


——だいぶざっくりだけどな。


「荒唐無稽すぎて逆にデタラメとも思えへんな」

「ん? 転送者なんて言葉を知ってたくらいだし、その辺の事情は承知してたんじゃないの?」

「転送者に関しては各国最高機密扱いや。詳しいことは分からへん」

「はぁ? なんかおまえ、いろいろ分かってる風な顔してたじゃ——」

「せやから、転送者っちゅう言葉を聞いたことがあるだけやねん。この世界の常識にめっちゃうといっちゅうのも小耳に挟んどったけど、それが意味することはなぁ~んも分からへん」

「ってことは、俺だけ情報を出し損ってことか!? 嘘ついてんじゃねえだろうな?」


 やっぱこいつ、食えねえ……。

 こうなると、ユトリ経由で他の転送者の情報を引き出すのは難しいか?


「そんな怖い顔せんといてぇな。リンタロなら、ウチが隠し事しとるかどうか分かんのやろ?」

「そんな便利なもんじゃねぇよ。それに、嘘をなんの動揺もなくつける人種もいるからな」


——おまえみたいに。


「……で、結局、俺らみたいな転送者を各国が庇護下に置こうとしてんのはどうしてだ?」

「理由は三つ。一つは、転送者自身がもともと持っとる不思議な力が目的や。二つ目は、神輿やな」

「みこし?」

「教団から気に入らんと言われればあっちゅう間に逆賊やし、逆に後押しを受ければ小国や民衆はこぞって味方になってくれる」

にしき御旗みはた、ってわけか」

「そうや。どの国もなるたけ敵は少なく、味方はようさん欲しい。せやから、エレイネス教関連の人物は基本的に手厚い待遇を受けられる、っちゅうわけや」

「そのわりには……」


 ティスバルのあの態度……と言おうとして、ユトリに先回りされる。


「ティスバルはんのアレは、非常時の上にリンタロの格好も相当けったいやったからな。行き先もヴァプール言うし、いろいろとが悪かったんや」


 それにしても軽挙に過ぎるだろう……と言いたい気持ちは、グッと呑み込む。

 まだこの世界の知識も蒙昧もうまいなうちから、固定観念で常識論を振りかざすのは適当ではないと思ったからだ。


「もう一つは?」

「三つ目は、聖女や」

「聖女? って、ロガエスの聖女がどうとか、って言うあれ?」

「それとはまた別の話なんやけど……まあ、それは明日、キュバトスを倒した後にでも説明するわ」

「うむ。……ああ、それと、さっきの話なんだけど」

「ん?」


 もう一つ、気になっていたこと、それは——。


「さっきサトリが言ってた、澪緒の攻撃を『割り込んで止めることもなかった』って、あれ、どう言う意味だ?」

「ああ、あれな。あれはな……ミオちんのあの剣は〝不殺剣〟やねん」

「ふさつけん?」

「知らんと使つこうとったんか? 簡単にゆーたら、あれで人は殺せへん、っちゅうことや」

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