02.ファストトラベル

「ほな、行こか!」


 そう言うとユトリはベッドから飛び降りて、俺の左腕に自分の右腕を絡めてきた。


「……へ?」

「なにが『へ』やねん、にぶちんやな! そのファストトラベルゆーやつで、みんなでアングヒルに帰ろゆーてんねん!」

「ちょ、ちょっと待て。みんなで? ユトリたちも一緒に?」

「そうゆーてるやろ! こんなオモロそうなことすんのに、ウチらだけハミゴ(※仲間はずれ)にするなんて許さへんよ!」

「待てってば! ヴァプールには大聖堂カテドラルなんてないんだろ? 一度アングヒルに飛んだらすぐには戻って来られないぞ?」

「せやな」

「せやな、って……馬車はどうすんだよ!?」

「ああ、せやな……ほんなら、馬車も一緒に飛ばしたらええやん」

「できるのか、そんなこと!?」

「触っとったらできるんちゃうん? 知らんけど」



 ユトリの適当な思い付きを検証するため、一同揃ってすぐに馬車へ向かう。

 最初にユトリだけが、穴の空いた服を着替えるために客室キャビンへ。

 その後、他の四人も乗り込んで……と思っていたら、一人だけサトリが動こうとしない。


「あれ? サトリ? おまえも一緒に——」

「いいえ。馬車が転移できなかった場合は御者が必要になりますので、私は残ります。小隊長にも引き揚げのご挨拶をしておかなければいけませんし」


——ああ、ティスバルのこと忘れてた。ほんと、よく出来た機械人形オートマタだよ。


「そっか……じゃあ、もし馬車ごと転移できたら、その時はあとから呼ぶから」


 俺の言葉に、サトリが目礼で返してキャビンのドアを閉める。

 

