第三話 冠館の対決

01【ベル】寵愛部屋

「はぁはぁ……ティ、ティコレット……ティコレット様……はぁはぁ」

「ん、んぅっ……ま、マクシム……さまっ……げ、ゲホッ」


――くっ、苦しい……。


「いい! もうすぐ、イキますぞ!? ティコレット様も、ご一緒にっ!」

「い、いつでも……んぅっ……い、いいっす……げ、ゲホッ……」


――何、やってたんだっけ……。頭が、ボォ~ッと……。


「ティコレット様ぁぁぁぁっ!」


 耳障りな嬌声を上げ、身体を震わせるマクシム様。

 意識が朦朧としたところで、ようやく首に巻きついていた紐が緩み、力の抜けた醜い老体がどさりと覆い被さってきた。


 絶頂と同時に性交相手の首を絞めるのがマクシム様の楽しみ方らしい。

 そうすると『締りが良くなる』と言っていたけれど、女の自分にはよく分からない感覚だ。


「ゲホッ……ゲホッ……うぐっ」


 咳き込んでいるのに、お構いなしに乱暴にあごを掴まれ、マクシム様に唇を重ねられる。


――息、苦しいっす……。臭いっす……。


 行為よりも、汗ばんだ体を密着させ、ザラつく舌をヌメヌメと動かされるこの時間が、なんとか意識してきたこの老人との境界線を見失いそうで怖気おぞけが走る。


 マクシム様は唾液をむさぼるように舌を蠢動しゅんどうさせ、それが終わると、上に乗ったまま荒い息が整うまでぐったりと動かなくなる。

 いつものように自分は、変な臭いのする髪の毛から顔を背けながら、しばらくの間ジッと我慢する。


 やがて――。


 ベッドの上でゆっくりと身体を持ち上げると、自分と目が合うなり思いっきり平手で左頬を張ってくるマクシム様。


「痛っ!」


 叫び声と一緒にパシンッという乾いた音が、寵愛部屋・・・・と名づけられた冠館クロンヌの地下室に鳴り響いた。


「ウィッグがずれておるぞ! 興がそがれたではないか、間抜けめ!」

「す、すまねぇっす! すぐに、直すっす!」


 この金髪のウィッグは、次期領主・ティコレット様の髪型を模したものらしい。

 彼女に懸想けそうしているマクシム様は、その情欲を満たすために自分を彼女に見立てて、こうしてクロンヌの地下で秘め事を繰り返しているのだ。


「……ったく、その田舎くさい口調もなんとかならんものか」

「すまねぇっす。喋り方は、どうしても……」

「ふん。こうしてわしの愛玩具をやっておれば、わざわざコシュマールで痛い目に遭わずとも孤児院の地代は免除してやろうと言っておるのに……」

「そ、それは……」


 だって、サノワ地方の差配人に過ぎないマクシム様と、いつまでこんなことを続けていけるかは分からねぇっす。

 領主がバカレット様に変わっても、自分は院のみんなを守らなければならないっす。だから、こんなことばかりに頼っていたらダメなんす!


 そう思ってコシュマールに出稼ぎに出たのだけれど……。


 あれ? でも、なんかおかしいっす。

 マクシム様には、不良にちょっと絡まれてたところをリン兄ちゃんたちに助けられたとしか話してないのに……なんでいてえ目に遭ったって知ってるんすか?

