03.楽しい会話 ※

「お食事をお持ちしました」


——お持ちしました?


 サトリが、自分の持ってきたテーブルを元からあったテーブルに繋げて並べる。

 さらに、二人のメイドが一礼した後、ワゴンカートを押して部屋に入ってきた。


 三段の天板にはそれぞれ、銀の食器にミニサンドやミニグラタン、野菜や魚介類の盛られたカナッペやタルトなど、色とりどりの料理が盛り付けられている。

 みんなで取り分けやすいよう配慮されているのか、小分けにこしらえられた料理ばかりだ。


「うわぁ——! すごっ!」と、目を輝かせる澪緒みお


 澪緒だけじゃない。俺とユユも色彩豊かな料理に思わず喉とお腹を鳴らす。

 簡単に朝食を済ませただけで今日は何も食べていなかったし、Permutoペルムトで入れ替わった時の感覚から判断するに、ユユも似たようなものだろう。

 いろいろなことが起こり過ぎてすっかり忘れていたが、食べ物を見て改めて空腹感を思い出す。

 

 二つに繋げたテーブルの上に全ての料理を並べ、最後に寸胴からポトフスープを盛り付け終えると、メイドたちは退室していった。

 最後にサトリも出て行こうとしたところで、


「あ、ちょっと!?」


 澪緒が呼び止める。


「サトりんは、食事はしないの?」

「サト……りん?」

「あだ名だよ。ゆるキャラみたいで可愛いでしょ?」


 ゆるキャラ? と小首を傾げたあと、しかし、それ以上そのことには触れず、


「私は、別の部屋で頂きますので」

「それなら、ここで一緒に食べればいいじゃん」

「摂取した食物は、体内で元素分解してエーテル機構の稼動エネルギーに変換されるだけです。私にはこのようなお料理は必要ない——」

「いいからいいから! お料理だっていいんでしょ? ハイここ!」


 澪緒が奥に詰めて、ソファーの空いた部分をポンポンと叩く。

 どうするべきか、サトリが少し逡巡したようにユトリを見遣ると、


「ええんちゃう? 四人では多すぎる量やし」と、ユトリ。

「……では、失礼致します」


 一礼して、サトリも澪緒の隣に遠慮がちに腰を下ろした。


「これ、トマトだよね?」と、ポトフの中の赤い物体を指差す澪緒。

「そうですね」

「じゃあ……サトりんにプレゼント♪」


——おまえが食いたくないだけだろ。


 さらに澪緒が、サトリの器にトマトを移しながら、


「サトりん、腕は大丈夫だった?」

「問題ありません」


 新しい服に着替えたのか、破れのないフリルワンピースの長袖を捲ると、澪緒に斬られた左腕をかざして見せる。

 端然とした、傷一つ無い美しい前腕ぜんわんだ。


「皮膚や骨格の損傷は元素結合で自己修復致しますので、ご心配には及びません」

「ふぇ~……痛みはないの?」

「痛覚はありません。もっとも、あの蛮刀マチェットであれば、私が割り込んで止める必要もありませんでしたが」

「…………?」

「まあええやん。腹も減ったことやし、まずは食べようや。難しい話はその後や」


 ユトリが話をさえぎる。


——止める必要がなかった?


 あのまま止めなければ、ティスバルは澪緒に切られていたと思うんだが……。

 治癒や蘇生術があるから、という意味だろうか?

 少し気になるが、まあ、後から教えてくれると言うならそれを待つか。


「それにしても、食事がルームサービスとは思わなかったな」

「晩餐用の食堂もあるんやけど、あそこはだだっぴろうて寒々しいし、ばか長いテーブルは使いづらいし、よう好かんねん。嫌やった?」

「いや、別に……むしろ気楽でいいけど。友だちの誕生日パーティーに呼ばれたみたいで——」

「いないじゃん」

「……え?」

「お兄ちゃん、友だちいないじゃん」


——なんだこいつ? なんで唇を尖らせているんだ?


「そ、想像で話してただけだろ? わざわざ突っ込まなくたって——」

「なんか、急にリア充アピールしてるとこが、異世界デビューを狙ってそうでムカつくの」

「なんだよそれ……」

「だいたい、誕生日会なんて澪緒も呼ばれたことないし、アニメの中だけの都市伝説だよ!」

「そ、そうなの?」

「なんでつまらない見栄を張るのか、ミオには分かんない」


 と、頬を片方だけぷくっと膨らませる澪緒。

 俺にはおまえのムカつきポイントが分かんねぇよ!


「お兄ちゃんの良いところはミオが知ってるからいいんだよ! ゲーオタで着こなしがダサくて、友だちはゲームのギルメンくらいだけど、それでいいの!」

「ちょ、ちょっと待った! なんで俺、いきなりディスられてんの!?」

「パンプスに踏み潰される果物の動画が好きだって、別にいいんだよ!」

「お、おまっ……な、なんでそれを……」


——なにこの、突然の暴露大会!?


 無表情のサトリからは相変わらず何の感情も読み取れないが、ユユからは、スッと抜け落ちた表情と引き換えにドン引きした感じのオーラが溢れ出している。


「キモッ……」

「い、いや、まて、ちょっと、ちがっ——」

「リンタロ、なんかエロいな?」

「おまえはそればっかりだな!」

「お兄ちゃん、せっかくのご馳走なのに、もうちょっと楽しい会話ができないの?」

「誰のせいだよっ!」




 食事はとても美味しかった。

 総じてどれも日本人の口に合う味付けだったことに驚いたが、考えてみればメメント・モリは日本の会社が作ったゲームだし、文化的なアレンジも日本に合わせて考えられているのかもしれない。


 そもそも、なんの不自由もなく日本語が通じていることもあり得ない。

 ユトリの関西弁のような話し方も、方言と言うわけではなく、物心ついた頃からいつの間にかその口調だったそうだ。

 どうやら、この世界には他の喋り方の人も含めて一定数存在するらしいが、どれもゲーム上でのキャラ付けがそのまま反映されたものなのだろう。


 澪緒に言わせれば『お約束』ということらしいが、よく分からないことを無駄に複雑化して考えるより、単純化して理解しておく方が思考節約の原理にもとらない。

〝オッカムの剃刀かみそり〟というやつだ。


 食事中は、料理の説明やセバスチャンの口癖、ユトリのスリーサイズ(ほぼ寸胴だった)など、とりとめもない話題に終始する。

 食事中はあまり難しい話をしないと言うのがこの世界のマナーらしい。

 約一時間後、みんなのお腹も膨れ、食器が下げられて食後のティータイムに入ったところで、ユトリが口火を切った。


「……で、本題やねんけど、リンタロたちはどっから来てん?」




※補足

【オッカムの剃刀】

「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする指針。同じ現象を説明する仮説が複数ある場合に、よりシンプルな仮説を採用するべきであるという考え方。思考節約の原理とも呼ばれる。

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