02.添い寝

「私が命に代えてもお守り致しますハァハァ……推しカプのためなら!」

「推しカプってなに!?」

「推しカップルです」

「よく分かんないけど、と、とにかく一旦ベルトから手を放して! えっと……カ、カスタニエ家の名代みょうだいとして命じる! こ、これ以上の無礼は許さにゃいじょ!」


 慣れない強権発動で最後は噛んでしまったけど、効果覿面てきめん

 渋々ながら、ようやくロシーユが俺から離れてくれた。


「申し訳ございませんでした。つい取り乱してしまって……」

「い、いや、分かってくれればいいんだ。ゆ、許しゅ」


 しかし、ティコの方はまだやる気満々のようで——。


「なんだか寒気もしてまいりましたの。早く温めて欲しいですの」

「えーっと、服着たら?」


 ティコのまとう空気から嘘をいていることは明白だけど『体調が悪い』と言っている人に対して『嘘だろ』とは言いづらいものだ。

 もしそれを指摘するなら、根拠として俺のリーディングエアーのことも伝えなければならないけど、それは避けたい。


 感情が読み取られるなんて誰も良い気はしないだろうし、クランメンバーではないロシーユもそばにいる。いずれ話すとしても今じゃない。

 それに、体調不良が嘘でも俺に傍にいて欲しいというのは本当みたいだし。


——あのオーラは……。


「分かった。それで落ち着くなら傍にいるけど、でも、俺は服を着たままだ。あと、一緒の毛布にも入らない」


——そんなことをしたら理性が死ぬ!


「分かりましたの。それでいいですの」


 俺はベッドに乗るとティコの隣で横になり、右腕で腕枕を、左腕は彼女の背後から抱きしめるように手を回す。もちろん、毛布の上から。


「……なんだか、落ち着きますの」

「うん」

「トントンして欲しいですの」


 言われた通り、ティコの胸をトントンと優しく叩く。赤ちゃんを寝かしつける時によくするアレだ。

 てのひらに伝わってくる、弾むような反発力は桁違いだけれど。


「幼いころ、よくお父様にこうして寝かしつけてもらいましたの……」


 そう……ティコのオーラは、恋慕というよりも(そもそも、その方面の感情は俺の共感覚エンパスはキャッチしてくれないんだけど)、小さな子供が父親に抱くような無垢で純粋な愛のカタチに近い。


 エスコフィエ家の先代エディとエリザベートは仲睦なかむずまじかったみたいだし、きっとティコも父親から可愛がってもらっていたんだろうな。

 もしかすると俺への気持ちも、亡くなった父親への思いを重ねた結果なのかもしれない。


「今日はみなさんで来ているのに、リンタローさんを独り占めして申し訳なかったですの。あとでみなさんに謝っておいて欲しいですの……」

「うん」

「混浴は、今度二人で……来た時に……ですの……」

「うん。……んっ!?」


 スヤァ~、とティコの寝息が聞こえてきて、俺はそっとベッドから降りた。

 いつの間にかロシーユが部屋角の椅子に腰かけ、スケッチブックのような帳面の上で熱心にペンを動かしている。


「何してんの?」


 覗いてみると、描かれていたのは俺とティコが添い寝をしている様子だった。

 かなり上手く描かれているので、見る人が見れば誰がモデルかはすぐに分かるだろう。しかもよく見ると、余白には二人で交わした会話も一つ一つ書き記してある。


「お二人の尊いお姿を記憶に焼き付けておこうと思いまして」

「記憶じゃないよね、それ?」


 その時、ドアから聞こえてきた控えめなノックの音。

 俺は急いで、かつ極力静かにドアの丁番側へ移動する。

 内開きなので、ドアが開けば背面に隠れる位置取りだ。


 人差し指を口に当てて〝静かに〟とジェスチャーを送ると、ロシーユも目で頷きながら、真ん中分けした黒髪の上にホワイトブリムを載せて立ち上がる。


「ハバキ様はこちらに?」


 ドアを開けると、聞こえてきたのはサトリの声だった。


——バレとる⁉


「え、あ、え~っと……」


 返答に窮したロシーユが、俺とサトリの間で丸い目をくるくると動かす。


——そんなんじゃ、誰が相手だって秒でバレるわ!


 ここを命に代えても守ると言っていた心構えは立派だが、スキルは伴っていないようだ。

 ま、いずれにせよサトリにはとっくに悟られていたようだけど。


「や、やあ、サトリ。どうしたの?」


 諦めて俺もドアの影から顔を出す。

 添い寝中だったならともかく、ティコが全裸であることさえバレなければ俺がここにいたってそこまでいぶかしくもないだろう。


「ミオ様たちがそろそろお戻りになりそうなので、一応お伝えしておいた方がよろしいかと」

「ああ、そっかそっか……ありがとう」


 ん? でも待てよ?

 俺がここにいることもそうだけど、それを澪緒みお達に知られると面倒なことになりかねないと言うことまで、なぜサトリは知ってるんだ?


「ち、ちなみにサトリは……どこまで知ってるの?」

「この施設内での皆様のやりとりのことならば、ほぼすべてです」

「ほぼ、すべて?」

「ほぼすべて」


 言葉の含意がんい咀嚼そしゃくするために会話を中断した俺を見て、説明の催促と受け取ったのかサトリがさらに続ける。


「私の知覚能力であれば、半径五十ヤーク(※約四十五・五メートル)以内で交わされている通常会話はすべて把握できますので」

「ま、マジで!?」

「マジで」

「じ、じゃあ……浴場でのことも?」

「ハバキ様とティコレット様のことをおっしゃられているのであれば、肯定です」


——あっぶね~! 間違いを起こさなくてマジでよかったぁ~!


「ちなみに、守秘義務みたいなものは……」

「ございます。緊急時とユトリ様以外には会話の内容を漏らすことはありません」

「ユトリにはチェックされるのか……」

「要請があれば、ですが」

「まあ、当然っちゃ当然か……。俺、何か恥ずかしいこと言ったりしてないよね?」

「……」

「え⁉ 何? 言ってたの?」

「……」

「急に黙るのやめて!?」




 その後、澪緒みお達にはティコが体調不良で休んでいると伝えて事無きを得た。もちろん、その後の晩餐ではすっかり元気になったティコも交えてロシーユが用意した食事に全員で舌鼓を打つ。

 ティコの体調にはなんの問題もなかったのだから当然だけれど。


 ちなみに、メニューの内容も今回の視察の目的の一つ。

 単純な豪華さだけならカスタニエ邸で出されていた料理の方が豪勢ではあったけれど、今回、俺の助言も参考にしてロシーユが用意したメニューの方がずっと現代的で味も洗練されていた。

 一口ごとに驚きの声を上げるティコの様子からもそれは明らかだ。


 もちろんこれほどの料理を提供できたのは、ロシーユの腕前も然ることながら、冷蔵庫やガスコンロのおかげで食材や調理の幅が格段に広がったおかげでもある。


 ウォチュレットの評判も上々だった。

 初めて使うティコやロシーユなどは温水洗浄の気持ちよさに感動して、用もないのに何度も繰り返しトイレにこもったほどだ。


 確かにあれはいいものだからなぁ……。

 日本の最も偉大な発明品の一つだ。


「近いうちに是非お母さまもお連れしたいですの。温泉もすばらしいですし、ここでしばらく療養すればお母さまのお身体からだもきっと良くなるはずですの」

「そうだな……。ただ、その前に一人、ここでの療養を体験してもらいたい人物がいるんだ」

「あら、それは誰ですの?」

「それは——……」

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