第六話 栄えるプラスロー

01.ロシーユの部屋

「あれ~?」


 浴場に入ってきた澪緒みおが、だいぶ薄まった湯気の中をキョロキョロしながら往復する。


「っかしぃなぁ……」

「な、何が?」

「お兄ちゃんの様子があまりにも変だったから、もしかしてティコちゃんとエロいことでもやってるのかと」

「んなわけあるか! ティコとはまだ婚約すら決まってないんだぞ!?」

「まだ?」

「い、いや、それは言葉の綾で……と、とにかく俺はもう出るから! お前たちもすぐ入るんだろ?」

「そう思ってたんだけどティコちゃんが見当たらなくてさぁ。手分けして探してたんだよ」

「施工主だしいろいろ見て回りたいんじゃないの?」

「それにしたって一声かけてくれてもよくない?」

「大丈夫だって。見かけたら伝えておくから先に入ってろ」

「ん~? やっぱりなんか怪しい!」

「な、何が?」

「いつもならウザいくらい慎重なはずのお兄ちゃんが妙に楽観的だもん!」

「ウザいって……現に何もないだろ!?」


 む~、と首を捻りながら湯船を覗き込む澪緒。

 濁り湯とはいえそこまで大きな浴槽ではないし、誰かが沈んでいても近くで凝視すれば流石に分かるだろう。


「分かった。じゃあ、ユユさんと二人で先に入ってるよ」


 まだ釈然としない表情ではあったが、温泉を目の前にしてさすがに待ちきれなくなったようだ。

 澪緒がユユを呼びに行くのを待って俺も湯船から出る。


——急がなければ!


 タオルで体を拭き、急いで服を着ながらふと気付いた。


——そう言えばティコの着替えってどこにあるんだ? まさか裸のままここまで!?


