04.ティコレット・エスコフィエ

「誰かと思たら……ティコちんか。久しぶりやな」

「ええ。お話は、すべてそこで聞かせていただきましたの」


 二本のボックスプリーツが入った紺のミニワンピに白いサイハイソックス。

 肩まで覆う大きなケープカラーには、左右に十字架の刺繍があしらわれている。

 かなりガーリーなデザインだが、ブーケタイプの修道頭巾ウィンプルを見る限り、あれでも修道女シスターなのだろう。


「しばらく顔を見ませんでしたので、てっきり礼拝もお止めになったのかと思って喜んでおりましたのに」


 ふわぁ~、っと興味なさそうに欠伸あくびをするユトリに構わず、ティコと呼ばれた金髪の少女がなおも続ける。


「ま、まあ、ユトリさんはお友だちも少ないようですし、どうしてもと仰るなら、わたくしがお友だちになってあげないこともありませんの」


 縦ロールのもみさげを大きな胸の前でくるくるともてあそびながら近づいてきたティコから、しかし、ユトリはすぐに視線を外して主祭壇へ向き直る。


「ほんで、司教さん、さっきの話の続きやけどな……」

「こらあっ! ユトリさん! わたくしを無視するんじゃありませんの!」

「なんやねん? ピーチクパーチクやかましいわぁ」 


 再びティコの方へ向き直ると、「あぁ~!」と白々しく眉を跳ね上げ、


「誰かと思うたらティコちんやんか」

「そ、それはさっき、気付いてましたわよね?」

「せやった? 興味ないことはすぐ忘れんねん。堪忍かんにんな?」

「つ、つい数秒前のことですの! 忘れるわけありませんの!」

「せやろか? ……で、司教さん、さっきの話の続きやけど——」

「コラァ——ッ! わたくしを無視するなと言っておりますの!」


 ユトリは面倒臭そうに息を吐き出すと、ゆっくりと首を回してティコを振り仰ぐ。


「一体なんやねん? ウチの顔見とうないなら、無理に絡まんでもええやん?」

「無視したいのは山々ですが、先ほどのお話を聞いてしまったからにはそうはまいりませんの。わたくしにも関係が大ありですの」

「——?」

「今年のアングヒルからの聖女推薦は、すでにこのわたくし、ティコレット・エスコフィエに決まっておりますの!」


 そう言うと、ティコは右手を胸の上に添えながら、これ以上ないくらい背中を反らせて渾身のドヤ顔を見せた。


 二人の会話を聞きながら、俺はメメント・モリにおける聖女の称号について、急いで記憶に検索をかけてゆく。


 称号とは、職号ジョブとはまた別のシステムで、キャラに付与することで称号に対応した様々な役割や特殊加護を付与することができた。

 女性キャラなら聖女、男性キャラなら聖者——この二つの称号の最も重要なアイデンティティは〝蘇生術〟が使えるという点だ。


 ゲーム内では通常、戦闘で死亡したキャラは街へ強制送還され、一定期間、ステータス半減などのデスペナルティを喰らうことになっていた。

 しかし、聖女や聖者がいれば、その場ですぐに復活させ、デスペナ無しで戦闘を継続することができた。これは、ボス戦や対人ギルド戦では必須級の称号だ。


 取得方法は、教会の推薦をもらい、各国の為政者から認定されるというもの。

 期間的・人数的な制限はなく、ステータス要求さえ満たせば誰でも取得可能だったが、推薦をもらうには力と知力、そしてカリスマを上げる必要があったため、特化育成が基本のMMORPGではあまり人気のある称号ではなかった。


