03.聖女認定

 袖廊しゅろうから大聖堂内へ入ると、大きなアーチ状の天井にパイプオルガンの音色と俺たち四人の足音が響く。


「うわ~、タンジーロの着物みたい!」


 澪緒みおがそう例えたのは、黒と浅葱あさぎ色に色分けされた市松模様ブロックチェックの床。俺にはよく分からないが、タンジーロとは最近の人気アニメに出てくるイタリア人キャラらしい。

 ユユまで、「あたしも思った!」と同意していたのでそこそこ有名なんだろう。


 丈の短いスカートなら中身まで映ってしまいそうな、ピカピカに磨き上げられた大理石の床に見とれながら歩いていると、ユユに後頭部を引っ叩かれる。


「いって! なにすんだよ!?」

「下見んな、スケベ」

「ばっ……確かにピカピカだけど、鏡じゃあるまいし、さすがに見えねぇよ!」

「見えない? なにがぁ? 淫太郎は何を見ようとしてたのかなぁ?」

「変な呼び方すんな!」


 クロッシングに辿り着くと、今度は身廊を東へ。

 身廊と側廊を合わせた幅は、恐らく四十メートルを下らない。

 見上げれば、階上廊トリビューンから天井に向かって伸びる大きなクリアストーリーの窓。

 そこから取り込まれた外光は、絵画、壁画、ステンドグラス、装飾品など、芸術の精華せいかが詰め込まれた神の御座所を隅々まで明るく照らし出していた。


「おや? そのウサギ耳は……ユトリ様では?」


 鍵盤を弾く手を止めて主祭壇の上から声をかけてきたのは、白い司祭服を纏った白髪の老人。

 そしてもう一人、彼のかたわらに控えていた、同じく司祭服を着た——こちらは三十歳前後の金髪の男性が、そろって俺たちの方へ視線を向ける。


「エドモン司教さん、ご無沙汰しておりました」

「そう言えばここしばらく、木曜礼拝でも姿をお見かけいたしませんでしたが……お忙しかったので?」

「それもあるけど、この半月ほど、なぁ~んや体調が優れんかってなぁ」


 ここ半月と言えば、キュバトスに取り憑かれていた時期だ。

 さすがのキュバトスも礼拝までは来られなかったということか。


 エドモン司教が、オルガンのスツールを回転させて身体ごとこちらへ向ける。


「それはいけませんな。施療院ホスピティウムの方で診させていただきましょうか?」

「あ~、いやいや、身体の方はもう全然平気やねん。それより今日は、司教さんに提案があって来てんねん」

「私に?」

「そうや。修道院の方へ行こう思たら、聖堂の方からオルガンの音が聞こえてきたんで、もしかしてこっちか思て寄ってみてん」

「ははは……拙い演奏でお耳汚し、失礼いたしました」


 会釈から頭を上げたエドモンの視線の矛先は、ユトリの後ろで控えていた俺たち三人へと切り替わっていた。


「……で、ご提案と言うのは、そちらの方たちに関係のあることですか?」

「そうや。単刀直入にゆーと、この三人、ロガエスの使徒やねん。で、教会の方で神授認定のうえ、正式に聖女の推薦もしてくれへんか思て」

「ロガエスの……使徒ですか!?」


 団栗目どんぐりめに変わったエドモンの横で、「ぷっ」と、もう一人の男が失笑する。


「ああ、失礼致しました。ロガエスの使徒などというお伽話を持ち出されるなど、ユトリ様もまだまだ可愛らしいところもあるものだと思いまして」

「……どや、あれ?」


 ユトリがまなじりを上げながら、金髪男を指差して俺の方を振り仰ぐ。


「どや……とは?」

「あの『可愛らしい』ゆーのは、ウチを褒めとんのかけなしとんのかどっちや? って訊いてんねん」

「ああ、そう言う……」


 男の纏う空気を注視してみると、エドモンのように、ユトリに対する尊敬の念はあまり感じられないものの、特に悪感情を持っている雰囲気もない。

 近いものをあげるなら、可愛い動物を見た時のほっこりとした空気感に似ている。


「え~っと……可愛いと思ってるのはほんとみたい」と伝えると、ユトリも「そかそか」と納得したように前に向き直る。