 なんだか、モヤモヤするっす……。


「ところで、またおまえに一つ仕事をしてもらう」

「……え?」


 やばいっす! 酸欠で、一瞬ボォ~ッとしてたっす……。

 ちゃんと聞いてないと、またマクシム様に怒られるっす。


「仕事? っすか?」

「明日、ティコレット様たちが黄泉の谷に向かうらしい」

「リン兄ちゃんたちが?」

「リン兄ちゃん? ああ、あの男のことか」


 リン兄ちゃんたちの正体が、お忍びで村の視察に訪れたバカレット様一行だったということは、あのあと、ベッドの中でマクシム様から聞いていた。


「また、リン兄ちゃんたちのしようとしていることを探れってことっすか?」

「そうだ」

「ガラス工房でのことはもう報告したっす。あれでもう、リン兄ちゃんたちをだますようなことは終わりって約束――」

「誰がそんな約束をした? やつらがこの村にいる間は、ずっとお前が監視して、逐一儂に報告するのだ。分かったか!」

「そ、そんな……」

「それと、今回の仕事は報告だけではない」


 ベッドから降り、弛んだ裸の上からローブを纏うと、部屋のソファーに座り直してキセルを手に取るマクシム様。

 蝋燭で火を点けると、フゥ――ッと、美味そうに煙を吐き出して話を続ける。


「途中に吊り橋があるのは知っておろう? やつらが渡っている時に、やつらごと橋を落とすのだ」

「なっ、なんでそんなこと……!?」

「先日、おまえが報告してきたガラスの製法だが……試しに私の実家の商会から製法登録をさせたところ、かなりの富を生み出しそうなことが分かったのだ」

「それは……朗報じゃないんすか?」

「その事に関しては、な。しかし、あのレベルのアイデアを村のために惜しげもなく使われるとなると、私にとっては非常に厄介なのだ」

「なぜっすか? リン兄ちゃんたちは、この村のために一生懸命やってくれてるんじゃないんすか!?」

「だからだ! ……まあ、それはおまえが知る必要のないことだがな」

「それにしたって、あの人たちごと橋を落とすなんて……そんなことしたら……」

「心配するな」


 カンッ! と、灰皿のふちにキセルの打ちつけると、新たな葉っぱを詰めながらにやりと笑うマクシム様。


「あの橋の辺りは、落ちてもせいぜい五、六ヤーク(※約五メートル)。死にはせんだろうし、怪我をしても巻物で簡単に治せるだろう」

「そんなこと言ったって、みんなの前で橋を落とすなんて、自分、そんなこと……」

「いざと言う時のために、メインロープは素早く切れるよう細工してあるのだ。手甲てこうにナイフでも仕込んでおけば簡単に落とせる。ただし……」


 マクシム様が、こちらを振り返る。


「崖に落とすのはあの男か、魔法使いの女だ」

「リン兄ちゃんか……ユユさん……?」


 どうやらマクシム様も、バカレット様には怪我をさせたくないらしい。

 それに、聖女候補のミオ様にも万一のことがあれば差配人であるマクシム様の責任問題にもなりかねないし、機械人形オートマタのサトリ様は落としても意味がない……。


 つまり、消去法でリン兄ちゃんかユユさん、ってことっすか……。


「で、でも、何でそんなこと……」

「だから、おまえは知らずともよいと言っておるだろうが! 孤児ガキどもを守りたくば、余計な詮索はせずに私の言う通りにしておれ!」

「…………」

「それでやつらが引き返せばよし。失敗して黄泉の谷をめざすようなら……おまえも同行して、やつらが何をするつもりかしっかり監視してこい」

「分かったっす……。それで本当に、孤児院の地代を免除してくれるんすね?」

「もちろんだ。ティコレット様に掛け合うよう約束しよう。ただし、おまえがしっかりと、最後まで私の指示に従っておれば、だ」


 万が一のことがあると困るので、崖下に落とすのはリン兄ちゃんかユユさんにしろ、ということは……。

 逆に言えば、絶対に死なないという保障もないということっすよね?

 自分は……自分は……リン兄ちゃんには絶対に死んでほしくないっす。

 となると、落とすのは……。


 ユユさん、すまねぇっす。

 巻物があるなら、きっと、大丈夫っす。きっと……。


「ああ、それと……」


 再び、マクシム様の声で思考が中断される。


「その首のあざ、ティコレット様たちには見られないようにしろ」

「あ……痣?」

「紐の跡が付いておるのだ! 二日もあれば消えるだろうが、明日はまだ残っているかもしれん。太めの首輪チョーカーを用意したから、明日はそれを着けて行け」

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