Final.裏路地
〝10ᛥ ᛔᚠᛊᛪᛋ ᛋᚻᚠᛪᛪ ᛔᛊ ᚧᛊᚤᛰᛋᛣᛠᛊᚧ ᛣᛞᛠᛰ ᚥᛣᛞᛠᚠᚥᛰ-ᚻᚠᛔᚠᛡᛣ'ᛋ ᚠᚬᚬᛰᚢᛞᛠ ᛛᛰᚥ ᛰᛞᛊ ᛥᛣᛠᚻᚥᛣᛪ ᛋᛣᛪᛨᛊᚥ ᚬᛰᛣᛞ ᛰᛛ ᛊᚥᛊᛉᛞᛊᛋ.〟
石版に書かれた文字を確認して、その上に俺とジョエルが同時に手を乗せる。
さらにジョエルは空いた手で水晶に、俺はシグネットリングの魔証石に触れると——。
水晶と、そして石版の文字が少しのあいだ青白く輝き、光が収まると同時に石版の文字もきれいに消え去った。
「以上で買い取りと入金が完了いたしました。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……」
ジョエルに出された右手を俺も握り返して、取り引きは完了した。
ユユの強欲のせいでなんとなく申し訳ない気持ちになっていたのだが、ジョエルの満足そうなオーラを見る限り、ギルドにとっても有意義な取り引きであったようだ。
ちなみに、商人ギルドに預けたお金には利息はつかないらしい。現代日本で言えば当座預金のような、商取引に特化した口座なのだろう。
最後に、百万ベアルほど路銀用に現金化してその場を後にした。
「あの石盤、何て書いてあったんだ?」
個室を出るとさっそくユユが尋ねてきた。
「え~っと……〝エレイネスのミスリル銀貨一枚の代金として、一千万ベアルをハバキ・リンタロウの口座へ入金することとする〟ってな感じだったかな」
「最後に、文字が消えたのは何?」
「さあ……なんだろう?」
あんなエフェクトはゲーム内でも見た事がない。
「あれは契約盤と呼ばれる魔具で、文字が消えたのは契約完遂の合図です」
ユユの質問に、階段を下りながらサトリが答える。
「契約盤は、約束事を守るために、エーテル界のアカシックレコードを利用することができる道具です」
「アカシックレコード?」
「はい。元始からのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶装置です。通常は、過去の事象が次々に書き込まれていくのですが、契約盤を使うと、未来における約束事をアカシックレコードに記録することができるのです」
「未来を、記録? それが守られなかったらどうなるんだ?」
「エーテル界はこの世界と対になった世界です。契約を
ゲームで言うところの、ログ管理システムようなものだろうか。
サトリの説明によれば、互いに契約内容を理解した段階で文字が光り、契約の履行が確認できた時点で文字が消えるということだった。
銀貨の換金くらいであればすぐに結果が出るので問題ないが、あまり先の未来について約束を交わす場合は、よくよく注意しなければならなそうだ。
もっとも、まだ文字を読めないユユや澪緒は契約すらできないだろうが……。
「ん? これは?」
一階から表へ出ようとしたところで、出入り口の脇の掲示板で立ち止まる。
不動産の斡旋や様々な店の紹介、教会の施療官募集などのチラシに交じって気になる文字を見つけたからだ。
「〝
〝
「通行税のことです」
サトリの説明によれば、国境付近の村や町はゲートタウンと呼ばれ、通行税を徴収することが許されているのだそうだ。
本来は通行の安全保障に対する対価の意味合いであったが、現在では財政的な理由で賦課される租税の一種となっているらしい。
それにしても……。
「プラスローの通行税十万ベアルって……やけに高くないか?」
他の町は、高くても五~六万ベアル。
大多数はプラスローの半額未満の通行税だ。
「決めるのは領主のはずですが、どのような意図があってそのような金額設定になっているのかは、私には分かりかねます」
プラスロー村のあるサノワの領主……と言えば正式にはティコだ。しかし、あの様子では、彼女は何も知らないに違いない。
実質的に村の運営を取り仕切っているのは、ティコ母娘の側仕えであったマクシムという男らしいが……。
——いったい、どんなやつなんだろう?
ギルド会館を出ると、来る時に歩いてきた大通りを通って
……と、その途中で、不意にそれは俺の意識に飛び込んできた。
追い詰められた人間が放出する負の感情。
それは、通り過ぎようとしていた路地の奥から漂ってくる。
俺を標的にした意識ではなく、周囲へ野放図に向けられている嘆きと苦しみの感情だ。
姿が見えなくても意識だけが流れこんでくるというのは、よほどの限界状態であることを意味している。
これまでも、
気付いてしまえば、助けざるを得なくなる。
見過ごせば、俺のトラウマとなってしまうからだ。あの時のように……。
「どうしたのですか?」
足を止めた俺に気づいて、先を歩いていたサトリが振り返る。
「こっちに行こう。その方が、馬繋場へは近道だよな?」
「……お勧めしません。平民街の路地裏は犯罪の温床です。無防備に踏み入れば、トラブルに巻き込まれかねません」
「頼む。もしサトリが来ないなら、俺だけでもこっちから行く」
俺の言葉に、サトリも何かを感づいたのだろう。短く息を吐くと、
「わかりました。お供いたします」
先に立って裏路地へと足を踏み入れる。
直後、前方から漂ってきた険悪な空気の塊が、俺の五体を包み込んだ。
俺の意識を侵食する強烈な絶望感に吐き気をもよおす。
暗がりでよく見えないが、どうやら男が三人、何かを叫びながら地面に転がった黒い塊を代わる代わる蹴りつけているようだった。
さらに近づいてみると——。
「てめぇ——! 店の金に手ぇ付けやがって! 覚悟は出来てんだろうなぁ!?」
「口利きしてやった恩も忘れて、とんでもねぇガキだぜ!」
男たちが蹴りつけている黒い塊は、薄汚れたローブを
「ごめんなざいっ、ごめんなざいっ、ごめんなざいっ!」
まるで呪文のように、涙と鼻水が混じったような震え声で同じ言葉を繰り返している。絶望の波動は、その声に乗って流れ出ていた。
「おいっ! おまえら……」
駆け寄ろうとした瞬間、サトリに行く手を塞がれる。
「ハバキ様、軽挙はお慎みください。あなた方は今のところ、市民権もないカスタニエの客分に過ぎません。場合によってはユトリ様にご迷惑がかかる場合も……」
「じゃあ、あれを黙って見過ごせ、ってのか?」
「……平民の
しかし、その声の中にわずかに滲む
「大丈夫だ、サトリ……慎重にやるから」
さらに後ろを振り返り、
「いいよな、ユユ?」
「ったく、他人のトラブルに首を突っ込んじまうところは相変わらずだな」
「……相変わらず?」
「何でもない。見て見ぬフリをするようだったら、逆に絶交だっつの」
ユユの言葉を受けて、サトリもスッと横に退く。
「分かりました。私が先に参ります」
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