03.コシュマール

 翌日、もう一度みんなで温泉を堪能してから朝食兼昼食ブランチを取り、正午過ぎにプラスロー村に帰還。

 そのまま明日まで休日にする予定だったのだが、「善は急げですの」というティコの一言で、明後日の予定だったコシュマール行きが急遽きゅうきょ前倒しされることになった。


——まあ、余裕を持って行動しておいても損はないしな。


 コシュマールとは、ここへ来る際にファストトラベルで最初に訪れた商業都市のことだ。プラスロー村から最も近い大聖堂もそこにある。

 領主は違うが、プラスローの教会もコシュマール大聖堂の教区だ。


「ティコレット様、どうかご無事で」


 冠館クロンヌの中庭まで俺達を見送りに出てきたロシーユが、指で胸の上に逆三角形を描く。〝エレイナブラ〟と呼ばれるエレイネス教のシンボルだ。

 元の世界で言えばキリスト教のアーメンクロスのようなものだろう。


「そんな心配そうな顔はよしてほしいですの。ロシーユは大げさですの」

「ティコレット様がお気楽すぎるんですよ。空間を一瞬で移動するなんて、そんな恐ろしいこと……」

「リンタローさんたちが移動してきた様子を見ておりますし、大丈夫ですの」

「それは聞いておりますが……ハバキ様、どうかティコレット様をよろしくお願い致します」


 ロシーユが俺に向き直って頭を下げる。

 かと思ったら、とつとして速足で近づき俺の耳元になにやらささやきかけてきた。


(ティコレット様はそろそろ生理でございます)

(な、何その唐突な個人情報は!? 機嫌が悪いってこと?)

(違いますよ! 今は安全日ってことです!)


 そう言うとサムズアップをしながら片目を瞑るロシーユ。


――だんだんキャラ崩壊してきたな、この子。


「じゃあ、いくぞ」


 俺は女神端末アニタブを取り出し、ユトリを除いたメンバー全員にチェックを入れてコシュマールをタップした。


◇◇


「ん~! 都会の空気ひさしぶり~♪」


 大聖堂前の階段坂に着くなり、澪緒みおが両腕を広げて大きく深呼吸。

 都会と言っても東京都心に比べればはるかに牧歌的な街並だが、一か月半も辺境の寒村で過ごしていた俺たちにとっては十分モダンに過ぎる光景だ。


「目が、ぐるぐるしますの……」


 振り向けば、初めてのファストトラベルに酔ったのか少し踏鞴たたらを踏んだティコが、両脇からユユとサトリに支えられていた。


 今回はティコもサノワを委領してボナリー家を継いでいるので、エスコフィエ家の屋敷を頼ることができない。

 円満な関係であればこれまでのよしみで交流を続けることもあっただろうが、ティコとシリルの間柄ではあり得ない話だし、かと言ってカスタニエの別邸もない。

 というわけで今回は宿を取ることに決めていた。


 元の世界の中世ヨーロッパ同様〝旅行〟という概念がほとんどない世界だが、さすがに商業都市だけあって行商人やキャラバン相手の宿屋は充実しているようだ。

 ただし、宿があるのは平民区のみ。


「〝ベレニーズの止まり木亭〟は繁華街を抜けた先です」


 そう言って先頭に立つサトリ。

 商業区からは距離がある上に宿賃も相場の倍近くするとあって客は少ないらしいが、程度の低い連中を相手にしていない分、雰囲気も落ち着いていて過ごしやすいとのこと。

 サトリも、所用で何度か使ったことがあると言う。


 途中、古着屋に寄って澪緒の外套マントを見繕うことに。

 基はゲーム世界であっても、エプロンドレスベースのビキニアーマーというスタイルは相当目立つらしい。


「ミオ、どうせなら新品がいいんだけど……」

「この世界は服が量産されてないから服屋はない。あるのは仕立て屋だけど、布を持ち込んであつらえるような時間はないだろ?」

「えー? アニメとかだと普通に服屋さんあるじゃん。お兄ちゃんは無駄に細かいんだよ」

「別に俺がそうしたわけじゃねーよ」


 でも、確かにそうだ。

 ジャガイモ警察に叩かれそうないい加減さがあるかと思えば、やけにディテールが細かい部分もあったりする。

 その辺の、開発者次第のムラッ気も含めてゲーム設定特有の世界観ということなんだろう。


 サトリに案内してもらったのは、古着とは言っても貴族からのおろし品も多く扱う高級店で、ぶつぶつ言っていた澪緒も目を輝かせて店内を物色する。


「あれがいい! あれにする!」


 澪緒が指さしたのは薄桃色のケープ付きハーフローブ。


 ピンクの髪にピンクのローブって、これまで以上に目立ってないか?

