04.お金は大事

 走り始めて五分ほどで馬繋場ばけいじょうに到着。ここから商人ギルドへはさらに二~三分歩かなければならないらしい。

 無造作に客室キャビンから降りようとすると、


「誘拐や強盗の心配がありますし、都市の平民街を貴族然とした服装で歩くことは危険ですの」と、ティコに警告された。


 そこで、ティコを馬車に残し、澪緒みおも護衛として残すことにする。

 ギルド会館内でのあれやこれやを考えると外出組からサトリは外せないし、平民区域の治安を考えると馬車の中でも護衛はあった方がよいと判断したからだ。


 ……というのは表向きの理由で、トラブルを起こしそうなやつは連れていきたくないというのが本音なのだが。

 澪緒にはかなり渋られたが、最後は兄の威厳で言い聞かせ、俺とサトリとユユの三人だけが外に出る。



「澪緒ちゃん、よく馬車の護衛をOKしてくれたな」


 歩きながら、意外そうに呟くユユ。


「畏まった場所では、余計なトラブルの種は無くしておきたいからな。必要とあれば、澪緒にもビシッと言って聞かせないと」

「ビシッて……さっきの土下座のことか?」

「そうそう」


 ギルドホールに入ると、一階は衣料品や日用雑貨、手工芸品などが所狭しと並べられていて、まるでミニバザールだ。

 奥では、貴金属や宝石類も扱っているようだが、生鮮品は見当たらない。


「この建物はギルドホールであると同時に、この街コシュマールのギルド長、ジェル=ジルボー商会の本店でもあります」


 サトリが説明をしながら奥へ進む。

 俺たち以外にも客はいたが、みな身なりはきちんとしていて、平民とは言え富裕層であることがうかがえる。懸念していたサトリの服装よりも、むしろ俺とユユの方が浮いて見える。


「ギルド口座の受付は二階のようですね」


 サトリに続いて奥の階段から上階へ上ると、今度はガランとした大きな部屋に出た。奥には木板のパーテーションで仕切られた個室が並んでいる。

 銀行のようなカウンターはなく、どうやらプライベートバンクのようなシステムらしい。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 俺たちの姿を見止めると、案内係とおぼしき男が俺に話しかけてきた。

 もしかすると、家族連れように見られたのかもしれない。


「え~っと、あの、銀貨を、あれして……」


 俺がキョドっていると、すぐにサトリが、


「エレイネス貨の換金と、商人ギルド口座への入金をお願いします」

「……え? エレイネス貨ですか!? しょ、少々お待ち下さい!」


 慌てた様子で控え室へ消えた案内係だったが、すぐに別の男と一緒に戻ってきて「こちらへどうぞ」と、パーテーションで仕切られた個室に通された。


 中に入ると、小さなテーブルを挟んで椅子が二脚。

 奥の椅子にギルドの受け付け係が座り、サトリが手前の椅子に腰掛ける。

 案内係はすぐに退室し、他に椅子も見当たらないので、俺とユユはサトリの後ろで立っていることにした。


「すみません、ちょうど今、他の部屋もすべて接客中で椅子が塞がっておりまして。空きましたらすぐに持って来させますので」と言う受付係。

「いえ、別にこのままで構いませんよ」


 部屋の広さやテーブルの大きさから、グループ客を相手にするようにはできていないらしい。


「口座管理係のジョエル・メレスです。失礼ですが、身分証はお持ちでしょうか?」


 サトリが、シグネットリングの魔証石を見せるように手の甲を差し出しながら、


「サトリ・カスタニエです」


 そのままテーブルの上に置いてあった水晶玉に右手をかざす。

 すると——。


「お、おお! カスタニエ家の!?」


 青く輝き出した魔証石と水晶玉を交互に見ながら、受付係が驚嘆の声を上げた。


「すみません、カスタニエ家の方だと存じていれば応接間へお通ししたのですが……すぐに用意させますので、三階へどうぞ!」

「いえ、約束もしていませんでしたし、時間もありませんのでここで結構です」


 サトリが腰を上げかけた受付係を制し、俺に硬貨を出すよう目で促す。

 メッセンジャーバッグから白銀ミスリル貨を取り出してジョエルに渡すと、


「おお……確かにこれは、紛れもなくエレイネスの白銀貨!」


 すぐに、後ろの長机に置いてあるはかりで重さの計測を始める。


「ぴったり、四オーズ(※約百十三グラム)ですね」

「それをベアルに換金してこちらの男性の口座へ入金したいのですが」と、サトリが俺を指で指し示す。

「ありがとうございます。それでは早速ですが……これで、どうでしょう?」


 ジョエルが石版のような物に文字を書くと、こちらへ向け直してテーブルの上に乗せる。石版には『5000ᛡᛔ』と書かれていた。

 後ろの二文字はアルファベットに直せばKとB。つまり、五百万ベアルということだろう。


 俺の方を振り仰いで、長い睫毛まつげをわずかに寝かせるサトリ。


 そうか、俺の銀貨だし、了承するかどうかは自分で決めろ、ということか?

 想定していた金額に比べると物足りない気はするが、まあ、正確に重さを量っていたわけでもないし、これくらいなら十分だろう。


「はい、これで……ウグッ!!」


 了承しようとしたところで、突然脇腹に鈍痛が走る。


——ユユのやつ、横腹を肘で小突きやがった!?


(な、何すんだよ!)と、声を潜めて抗議すると、

(なに簡単に了承しようとしてんだよ! 一発OKとか、バカじゃねぇの!?)


 そう言って、今度はユユがジョエルの方へ向き直り。


「で、そこからどれだけ上がります?」

「ははは。やはりどこのご家族も、奥様の方がしっかりされておりますね」

「ふ、夫婦じゃねぇ——し!」

「ああ、ご結婚前でしたか! 失礼いたしました」


 ジョエルの中で、カップルは確定らしい。もっとも、他人同士の男女がこんな所へ連れ立って来るとは思案の外なのだろう。


 ジョエルが数字を書き直して石版をこちらへ向ける。

 今度は『6000ᛡᛔ』だ。


(燐太郎? どうなんだよ、空気は?)

(空気? あ、ああ、リーディングエアーのこと?)


 ジョエルの纏うオーラに目立った変化はない。それをユユに伝えると、


「ジョエルさんって言いました? 様子見はやめて、最初っからマックス提示でお願いできません?」

「はは……奥様には、敵いませんなぁ……」


——結局、夫婦にされてしまった。


 苦笑しながら、今度は『8000ᛡᛔ』に書き直すジョエル。

 さすがに、彼の周囲にも緊張感が漂ってきた。恐らく、まだ限界じゃない。しかし、できればこれで手を打ってもらいたいという色相がオーラに漂い始める。


 それをユユに伝えると、ほくそ笑みながら、


「ジョエルさん、あたしさっき、マックスでって言いましたよね? マックスって、分かります? もういいです。別の商会へ持っていきますので」

「わ、分かりました! 申し訳ございませんでした! これが、本当にギリギリの金額です!」


 そう言って『10000ᛡᛔ』に書き直すジョエル。

 確かに、彼のオーラからも、破談を覚悟したギリギリの色相が見て取れる。

 まだ上げられる? という感じで天井を指差すユユに、俺はブンブンブン! と首を振った。


「OKです、ジョエルさん。次は最初からそういう風にしてくださいね」


 ユユの横顔が、悪そうにニッコリと歪む。


(ユユ! ふっかけ過ぎだろ! 倍になっちまったぞ!?)

(お金は大事だぞ? 取れる時に取れるだけ取っておくのが商人の基本だ)

(誰が商人だよ!)

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