「ジョゼフ神父も一緒だったんは、ちょうどええわ。神父は神授グレイス認定官も兼任してたやんな?」

「はい、しておりますが……」


 金髪の男——ジョゼフ神父が、少し戸惑ったようにエドモン司教とユトリの間で視線を行き来させる。直後、再び口を開いたのはエドモンの方だ。


「と言うことは、この場で何か神授のわざを見せていただけるので?」

「せやな……ミオちん、あれ、出せるか?」


 ユトリに促されて、澪緒がバーサイタル・マチェットを召喚、さらに大剣へのトランスフォームも披露して見せる。

 エドモンとジョゼフのオーラにやや驚愕の波動が見られたが、しかし、


超真鍮オリハルコンですか。確かに、大パンタシア大陸のエレイネス教国でしか獲れないレアメタルですが、唯一無二と言うわけでもありませんし……」


 エドモン司教に続いてジョゼフ神父も、


「それだけの大きさの大剣を軽々と取り回すとは並大抵のことではありませんが、神授と呼ぶほどでは……」

「これだけのオリハルコンやで? 値を付けたら百億は下らんよ?」

「金額の高低は、神授とは関係ありません。それに、その剣がそちらの御仁の持ち物だという証明もできますまい?」


 と、疑問の弁を繋ぐ。

 どうやら、澪緒を正式に聖女に認定してもらうために、特別な力を示す必要があるようだ。


「どうする? 俺も、イクイップメントか圧縮シュリンクでもして見せようか?」

「あたしも、え~っと、蚊の音くらいなら……」


 俺とユユの申し出に、しかしユトリは首を振る。


「今重要なのはミオちんの能力や。ここで慌てて他のもんの能力を見しても、ミオちんの上限を認めるようなもんやし、あんたらとミオちんの関係を証明することもできひんやろ?」

「まあ、そりゃそうだけど……」

「なぁに、聖女候補の選定試験にねじ込める程度の能力さえ見せられたらええ。そうすればあとは、カスタニエ家の力でなんとでもなるわ」


 内陣障壁キャンセラスの手前まで近づいてきたジョゼフ神父が、改めて澪緒を値踏みするように、爪先から頭のてっぺんまでめるように視線を這わせてゆく。


「その御仁たちは、どちらの家柄なのです?」

「さっきもゆーたけど、ロガエスの使徒や。この世界に来たばかりで、家柄もなんもあらへん。今は、ウチの食客として過ごしてもろうとる」

「ロガエスの使徒、ですか……」


 ジョゼフ神父が、俺とユユにも一瞥をくれながら眉を曇らせる。


「ロガエス云々うんぬんのお話はさておき、カスタニエ家が後見とあらば、本来であれば前向きな検討もやぶさかではないのですが……」

「今年の聖女認定まではまだ三月みつきほどあるやろ? ミオちんを推薦してもろうたら、教会にもきっと損はさせへんで?」

「はあ……それが、なんと言いますか……」


 祭壇を振り仰いだジョゼフ神父の視線を受けて、エドモン司教が言葉を継ぐ。


「実は、今年の推薦枠はすでに選定が済んでいるのです」

「なんやて? 選定会議は早くても半月前のはずやろ? 選考が進んどるゆー話ならまだ分かるけど、枠が埋まっとるって、いったいどうゆーことやねん!?」


 その時だった。


「ご無沙汰でしたの、ユトリさん」


 声がした東袖廊の方へ視線を飛ばすユトリに釣られて、俺たちもそちらへ顔を向ける。


 腰まで伸ばした金髪ロングストレートをなびかせながら、颯爽さっそうと東袖廊から現れたのは、切り上がった柳眉りゅうびまなじりに気の強さを滲ませた明眸皓歯めいぼうこうしの美少女だった。

 歳は、俺とほぼ同年代に見える。少なくとも、十二歳のユトリよりは上だろう。


「誰かと思たら……ティコちんか。久しぶりやな」

「ええ。お話は、すべてそこで聞かせていただきましたの」

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