04.ご一緒に入浴を
俺たちは今、初号館と第一浴場が完成した温泉施設へと馬車で向かっている。
もともとは現場監督である俺と、施工主であるティコの二人だけの完了検査の予定だったのだが、
途中の谷に生息していた
その谷に新たに架けられた頑丈な大橋を馬車で渡り、温泉施設を望める位置までくると「わぁお! 素敵!」と、真っ先に澪緒が感嘆の声を上げる。
浴槽はこの辺りで切り出されている
費用面から大理石の代替として使ったのだが、ミネラルの豊富な温泉水の浴場にはむしろ適しているだろう。
浴場の床とそれを囲う建物は、これもこの周辺で伐採できるスプルースの木を使って組み上げた。マツ科の針葉樹だが松特有の脂はほとんどなく、軽軟で弾力性があり肌目も緻密。元の世界ではサウナなどでもよく使用されていた良材だ。
浴場とは別に白樺の木で作られたロッジもあり、渡り廊下で浴場と繋がっている。こちらは温泉利用客用のラウンジや宿泊施設として使う予定だ。
ヘキサゴンスタイルの外観に、工房から提供された〝ティコグラス〟の窓がふんだんに
「よく一か月でここまで出来たね~!」
「そうだな……」
どちらも規模は小さいとはいえ、この短期間で完成にこぎ着けられたのはユトリのおかげだ。
今回の件を手紙で報告すると、普通は貴族物件の工事にしか駆り出されないという
彼らの〝奇跡〟によって材料の加工時間が大幅に短縮できたおかげで、工期は予定の三分の一で済んだ。
この施設の運用に問題がなければ、これから建設が始まる大浴場の工事もそのまま進めることになる。
「ではでは、これより施設の命名式を始めたいと思いまーす!」
と、建物の前に着いて馬車から降りるなり澪緒が恐ろしい事を言い出した。
「命名式? そんな予定聞いてないけど?」
「今思いついたんだもん。でも、ずっとただの温泉ってわけにはいかないでしょ? 外にも宣伝していかなきゃならないわけだし」
「それはそうだけど……」
「というわけでここは、ネーミングマスターの出番かと思いまして」
「おまえのその〝テンション上がると名前付けたがる病〟はなんなの?」
「では発表しま~す! 命名! アタタマール!」
「却下」
「早っ!」
上手く使えば今後の領地経営において目玉ともなり得る重要施設だ。
そんな、道すがら思いついたような適当な名前にされてたまるか。
「温まるだけなら他にいくらでもあるだろ。もっと温泉らしくて分かり易いやつじゃなきゃ。例えば——」
と、俺が例を挙げようとしたところで「ストップですの」とティコに止められた。
「温泉は男性名詞ですから、女性が命名しなければ縁起が悪いですの」
「そ、そういうものなの?」
ゲーム世界のくせに、なにその無駄に面倒な設定は?
「じ、じゃあ女性陣が順番にアイデアを……まずはユユから?」
「え? あたし?」
「え? 女性だよな?」
「その確認要らねぇだろ! え~っと……クツロゲールとか?」
「……おまえらマジかよ」
こいつらのネーミングセンスは同レベルか……。
「サトリ。ちょっとまともなのを頼むよ」
「湯治効果を強調して、キズナオールではいかがでしょう」
「……その、秘密道具っぽい路線は確定なの?」
「みなさん、凄いですの……」
と、ティコが少し沈んだ様子でつぶやく。
「そんなハイセンスな名前、わたくしには思いつきませんでしたの……」
「い、いや、今出てきたのは参考にしなくていいと思う。むしろ忘れて」
「忘れるというか、今日に合わせてすでにネームプレートは発注しておりましたの」
ティコの合図で、御者を務めていたメイドのロシーユが
「
「いや、これでいいんだよ! むしろこれがいい!」
「ほ、ほんとですの!?」
「マジ最高!」
◇◇
浴場はまだ一つしかないため、俺と女性陣が交代で入ることにする。
すぐにでも入るつもりでいた澪緒と順番決めで少し揉めたが、俺は先に入ってやりたいことがあったので、それを説明して渋々認めてもらった。
イクイップメントによる設備回りの仕上げだ。
「クリエイト、
詠唱直後、現れたのは元の世界でも見慣れた水道蛇口。この一か月で新たに作れるようになった新アイテムだ。
もちろんこの世界に水道管などないが、適当な壁に付けてレバーを捻れば水やお湯が出てくる。これを浴槽に設置して、湯温が四十℃程度になるよう調節。
さらに洗体場にも同じ水道蛇口と、
イクイップメントのレベルも上がり、蛇口やシャワーヘッドは最大で五つまで生成できるようになっているので、この施設の物は半永久的にこのままでいいだろう。
因みに冷蔵庫やガスコンロ、ウォチュレット便器も二個づつ生成できるようになったので、一つずつこのロッジに寄贈することにした。
「よし、完成!」
さっそく体を洗ってみる。
シャワーと蛇口のおかげで、使い心地は元の世界の銭湯などとほぼ変わらなくなった。
ただ、石鹸は動物性脂肪と木灰から作ったこの世界独特の〝軟石鹸〟で、使いづらいし臭いもキツい。
髪も身体もこれで洗うのだから、サッパリ感は元の世界の入浴と比べるべくもなく悪い。
——材料はあるはずだし、そのうち硬石鹸も作ってみるか。
体を洗い終わると、次はいよいよ湯船へGO。
先ほどまでもうもうと立ち込めていた湯気もだいぶ薄まっている。
そっとつま先を入れると、まだ少し熱いが十分に入れる温度になっていた。
「ふい~っ!」
ゆっくりと体を沈め、肩まで浸かったところで思わず嘆息の声が漏れる。
「いいお湯だなぁ~」
「ほんとうですの」
「うんうん……」
——えっ!?
慌てて声の方へ顔を向けると、湯気の向こうに先客の姿が浮かび上がる。
「どっ、どうしてここに!?」
ティコだった。当然、全裸である。
自分一人だけだと思い込んでいた先入観もあったとはいえ、大して広い湯船でもないし、普通なら見落とすはずがないんだけど。
——厚い湯気とマリオネット盲点のミラクルコンボか⁉
「ご一緒に入浴をと思いましたの」
「まずいだろ! 見つかったらどうすんの!?」
「別に構わないのですの。わたくし達、婚約者同士ですの」
「違うけど!?」
「リンタローさんは……わたくしのことがお嫌いですの?」
「いや、そうは言ってないけど、好きにもいろいろあって——」
「好きか嫌いかで答えてほしいですの」
「そ、その二択なら、そりゃあ好きだけど……」
「ほら!」
「何が!?」
ティコが湯船の中でこちらへにじり寄り。
「わたくし、今回の完了検査にはお母さまから密命を授かってきましたの」
「密命?」
「はい。
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