03.ワイナリー

 丘陵の谷間に位置する人口二百人程度の村、ヴァプール。

 しかし今、その山村の入り口は丸太で組まれた頑強そうな木柵にさえぎられ、関所のような柵門では数人の衛兵が目を光らせていた。


 先にハウンド隊が近づくと、入り口のすぐ脇に設営された濃緑色の天幕テントから少し階級の高そうな兵士が出てきて、ティスバルと何か話を始める。

 そんな様子を馬車の窓から眺めながら——。


「やけに物々しいな……」

「感染系の魔物やからな。村への出入りは厳重に監視されとるんや」


 メメント・モリは、よくあるRPGのように、そこかしこに魑魅魍魎が跋扈ばっこしているような世界設定とは違う。

 魔物が生息するには第六元素である魔素が大量に必要で、点在するダンジョンや〝境海〟と呼ばれる森林など、魔素を含んだ瘴気の濃度が高いエリアに限定的に生息している。


 だが、人間に寄生するタイプの中には瘴気濃度が低くても生存可能な種もあり、本来の生息域から外れて瘴気を拡散しようとする魔物も出現するらしい。

 それが今回、ヴァプール村で発生したというわけだ。


「ヴァプールは宰相派の役人が管理しとる村やから、ティスバルはんも始末を急いでんのやろ。なんせ、この状態になってもう五日やからな」

「やっぱり昨日、さっさと討伐しといた方がよかったんじゃないか?」

「そんなんゆーても、ジェリダが解けるまで待つのダルいやん。あくまでも今回の主力は卿団でウチらは応援やから勝手に動くわけにもいかへんし、それにな……」


 言葉を切って、馬車の天板を指差すように人差し指を立てるユトリ。


「昨日はまだ新月を過ぎたばかりやったしな」

「新月?」


 今日はこの世界のこよみで四月三日。

 太陰太陽暦では月末に新月となり、月の半ばで満月となる周期を繰り返す。つまり昨日——四月二日は、新月からまだ二日しか経っていなかったことになる。


「魔物が活性化する新月付近を避けた、ってことか?」

「そうや。キュバトスの宿主が戦闘力の高いやつかも分からへんやん? 万が一バトルになっても、リスクは少しでも低い方がええやろ」

「こんな村に、サトリやティスバルをおびやかすほどの手練てだれがいるのか?」

「なにも、宿主が村人とは限らんしな」

「……?」


 ユトリの視線に導かれて窓の外へ視線を向けると、その先には衛兵やティスバル小隊など、柵の外で動き回る卿団兵の姿が見える。


「兵士の誰かにキュバトスが寄生しているとでも?」

「可能性の話や。平時からアングヒルの富俗層を始め、卿団や自警団の連中もここにはよく出入りしとるんや。……この村、ワインの産地やねん」


 話によればヴァプールは、丘陵の洞窟を利用した醸造所ワイナリーが有名で、上質なヴァプールワインはこの近隣のみならずベアトリクスや周辺国でも人気の銘柄らしい。

 とくに、葡萄の収穫後、一度も日光を浴びていないワインをヴァプールのワイナリーでたしなむのが、アングヒルの富俗層の楽しみの一つなのだとか。


 今回は、その洞窟の奥の閉鎖エリアが一時的な異常魔素点ホットスポットに変わったことで逸れモンスター……つまり、キュバトスが出現。

 犠牲となったワイナリーの従業員が最初の宿主となり、そこから被害が拡大した可能性が高いと言うのだ。


「ホットスポットなんて、そんなに簡単にできるもんなの?」


 今度はユユが尋ねる。


「地上はそうでもあらへんけど、日の光の届かへん樹海や洞窟の奥なんかは、たまにちょくちょく聞くなぁ」

「たまにちょくちょく?」

「せやから、人里に近い洞窟なんかには、たまにちょくちょく調査隊を入れんねん」

「たまにちょくちょく……」

「ヴァプール村長も宰相派やし、卿団がよう調査に入っとるわ。半月前にも、ティスバル小隊が調査に入ってん。その時はウチも同行したから覚えとるわ」

「寄生されたら、すぐに分からないのか?」

「キュバトス自体は知能も低いし魔素も微量な魔物や。宿主の脳に寄生して、宿主の記憶を基に本人のように振舞うから、感知にも高度な観測眼が必要やねん」

「なるほど。だから、調査隊の誰かがキュバトスに寄生されて宿主になった可能性もあるってことか」


 ユトリの唇が意味ありげにニヤリと歪み、しかし、すぐに口の端で揉み消す。


「可能性としてはなきにしもあらずや。せやから、少しでも新月から遠ざかった方がええと思て、一日遅らせてん」


——兵士が敵に回る可能性もあるから、新月付近を避けたってことか。


「いきなり卿団の連中を観測させてくれゆーても、ティスバルはんも承服せんやろ」

「だから、最初に村人の濃厚接触者を調べてから……ってわけか」

「ま、そんなヘチャ顔せんでも、新月にたたこうたってサトリを負かせる相手なんて連中の中にはおらへん。一日遅らせたのも、念のためや念のため」


 昨日引き返したのは、たまたまティスバルの部下が氷漬けになったことに事寄ことよせた形にはなったが、裏ではそうした計算もしていたということか。



 話していると、座席から緩い振動が伝わり、再び景色が動き出す。

 窓から覗くと、インペリアルハウンドに跨ったティスバルが、他の三騎を伴って柵門をくぐっていくのが見えた。

 俺たちを乗せた馬車も、彼らの後に続いてヴァプール村の中へ。


「わぁ~! 綺麗!」


 窓から外を眺めていた澪緒が感嘆の声を漏らす。

 俺も、もっと寂れた場所を想像していたが、綺麗な軸組み、色鮮やかな屋根の色、窓辺の花……まばらに建ち並ぶ木組みの家コロンバージュはどれも小綺麗で垢抜けている。

 葡萄畑と小さな家々が織り成す田園風景は長閑のどかで清々しく、見る者を晴れやかな気分にさせる。


 しかし、そんな中で俺だけは、見た目の美しさとは裏腹に、いんに籠もった行き詰るような重苦しさを感じ取っていた。強共感体質エンパス特有の感覚だ。

 禁足令でも出ているのか、兵士以外に人影は見当たらない。

 魔物の発生を受けて、家の中から村人が固唾を飲んで討伐隊の動向を見守っている……というところだろう。


 さらに五百メートルほど丘を上り、切り立った岸壁の前で馬車は停まった。


「着いたで」


 扉を開けると、真っ先に客室キャビンからピョンと飛び降りるユトリ。

 フリルスカートが空気を含んでふわりと膨らむ。


 続いて、俺と澪緒とユユの三人も馬車から降りると、すぐ目の前で俺たちを出迎えたのは大きな洞窟と、その入り口を閉ざす大きな扉。

 どうやら、ここがヴァプールワインの醸造所のようだ。


 扉の前には数人の衛兵が、そして、今通ってきた丘道への入り口にもすぐに二人の衛兵を立たせて封鎖を続ける。

 物々しい雰囲気の中、先に着いていたティスバルと、醸造所の入り口を警備していたらしき衛兵の会話が聞こえてきた。


「どうだ、連中は?」

「はっ。言われた通りワイナリーの地下に隔離しております」

「よし。すぐに魔素観測に入るぞ」


 こちらを振り返りもせずにワイナリーの入り口に向かって歩き出すティスバル。

 俺たちも、慌ててその後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る