02.どえらい機能

 地獄の早朝ランニングのあとは全員で朝風呂をもらい、なぜかまた、俺の部屋で集まって朝食。

 その後、ユトリやサトリも交えて謎多きアイテム——女神端末アニタブの検証を進めることにした。


 キャラクターレベルは全員1のままだが、加護レベルは、俺のRI-DINGU EA-りーでぃんぐ えあーと澪緒の絶対防御、それにユユの闇魔法と性技もそれぞれレベル1から2へ。


 ……なぜ性技まで上がったのか!?

 入れ替わり中のお風呂での経験が影響したのかもしれないが、俺もユユも、暗黙の了解でそこには触れなかった。


 さらに、闇の奇跡の残り使用回数もすべて復活。

 ゲーム内にもあった〝夜九時に全回復〟というシステムは、この世界でも引き継がれている可能性が高い。


 驚愕だったのは澪緒みおの剣技レベルだ。

 レベル1から、一気にレベル6に上昇。


 加護スキル説明欄でも、習得剣技には、水平斬り、袈裟斬り、逆袈裟斬り、回転斬り、巻き斬り、デミヴォルテ、の六つの技が点灯。

 最初の四つは基本技だが、六つ目のデミヴォルテは西洋剣術のカウンター技だ。


「澪緒、そんなの使えんの?」

「う~ん、どうかなぁ? よく分かんないけど、昨日もあのおじさんとのバトル中に自然に身体が動いていたから……やり始めればイケるんじゃないかな?」


 おじさんとは、もちろんティスバルのことだ。

 確かに昨日の澪緒の動きは、素人目に見ても研鑽けんさんを積んだ剣士のようなキレがあった。知識ではなく、手続き記憶・・・・・に働きかける加護スキルと見て間違いないだろう。

 例えるなら、キーボードのブラインドタッチのように、やり方を説明しようとしても上手くいかないけれど身体が覚えて勝手に動く……というアレのことだ。


「せやけど、転送者っちゅうのは便利なもんやなぁ」


 ユトリが、俺の隣からアニタブを覗き込む。


「加護のレベルだの使用回数だのが、こんな風に可視化されるんやね」

「逆に、この世界のスタンダードはどうなってるんだよ?」

「アバウトやけど、精霊の様子で判断しとるかなぁ。なんべんも使つこてれば、あとどれくらい使えそうかくらい、肌感覚で分かってくるもんやねん」


 どうやら、この世界のスキル持ちには精霊というものが視認できるらしい。

 俺から言わせればそちらの方が断然便利だとは思うが、そういう身体になっていないということは、人間とAIの構造的な違いによるものなのかもしれない。


 ちなみに、ユトリの加護スキルは魔改造、職号は魔工師だった。

 俺のイクイップメントと同じく元素結合でアイテムを作り出すスキルだが、第五元素であるエーテルを組み込むことにより、生成物に特殊な機能を付与できるらしい。

 詳細は謎だが、サトリもそのスキルによって製作された機械人形オートマタのようだ。


「試しに、何でもいいから何か改造してみてくれない?」と頼んでみたが、

「今は調子悪いねん。また今度な」と断られてしまった。


 同じ生産系スキルだし、興味があったのだが仕方がない。

 俺のイクイップメントにも調子の良し悪しなんてあるのだろうか?


 そしてもう一つ、アニタブの情報に驚くべき変化があった。

 マップ画面で、赤と青の▼以外に、緑の▼が出現していたことだ。ピンチアウトで拡大してみると、この街アングヒルの一点を指していることが分かった。


「ここは?」

「アングヒル大聖堂やな。来る時にも前を通ったで」


 試しに緑の▼をタップしてみると、俺たち三人の名前と、その横にはチェックボックス。さらに『移動するメンバーを選んでください』というメッセージが。


「こっ、これは……!」


——恐らくこれは、ファストトラベル!


 メメント・モリにも訪問歴のある街の大聖堂カテドラルへ瞬間移動できる〝ポータルアーク〟という課金アイテムがあったが、これはそれを具現化した機能なのだろう。

 ユトリに説明すると、


「そら、どえらい機能やな! 権力者たちが手元におきたくなる気持ちも分かるわ。下手したら世界の常識がひっくり返るような代物しろもんやで」

「そんなに?」


 便利な課金アイテムくらいの認識だったのでピンとこなかったのだが、


「そらそやろ! 全員がそれを使えるようになったら、どんなに離れとっても、好きな場所に好きなタイミングで兵を動かせるようになるんやで?」

「ああ、なるほど……」

「まさに用兵の革命や! 見てみぃ、さぶイボが出とるわ!」


 と、鳥肌の立った腕を、俺の方へ突き出して見せるユトリ。

 確かに、ファストトラベルが何千何万という人間を対象に使えるようになれば、侵攻にしろ防衛にしろ軍事上の大革命だろう。

 出現場所が街の中心部に位置するカテドラルなのだからなおさらだ。

 これが転送者だけにしか使えない機能なのか、あるいは何かしらの条件でこの世界の人間AIでも使えるようになるのかは今後の検証課題だ。


「ところで、今日のキュバトス討伐の件なんだが……」

「ああ、堪忍な。キュバトスのことはまた道すがら話したるさかい、とりあえず、そろそろ行こか」


 と言って立ち上がるユトリと、それに続くサトリ。

 気が付けば、時計の針は十時少し前。

 二人に付いて俺たち三人も屋敷の前庭に移動すると、すでにティスバルの率いるハウンド隊が、セバスチャンと共に昨日と同じ編成で控えていた。


「昨日ははばかりさん(※お疲れさま)。今日もまた頼むで!」


 声を掛けながら進むユトリの後に付いていくと、ティスバルからは相変わらず鋭い一瞥いちべつが向けられる。

 しかし、何か話しかけられるでもなく、まとう空気からも敵意は感じられない。


 昨日と同じ馬車へ、澪緒とユユ、そして俺の三人が先に乗り込み、最後にユトリが「ほな、行こか」と、ティスバルたちに声を掛けて客室キャビンのドアを閉めた。


 四騎のハウンド隊が先導するように前を進み、俺たちを乗せた馬車が後に続く。


 そもそもキュバトス討伐の案件は、この国ベアトリクスの宰相、ナタン=パジェス直属の卿団と呼ばれる治安部隊だけでその任に当たる予定だったらしい。

 ティスバル小隊が、それだ。


 そこへ、指揮系統が違うとはいえ、階級は卿団の上位に当たる侯女直属の隠密部隊『Geminosジェミノス Castagnierカスタニエ』、つまり、ユトリとサトリが応援に付けられたわけだから、ティスバルとしても面白くないのだろう。

 ……というのがユトリの説明だった。


 その後、ユトリからキュバトスに関する基本情報などを聞きながら、約二十分後には大街道から横道の山道へ入り、ヴァプールの村へ到着していた。

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