第四話 ヴァプール
01.見慣れない天井
カーテン越しの柔らかな朝陽が、俺の意識を夢の世界から引き上げる。
——夢……か……。何の夢だったんだろう?
思い出そうとして、急速に思考がクリアになっていく。
見慣れない天井。
室内にほんのりと
天蓋の付いた、ふかふかのセミダブルのベッド。
二階の窓の外まで伸びたアラカシの枝で
五感を刺激するすべてのものが、昨日の出来事が現実だったことを物語っていた。
——異世界……ネブラ・フィニスに、本当に来ちまったんだな。
机の上の時計に目をやると、時刻はもう少しで朝の五時になろうとしていた。
もう一度
一番知りたかった〝他の転送者の情報〟については、ほとんど得ることができなかった。それでも、一つ分かったことがある。
この世界には俺たちと同じような転送者が何人かいて、すでに生活を始めているらしい、ということ。
昔から転送者の
ただ、そのどれもが昔話や妖精の悪戯など迷信の域を出なかったのが、三ヶ月ほど前から、かなり信憑性の高い情報がユトリの耳に入っているというのだ。
しかし、俺たちと同じ世界から転送されてきたと考えると、おかしなことがある。
俺は、エレイネス限定フィギュアの発売日翌日にはそれを手にして、
つまり、今ユトリが耳にしている他の転送者らしき存在は、フィギュアが発売されるずっと以前にこの世界に来ていたことになる。
二つの世界の相対時間が同一で、
五次元ワームホールを通過したせいで時間軸がズレていることも考えた。
しかし、それならば、俺たちだけが元の世界とほぼ同日・同時刻に転送された説明がつかなくなる。
スマホのデータとこの世界の暦を再度検証して、俺たちには時間的なズレがほぼ生じていないことは確認済みだ。
——もしかすると、他の転送者は地球とは別の世界からやってきた、とか?
……まあ、考えても分からないことは、考えるだけ無駄か。
とりあえず今は、そういう可能性もあるということだけは心に留めておこう。
ヴァプールに出発するのは十時の予定だし、朝食も八時頃だと言っていたから、まだ起きるには早いな……。
昨日今日会ったばかりで、
ゲームと同じクエストに当事者として関わることでどんな展開が待ち受けているのか、そこは大いに興味がある。
再び夢の中へ戻ろうと羽毛布団を被ったところで、またしても意識の
——そうだ! さっきの夢! こはるん!
俺の何が気に入ったのか分からないが、ある日ゲーム内でのパートナー契約、通称〝結婚〟を申し込まれ、それから二ヶ月間は一緒に狩りをしたりチャットをしたりと、ほぼ毎日のようにゲーム内で会っていた。
文字通り、本当の夫婦よりも共に過ごす時間が長いのではないかと思えるほどに。
そしてそれは、一昨日の夜まで過去進行形で継続していたことだった。
当然、新サーバー〝フィニス〟も一緒に冒険したいね、という話は出ていたのだが、フィギュアの購入権が当選したのは俺一人だったので、こはるんもネットオークションやフリマアプリでなんとか入手したいと言ってたのを思い出す。
正式オープン後なら誰でも遊べるのだが、どうやら彼女には、それまで待つという選択肢はなかったらしい。
——突然俺がINしなくなって、きっと怒っているだろうな。
それを思うと、胸に何か引っかかるものはある。……が、とにかくこの世界で目的を達成すれば、あそこから人生をやり直すことだってできるかもしれないのだ。
向こうに置いてきた生活のことは、今はあまり考えないようにしよう。
それより気になるのは……。
——キュバクエにトゥルールートが発見された……という、彼女の言葉だ。
今まで忘れていたのだが、今朝の夢のおかげで思い出した。
結局あの後も、メインキャラの育成に注力してキュバトス討伐クエストはやらず仕舞いだった。
トゥルールートと言うのが何を意味するのかは分からないが、この世界でのキュバトス討伐でも、解決にいくつものルートが存在するということだろうか?
だとしたら、連続クエスト……つまり、次の展開に繋がるルートとはどんなものなんだろう?
さっきの夢をきっかけに、当時小耳に挟んだ情報が脳裏に蘇ってきた。
通常の攻略では子供が大量に死ぬというかなりダークな内容のクエストだと言うこと。そして、トゥルールートに関しては『日付が重要』だということ……。
ただ、それらが具体的に何を意味しているのかはさっぱりだ。
——こんなことなら、もう少し詳しく調べておくべきだったな、くそ!
まあいい。せっかく遭遇したゲーム内との同一クエストだし、どんな形にせよ、見過ごすよりはこの目で見届けた方がいいに違いない。
もう一度、目を閉じて二度寝モードに入ったその時だった。
「お兄ちゃん、おっはよぉ——っ!」
バキンッ! と、ドアが開くと同時に朝の挨拶をしてきたのはもちろん……うちの脳筋妹だ。
「お、おま……どうやってドアを? 鍵かかってなかった?」
「あれ? かかってた? そういえば、開けた時に変な音がしたような?」
——馬鹿力め……。
「ノックくらいしろ! 俺が裸で寝てたらどうするつもりだよ?」
「そしたらノックする」
「遅いわ!」
まあ、元の世界にいた頃から何度言ってもノックなしで入ってくるので、俺もいろいろ気を使っていたわけだが……。
まさか、鍵付きのドアを壊して入ってくるとは思わなかった。
「……で、朝っぱらから、何の用だよ?」
「ユユさんが、サトりんに案内してもらいながらランニングに行く、って言うから、私も一緒に行こうかな、って」
「そう。行ってらっしゃい」
「お兄ちゃんもだよ」
「は? 何で俺まで?」
「この世界だと体も鍛えておかなきゃ生き残れないでしょ? トレーニングだよ」
「だとしても、いきなりランニングなんて無理。死ぬ」
「えぇ? お兄ちゃん、小学校の頃はマラソンとか結構得意じゃなかったっけ?」
「得意ってほどじゃねぇし……中学以降は、マラソンなんてリセマラくらいしかやった記憶ねぇよ」
「大丈夫。澪緒だってアニマラ(※アニメマラソン)くらいしかしたことないから、一緒に頑張ろ!」
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