03.聖女認定
「うわ~、タンジーロの着物みたい!」
ユユまで、「あたしも思った!」と同意していたのでそこそこ有名なんだろう。
丈の短いスカートなら中身まで映ってしまいそうな、ピカピカに磨き上げられた大理石の床に見とれながら歩いていると、ユユに後頭部を引っ叩かれる。
「いって! なにすんだよ!?」
「下見んな、スケベ」
「ばっ……確かにピカピカだけど、鏡じゃあるまいし、さすがに見えねぇよ!」
「見えない? なにがぁ? 淫太郎は何を見ようとしてたのかなぁ?」
「変な呼び方すんな!」
クロッシングに辿り着くと、今度は身廊を東へ。
身廊と側廊を合わせた幅は、恐らく四十メートルを下らない。
見上げれば、
そこから取り込まれた外光は、絵画、壁画、ステンドグラス、装飾品など、芸術の
「おや? そのウサギ耳は……ユトリ様では?」
鍵盤を弾く手を止めて主祭壇の上から声をかけてきたのは、白い司祭服を纏った白髪の老人。
そしてもう一人、彼の
「エドモン司教さん、ご無沙汰しておりました」
「そう言えばここしばらく、木曜礼拝でも姿をお見かけいたしませんでしたが……お忙しかったので?」
「それもあるけど、この半月ほど、なぁ~んや体調が優れんかってなぁ」
ここ半月と言えば、キュバトスに取り憑かれていた時期だ。
さすがのキュバトスも礼拝までは来られなかったということか。
エドモン司教が、オルガンのスツールを回転させて身体ごとこちらへ向ける。
「それはいけませんな。
「あ~、いやいや、身体の方はもう全然平気やねん。それより今日は、司教さんに提案があって来てんねん」
「私に?」
「そうや。修道院の方へ行こう思たら、聖堂の方からオルガンの音が聞こえてきたんで、もしかしてこっちか思て寄ってみてん」
「ははは……拙い演奏でお耳汚し、失礼いたしました」
会釈から頭を上げたエドモンの視線の矛先は、ユトリの後ろで控えていた俺たち三人へと切り替わっていた。
「……で、ご提案と言うのは、そちらの方たちに関係のあることですか?」
「そうや。単刀直入にゆーと、この三人、ロガエスの使徒やねん。で、教会の方で神授認定のうえ、正式に聖女の推薦もしてくれへんか思て」
「ロガエスの……使徒ですか!?」
「ああ、失礼致しました。ロガエスの使徒などというお伽話を持ち出されるなど、ユトリ様もまだまだ可愛らしいところもあるものだと思いまして」
「……どや、あれ?」
ユトリが
「どや……とは?」
「あの『可愛らしい』ゆーのは、ウチを褒めとんのか
「ああ、そう言う……」
男の纏う空気を注視してみると、エドモンのように、ユトリに対する尊敬の念はあまり感じられないものの、特に悪感情を持っている雰囲気もない。
近いものをあげるなら、可愛い動物を見た時のほっこりとした空気感に似ている。
「え~っと……可愛いと思ってるのはほんとみたい」と伝えると、ユトリも「そかそか」と納得したように前に向き直る。
「ジョゼフ神父も一緒だったんは、ちょうどええわ。神父は
「はい、しておりますが……」
金髪の男——ジョゼフ神父が、少し戸惑ったようにエドモン司教とユトリの間で視線を行き来させる。直後、再び口を開いたのはエドモンの方だ。
「と言うことは、この場で何か神授の
「せやな……ミオちん、あれ、出せるか?」
ユトリに促されて、澪緒がバーサイタル・マチェットを召喚、さらに大剣へのトランスフォームも披露して見せる。
エドモンとジョゼフのオーラにやや驚愕の波動が見られたが、しかし、
「
エドモン司教に続いてジョゼフ神父も、
「それだけの大きさの大剣を軽々と取り回すとは並大抵のことではありませんが、神授と呼ぶほどでは……」
「これだけのオリハルコンやで? 値を付けたら百億は下らんよ?」
「金額の高低は、神授とは関係ありません。それに、その剣がそちらの御仁の持ち物だという証明もできますまい?」
と、疑問の弁を繋ぐ。
どうやら、澪緒を正式に聖女に認定してもらうために、特別な力を示す必要があるようだ。
「どうする? 俺も、イクイップメントか
「あたしも、え~っと、蚊の音くらいなら……」
俺とユユの申し出に、しかしユトリは首を振る。
「今重要なのはミオちんの能力や。ここで慌てて他の
「まあ、そりゃそうだけど……」
「なぁに、聖女候補の選定試験にねじ込める程度の能力さえ見せられたらええ。そうすればあとは、カスタニエ家の力でなんとでもなるわ」
「その御仁たちは、どちらの家柄なのです?」
「さっきもゆーたけど、ロガエスの使徒や。この世界に来たばかりで、家柄もなんもあらへん。今は、ウチの食客として過ごしてもろうとる」
「ロガエスの使徒、ですか……」
ジョゼフ神父が、俺とユユにも一瞥をくれながら眉を曇らせる。
「ロガエス
「今年の聖女認定まではまだ
「はあ……それが、なんと言いますか……」
祭壇を振り仰いだジョゼフ神父の視線を受けて、エドモン司教が言葉を継ぐ。
「実は、今年の推薦枠はすでに選定が済んでいるのです」
「なんやて? 選定会議は早くても半月前のはずやろ? 選考が進んどるゆー話ならまだ分かるけど、枠が埋まっとるって、いったいどうゆーことやねん!?」
その時だった。
「ご無沙汰でしたの、ユトリさん」
声がした東袖廊の方へ視線を飛ばすユトリに釣られて、俺たちもそちらへ顔を向ける。
腰まで伸ばした金髪ロングストレートを
歳は、俺とほぼ同年代に見える。少なくとも、十二歳のユトリよりは上だろう。
「誰かと思たら……ティコちんか。久しぶりやな」
「ええ。お話は、すべてそこで聞かせていただきましたの」
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