「じゃあみんな、準備はいいか?」


 言いながら振り向くと、澪緒とユユ、それに——。


「ユトリ……なんだそのコスプレ?」

「コスプレちゃうわ!」


 ユトリが着替えたのは、これまでのフリルワンピースとは打って変わって、ミモレ丈の白くて清楚な修道服だった。


「一応、ウチもエレイネス正教の洗礼を受けるにあたって二週間ほど修道院に入っとったからな。本格的なモンクスドレスも持ってんねん」

「本格的って……」

「どうや? 似合におてるやろ? 転移先が大聖堂カテドラルゆーから、ドレスコードも合わせなあかん思て、これにしてん」

「ドレスコード……合ってんの、それ?」


 俺の目線が、ユトリの頭に被せられた白いベールに釘付けになる。

 上部に穴でも開いているのか、そこから飛び出している二本のウサ耳が法衣の厳粛さをすべて台無しにしていた。


「ま、どうせ着替えるならゆー話や。細かいこと気にせんと、はよ行こ!」

「あ、ああ……」


 空いてる席に腰掛けて女神端末アニタブのマップ画面を開き、アングヒル大聖堂をタップ。

 出てきた五人のうち、サトリを除いた四人のボックスにチェックを入れる。


「じゃあ、いくぞ?」

「おっけ~♪」

「いいぞ」

「はよしぃ」


 全員の返事を確認して緑の▼をタップ。同時に、まるで閃輝暗点せんきあんてんのように光り輝く無数の歯車が視界を埋め尽くす。

 ……が、それも束の間。


「おわっ!」「いってぇ!」「わちゃ!」


 お尻を支えていた椅子が急に消滅して、俺とユユとユトリの三人が、石畳の上に尻もちをついた。

 一人だけ、転ばずに空気椅子のような体勢をキープしていた澪緒が、ゆっくりと膝を伸ばしながら、


「ありゃ~、やっぱり馬車は無理だったみたいだねぇ」


 ユユとユトリに手を差し伸べて助け起こす。


「いてててて……ま、まあ、メメント・モリでも転移できるのはキャラクターのみだったし、薄々予想はしてたけど……」


 俺も立ち上がって身の回りをチェック。

 服や鞄やその中身など、身に着けていた物はすべて一緒に転送できている。検証のために持ってきた、圧縮シュリンクした石ころも手の中に残っていた。

 大きさの上限までは分からないが、装身具や手荷物は基本OKらしい。 


 改めて、周囲を見回してみる。場所はアングヒル大聖堂前広場。

 目抜き通りに面してはいるが、繁華街である中心部からはだいぶ外れていること、また、大聖堂や修道院、施療院など、関連施設を訪ねる以外には特に通る必要もない場所であるせいか、人影はまばらだ。


「なんやぁ、ロケット広場に出るんかぁ」

「ロケット? ロケットなんて、どこにあるの?」

「ロケット無くてもロケット広場ゆーねん。いちいち名前の由来を説明せんとあかんか?」

「い、いや、そう言うわけじゃないけど……」


 何人か、広場にいた人たちが不思議そうに眺めている中、振り返ればゴシック調の荘厳そうごんな大聖堂が視界いっぱいに飛び込んできた。


 北側には高くそびえる双塔ツインタワーに優雅な曲線を描くフライング・バットレス、さらに、薔薇の形をした巨大なステンドグラス。

 パリのノートル・ダム大聖堂を彷彿とさせるその威容に、思わず息を呑む。


「アングヒルは都市の規模としては中堅やけど、貴族も多いし、交易で財を成した信者も多いから寄付もようさん集まんねん」


 俺たちにそう説明するユトリのオーラは、少しだけ得意気な波動を見せる。

 大聖堂と言えば為政者の栄光を示すシンボルでもある。このアングヒルは、カスタニエの家にとっても所縁ゆかりの深い特別な街らしい。


「ほな、行くで」

「行く? って、どこへ?」

「決まっとるやん」と言ってユトリが親指で指したのは、大聖堂だ。

「なんのためにウチがドレスコード合わせた思うとるん?」

「いや、でも、ウサ耳が……」

「ほんまはまた日を改めて思うてんけど、ファストトラベルの行き先がここやゆーし、ウチも飛べるゆーし、ほんならついでに済ませたろ思て」

「す、済ますって、何を?」


 一人でスタスタと歩き出したユトリを、慌てて三人で追いかける。


「昨日も話したけど転送者ゆーのは一部の上層階級の、さらに限られたもんの間で噂されとるレベルの存在やねん」

「うん、それは、聞いたけど……」

「つまり、おおやけで活動するにはこの世界でも普通に通用する市民権や肩書きが必要やん? それに……」

「……ん?」

「いや、なんでもあらへん」


 言葉を濁したユトリに、わずかに不安がぎる。


 ユトリ色相オーラに変なかげりは見られないけど……。

 そう言えば昨夜、有力者がロガエスの使徒を庇護する理由を訊いたとき、最後の三つ目をまだ聞いてなかったな。


「ユトリは、俺たちに何をさせたいんだ?」

「何、って別に、他意はあらへんよ? あえてゆーなら、わんぱくでもええ、たくましく育ってほしい……それだけやねん」

「何で父親目線なんだよ」

「せやゆーたかて、ずっとカスタニエの客分扱いってわけにもいかんやろ?」

「別にそれならそれで、楽ちんでいいけど——」

「アホか!」


 すかさず振り向いたウサ耳が俺の方を指差しながら、


「それじゃウチになんのメリットもないやん! なんのためにあんたらを庇護しとる思うてんの!?」

「い、いや、おまえさっき、他意はないって……。それに、考えてみたら、保護してくれたのはおまえを操ってたキュバトスじゃ」

「そんなん知らんし! キュバ公なんて知らんし! 何の話や?」

「……はあ?」

「悪い夢でも見とったんちゃうの? ウチはずぅ——っとウチやし!」


——こいつ、俺たちの記憶を書き換えようとしてる!?

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