04.エクスポージャー ※

 歩きながら、事件の概要についてティスバルに説明をしてもらった。

 それによると——。

 

 事件の発端は、五日前、このワイナリーで働く少年がアングヒルの兵営にワインの納品で訪れた時に起こった。

 観測眼を持つ卿団の鑑定士によって、少年の身体から魔物の種子のものと見られる魔素が観測されたのだ。

 直ちに村人全員が鑑定士による検分を受け、最終的に十人の若者に種子が確認されたため、今はワイナリーの地下室に隔離されている。


 ろくな説明もないまま突然村が封鎖され、家族や友人が強制隔離されて禁足令まで出されたとなれば、村人たちの不満が卿団に向くのも無理はないだろう。


——道中、村に漂っていた刺々しい空気はそのせいか。


「つまるところ、今回のミッションはキュバトスの本体を見つけて始末する……それでしまいやな」


 ティスバルの説明を受けて、もう一度内容を要約するユトリ。


「その、隔離された十人の中にキュバトスが?」

「それは分からへん。その中にいるかもしれんし、もしかすると他のもんに取り憑いてる可能性も否定できひん」

「どこに本体があるのか、すぐに分かるものなのか?」

「せやなぁ。初めて相手する魔物やから行ってみな分からへんけど、サトリなら観測できる可能性は高いんちゃうかなぁ?」

「もし、できなかったら?」

「そん時は、そもそもの計画通りや。そのままにしとったらいずれ発芽してこの辺一帯が瘴気に呑まれてまうし、種子感染した子供十人、全員処分するしかあらへん」

「しょ、処分って?」

「キュバトスやろうが種子やろうが、宿主さえいてまえ(※殺してしまえ)ば一緒にうなるからな」

「こ、殺しちゃうのか!?」

「ま、そうせんで済むようにウチらが応援に付けられたんやし、そんなに心配せんでもええよ」


 なるほど。

 キュバトス本体の特定ができずに十人全員を処分する……というのがこのクエストの通常ルートというわけか。

 ということは、観測眼に秀でたサトリを連れて来たことで、もうそのルートは回避できたと考えていいのだろうか?


 しかし、ゲームの中でもユトリはキュバトス討伐に参加していたはずだ。当然サトリもワンセットだと思っていたのだが、違ったのだろうか?


 もう一つ気になるのは、トゥルールートには日付が関係する、という情報だ。

 これまでの話を総合すると、日付は月齢に関する情報であった可能性が高い。


——ユトリが、念のため新月の前後二日を避けたのは正解だったのか?


 しかし、新月の日を選ぶというなら分かるが、新月を避けるだけなら、特に注意をしなくても高確率でそうなるだろう。

 それとも、日付が関係するという仕様はゲーム内だけの話で、この世界のキュバクエには関わりのない情報だったのだろうか?


——あ~、どうもモヤモヤする!



 洞窟の扉を開けると、奥へと続く暗い通路が俺たちを出迎える。

 先にティスバルを含めた四人の騎兵が入り、その後にユトリとサトリが続く。


 洞窟……とは言っても、ワイナリーとして利用されている施設だ。綺麗に整備された石壁のおかげで未整備の天然洞窟のような不気味さはない。

 ただし、一時的に閉鎖中のためか、通路にはランプの明かりが一つ見えるだけ。

 明るい場所から急に暗い洞窟内に入ったことで、視界が暗転した。


 ユトリたちの後に澪緒が続き、さらに俺が入ったところで、背後に付いてきていたはずの人の気配がフッと消える。

 振り向くと——。


「ん? どうしたユユ? そんなところで立ち止まって?」

「中、暗いじゃん」

「そうだな。視細胞の働きが錐体すいたい細胞から桿体かんたい細胞に切り替わるまで、暗順応に少し時間がかかるから、それまでは——」

「そんな説明聞いたって、暗いものは暗いじゃねぇか!」

「そりゃ、まあ……」


 そう言えばユユ、最初にプレパレーションゲートに転送された時も、暗闇にやけにビビッてたっけ。


「暗いの、苦手なの?」


 前回は同じ質問に否定で返されたが、今回は——。


「ああそうだよ! 苦手だよ! わりぃか!?」

「別に、悪いなんて言ってないけど……」

「ガキの頃、母ちゃんの留守中に、クソおやじに物置に閉じ込められてたことが度々あってさ。その時のことを思い出すと、息苦しくなるっていうか……」


 ああ、例のDV親父のことか。いわゆる心的外傷トラウマってやつだな。

 この手の話は共感体質エンパスの俺にとっても心がシンクロしやすいんだよな……。


 ユユの息苦しさが感染したように、俺の心臓にも緊張が集まってくる。

 そんな俺たちに気づいてユトリが振り返り、


「なんやユユちん、暗いとこ苦手やったん?」

「大丈夫。もう少し目が慣れれば……」

「無理せんと、天幕テントで休んどってもええんやで? 屋敷に置いてくるわけにもいかへんから連れてきただけで、任務ってわけでもないんやし」

「あ~、え~っと……」

「いや、大丈夫だ。行けるよな、ユユ?」


 返答に戸惑うユユの代わりに、俺が答える。


「大丈夫、俺が付いてるから」

「いや、燐太郎が付いてても……」


 それでもユユの手を握ると、多少なりとも曝露療法エクスポージャー的な効果があったのか、恐れや緊張のオーラがスゥ——ッと薄まっていくのが分かった。


「ミオも付いてるよ!」と、反対側の手を握る澪緒。

「う、うん、ありがと……で、でも、大丈夫だから」


 笑顔を作りながら俺たちの手を振りほどき、


「目も慣れてきたし、子供じゃねぇんだから、一人で行けるっつの!」

「では、行くぞ」


 事の成り行きを見ていたティスバルが再び前を向いて歩き始めると、皆もそれに続く。


 確かに、表向きは・・・・何か任務を請け負っているわけではない。

 外で待ちたいと言えばそれくらいの申し出は簡単に通るだろう。


 しかし——。


 今朝の夢を思い返す。メメント・モリでパートナー契約を結んでいたこはるんとの記憶だ。

 彼女が語った、キュバクエの〝トゥルールート〟という情報。

 それとなくユトリにも探りを入れてみたが、『解決にウソもホントもあるかいな』と笑って流された。


 確かに、この世界のAIにんげんにとっては人生一発勝負。ゲームプレーヤーのようにセーブもなければ攻略情報なんてものもない。

 自ら辿る道こそが唯一の事実であり、他のルートとの比較などできないのだから当然と言えば当然の反応だろう。


 しかし、監禁されている十人全員を処分する選択肢もいとわないと、あっさり宣言するユトリにも驚いた。


——やはり、命の価値は元の世界とは比べ物にならないくらい軽いのか?


「悪いな、ユユ……」

「ん? 何が?」

「ほんとなら休ませてやりたいところなんだけど……このクエストにはユユも参加していてもらいたいんだ」

「ああ……今朝の・・・あの件・・・だろ?」

「うん、まあ」

「ばぁ~か! 私だって一人で留守番とかイヤだっつぅの。頼まれなくたって付いていくわ」

「ありがと。……まあ、このまますんなり終わってくれるなら、それに越したことはないんだけどな」


 しばらく暗い通路を進んだあと、俺たちは地下室へ続く階段を下り始めた。




※補足

【エクスポージャー】

曝露療法。患者の不適切な反応の原因となっている刺激や状態に、患者は段階的に直面させ、恐怖症や不安障害などを改善させる行動療法。

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