 本当はもっと地味な色にして欲しかったんだけど……まあ、本人が気に入ったならそれでいっか。

 無理やり別のにさせてあとからブツブツ言われんのもメンドくせぇし。


 それに、戦闘メイドコスが目立ちすぎるという以外に、あのヒラヒラしたミニスカート姿を他の男達に見られるのが何故かモヤる……という密かな理由もあった。


——あれなら膝上丈でスカートもすっぽりと隠れるし、目的が果たせればこの際なんでもいいや。


 古着屋の次に寄ったのは金券ショップ。

 買い物をするつもりはなかったが、プラチケの販売状況がどんなものなのか視察してみたかったのだ。

 頭の中で何度もイメトレ・・・・した通り、こなれた商人風で店主に話しかけてみる。


「よっ! 調子はどう? 最近どの辺が売れてりゅの?」


——やべ。噛んだ。


「りゅのって……」


 ブッ、と隣で聞いていたユユが肩を震わせるが、構わず続ける。


「お勧めとかある?」

「最近だとコシュマールの焼き肉組合ロティスールで使えるゴートゥーミートが人気だな」

「ほうほう……お祭りフェスティバル関連だと?」

「あ~、そっち系だと、今月末のヴィリヨンの豊穣祭なんかがお勧めだね」


——おいコラ。プラチケを勧めろよ。目の前にあんだろ!


「じゃ、じゃあ、これなんかはどう? 三千ベアルで五千分ならかなりお得じゃ?」

「プラスローかぁ。昔は隣国のギスラン領に抜けるための宿場町として栄えたこともあったらしいが、大街道ができてすっかりさびれてっから、祭りっつてもなぁ……」

「いや、でも、今は新領主の下でだいぶ変わったって聞いたけど」

「あ~、バカレットのことか?」


 後ろでガタンと音がしたので振り返ると、腕まくりをしたティコと、彼女を制止するサトリの姿が。


——おいおい、騒ぎは起こすなよ?


「かっ、彼女はなかなかの賢君だって聞いたけど?」

「どうなのかねぇ」

「通行税を撤廃して行商も増えたし、だいぶ活気が戻ってきたとか」

「税収なしでやってけんのかい?」

「代わりに、村のキャラバンサライで一定期間露店を開かせて売上税を取ってんだよ。それがさらに他の行商を呼んで、今じゃそこそこのバザールが開催されてるって話さ。滞在期間を過ぎても延長する連中も多いんだとか」

あんちゃん、やけに詳しいじゃねえか?」

「おうよ! だからあんたもどんどんお勧めしとけ。大盛況だと分かった後じゃ情弱ショップのレッテルを貼られちまうぜ?」

「確かに、ぼちぼち売れてはいるんだがなぁ……」

「だろ? じゃあまたにゃ・・!」

「にゃ……って、買わねぇのかよ!!」


 店を出るとすかさずユユが、


「名演技だったにゃ!」と、からかってくる。

「やかましい」

「あたしもプラチケいっぱい持ってんだよなぁ。一人じゃ使いきれねぇなぁ……」

「そういや麻雀で堅気かたぎだましてぶんどったんだって?」

「誰がヤクザだよ!」

「そんなにあるなら、一緒に遊びにいくか?」

「お、おう! じゃあ、たまには二人サシで——」

「みんなも呼んで、帰る前にパァ~ッと……って、イテッ! なんで蹴った、今⁉」

「うるせー! 蹴りてーからに決まってんだろ!」


——理由が理不尽すぎて、逆に反論できねぇ……。

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