 そして、このネブラ・フィニスにおいては年に一回、しかも、各都市のカテドラルの代表に選ばれなければ聖女認定の道も開かれないらしい。


 それにしても……ティコレット・エスコフィエ……どこかで聞いた事がある気がするんだよなぁ……。


 自分が聖女候補だと胸を張るティコを正面に据え直して、ユトリがニヤリと口の端を上げた。


「それはそれは……僥倖ぎょうこうやわぁ♪」

「……はい?」と、不思議そうに小首を傾げてユトリを見下ろすティコ。

「なんであんたみたいなアホちんが聖女候補になったのかは知らんけど、これならうちのミオちんかて十分に資格はあるやろ? なあ、エドモン司教?」

「え? あ、ああ、うん、まぁ……どうでしょう?」

「ちょ、ちょっと司教様!」


 慌ててユトリの前に出ると、柵状の内陣障壁キャンセラスから身を乗り出すようにして、エドモン司教へ抗議し始めるティコ。


「いい加減な返事はしないで欲しいですの! このわたくしに決まったからには、こんなちんちくりんが付け入る隙など髪の毛一本ほどもありませんの!」

「おおかた、エスコフィエ家の威光に物言わせてゴリ押したんやろ? 寄付の額だけはカスタニエの上をいっとったからなあ」

「んな! 馬鹿なこと言わないで欲しいですの!」


 再び、眉を吊り上げてユトリへ向き直ると、


「推薦枠を勝ち取ったのはわたくしの実力ですの! たった二週間とは言え、あなただってここにいる間、わたくしの優秀さを目の当たりにしていたはずですの」

「さぁなぁ……せやったかなぁ……?」

短距離スタディオン中距離ディアウロス超距離ドリコスの修道院記録はわたくしが持っていますの!」

「せやろか……」

護身術サバット競技会では、抽選でわたくしと当たる予定でしたのに、ユトリさんはさっさと棄権されてしまいましたの。忘れたとは言わせませんの!」

「よう覚えておらへんわぁ……」

「ボォォォ——ッと生きてんじゃねぇですのっ!!」

「あらら、ティコちんに叱られてもうた」


 ムキィィ——ッ、という効果音でも聞こえそうな両手振り上げポーズでユトリに詰め寄るティコ。

 その目の前で、ユトリが何かを思いついたようにパンッと拍手かしわでを打つ。


「せやったら、うちのミオちんとあんたで、聖女推薦枠を賭けて勝負したらどや?」

「……勝負?」

「そうや。あんた、なにかと勝負好きやったやん? ミオちんが勝ったら推薦枠を譲ってもらう、もし負けたらそん時は潔く諦める、ってことで、どうや?」


 ユトリの申し出に、ティコは首を捻りながら「ん~?」としばし黙考。やがて、


「そ、それじゃあわたくしに、なんのメリットがありませんの……」

「ほぉ~ん……勝つ自信、あらへんの?」

「じ、自信はありますの! で、でも、そんな、見え見えの煽りに乗ると思ったら大間違いですの!」

「しゃあないなぁ。ほんなら、あんたが勝ったらウチが裸になって逆立ちしながら、ここの階上廊トリビューンを一周したるわ」

「ま、マジですの!? そ、その言葉、絶対に忘れないでほしいですの!」


——おいおい!


 俺は、慌ててユトリの腕を掴んで引き寄せると、


「だ、大丈夫なのか!? 裸で逆立ち一周って、完全にフラグだぞ!?」


——それで勝負を受ける方も受ける方だが……。


「かまへんかまへん。ティコちんも今年で十六やから、家の勢威に物言ものいわせて推薦枠に捻じ込ませたんやろうけど、中身はただのポンコツやねん」


 確かに、話せば話すほどポンコツ臭が強くなっていくのは認めるが……。


「そうは言ったって、万が一ってこともあるじゃん」

「心配しぃな。ティコちん、腕っぷしは強いけど、さすがにティスバルはんに勝てるほどやあらへん。ミオちんの方が間違いなく上や」

「でも、知力も必要なんだろ?」

「ティコちん、ああ見えてめっちゃ脳筋やねん。知力勝負かてなんとかなるやろ」

「いやいやいや……」


——うちの澪緒も、想像を絶する脳筋妹なんだが?

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