 しかしその疑問は、脱衣所を出るなり渡り廊下を小走りで近づいてきた侍女のロシーユと話して解消された。


「てぃ、ティコレット様は⁉」

「え~っと……状況は分かってるの?」


 コクコクと頷くロシーユ。


「大丈夫、ティコは無事脱出してる」

「は、裸でですか?」

「もしかして、君が服の回収を?」

「はい。先にミオ様が来ておられましたが、気付かれていないようでしたので浴場に入っている隙になんとか」


 ということは彼女も自分が何のために麻雀で時間稼ぎさせられていたのか、その辺の事情まで把握しているということか。


「それで、ティコレット様とハバキ様はその……ヤッちゃったんでしょうか⁉」

「言い方! な、何もヤッてないよ! ぎりぎりセーフ!」

「そうですか……」


 と、なぜか肩を落とすロシーユ。


「とにかく、すぐ君の部屋に行こう! あと、温かい飲み物も用意しておいてもらえる?」

「私の部屋に? ハバキ様が? それは一体——」

「説明はあと! 早く!」


 ロッジに着くと、俺は急いで一階奥にあるロシーユの部屋を目指す。

 そのまま室内に入り、すぐに〝クリエイト、frigidariumフリッジダリウム〟と詠唱。出現した冷蔵庫の扉を開けると——……。


 中から、膝を抱えた裸の金髪少女がゴロンと転がり出てきた。


「大丈夫かティコ!?」

「うううう……さ、さぶいでずの……うううう……」

「ちょっと待ってて!」


 ロシーユのベッドから毛布を剥ぎ取りティコをくるむ。

 それでも震えの治まらない彼女を、俺はさらに毛布の上から抱きしめた。


「こ、これは一体……」


 気が付くと、飲み物を用意するため炊事場に寄っていたロシーユが、部屋の入り口に立って目を丸くしている。


「説明はあと! とりあえず、それを早くティコに!」

「は、はい!」


 ロシーユの手からカップを受け取り、温めたヤギ乳のミルクを半分ほど飲んだところで、ティコもやっと震えが治まり大きく息を吐く。

 浴場で澪緒に疑われた時点でこの展開を予想し、イクイップメントで冷蔵庫を生成してティコを隠していたのだ。


「はぅ……生き返りましたの」

「ほんとごめん。とっさの事だったのであれしか思いつかなくて……何があったか覚えてる?」

「ええもちろん。浴場にミオさんがやってきて、それで急いで……」


 記憶も問題なさそうだ。

 直前に入れた食材は冷蔵庫を結合解除リリースしても次の生成時に引き継がれることは分かっていた。

 そこで、緊急時の脱出にも使えるかもと思い、この一か月、虫やカエル、兎など様々な生き物でも可能かどうか検証していたのだ。


——まさかこんなに早く使う羽目になるとは。


 とは言え、ティコは裸で、しかも濡れた状態で冷蔵庫に入れられたのだ。

 食材も長く入れ過ぎれば腐っていたことから結合解除リリース中でも経時変化の存在は確認できていたし、気化熱による体温低下はかなりキツかっただろう。


 説明を聞いてロシーユも申し訳なさそうにこうべを垂れる。


「申し訳ございませんでした。半刻程は稼げるかと思っていたのですが……」

「わたくしも少し拝見しましたけど、あの中にロシーユが手を焼くほどの打ち手がいたとは思えませんの。……何があったんですの?」


 と、ティコが小首をかしげる。

 どうやら麻雀の件を話しているらしい。


 仮にも貴族令嬢で当地の領主でもあるティコを裸で冷蔵庫に押し込んだのだ。平時なら打ち首獄門レベルだ。

 それでもロシーユがまったく怒らなかったのは、彼女も時間稼ぎとやらに失敗していたゆえだろう。

 

「最初はみなさんかなり気軽に打たれていたのですが、あまり食いつきが悪いのも困りますので、当家割当分のプラチケを賭けようと提案致しましたら急にユズリハ様の目の色が変わりまして……」

「責任を感じる必要はありませんの。不確定要素もありますし、彼女たちの力量を見誤った私の責任でもありあますの。気にしないでほしいですの」


 ユユのやつ、そんな特技もあったのか。

 目先の欲に目がくらんだ時のあいつはかなり強そうだな。


 ちなみにプラチケとはプラスローチケットの略で、半月後、村で開催予定のお祭りで利用できるクーポン券のことだ。


 領内外から人を集める目的で開催される大規模な催しは初めてなので、少しでも盛り上げようと半月前からエグジュペリやコシュマールの金券ギルドを通じてクーポン券を販売しているのだ。

 額面に対して倍近くの買い物ができるとあって、そこそこけているらしい。


「今、澪緒とユユが温泉に入ってるはずだからティコももう一度温まってきたら?」


 という俺の提案に対して「なりません!」と間髪入れないロシーユストップ。


「入浴はそれ自体でかなり体力を消耗します。今の弱ったティコレット様には負担が大きいかと」

「そういうもん?」

「そういうもんです。これは、このまま体を温めてあげられるのが良いかと。ちょっとどいてもらえますか?」

「え? あ、うん……」


 俺がティコから離れると、毛布にくるんだまま軽々とティコを持ち上げてベッドまで運ぶロシーユ。

 ティコ付きの侍女だけに腕力もなかなかのものだ。


「では、服を脱いで、ハバキ様もベッドへ」

「……へ?」

「体を温めるにはそれが一番です」

「そ、そうなの⁉」

「そうなの!」


 食い気味にくるロシーユに少し違和感を覚える。


「早くしないと風邪をひいてしまいす。……ですよね、ディコレット様?」

「え、ええ、そうですの。なんだか喉が痛くなってまいりましたの」

「え、もう⁉」


 その間にもロシーユが俺の腰に手を伸ばし、カーゴパンツのベルトを外そうとする。なんだか鼻息も荒い。


「ちょ、ちょまっ! べ、別に俺じゃなくてもいいでしょ!」

「異性の方がより温まりますのでハァハァ……」

「だとしても! みんなもいるのにそんなことしててもし見つかったら——」

「大丈夫ですハァハァ……まさか私の部屋にお二人がいるとは思わないでしょうしハァハァ……私が命に代えてもお守り致しますハァハァ……推しカプのためなら!」

「推しカプって何!?」

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