03.サトりんの月給

 閃輝暗点せんきあんてんのような歯車オーラが晴れると、眼前の景色はガラリと変わり、俺たちは石造りの巨大な階段の真ん中に立っていた。

 例えるなら、ローマにあったスペイン広場のような場所だ。


 周囲をう多くの人々の中には、少し驚いたようにこちらへ視線を向けてくる者もいた。

 しかし、取り立てて騒いだり立ち止まったりすることもなく通り過ぎて行く。


 瞬間転移は世界をひっくり返すほどの加護スキルだってユトリは言ってたけど……それにしちゃ、周りの反応が薄くね?

 アングヒルのロケット広場でもそうだったけど、突然目の前に人が現れたら、もう少し驚かれてもいいような気がするんだが……。


 そんな俺の思考も、階段の上を見上げた澪緒みおの声で中断させられる。


「うわ~、パリーホッターみたい!」


 釣られて振り仰ぐと、階段を上りきったさらにその奥から、ロマネスク様式とゴシック様式が混在したようなアカデミックな大聖堂が俺たちを見下ろしていた。

 巨大な中央塔の頂上にそびえる四つの優雅な小尖塔は、確かにの映画のロケ地にも使われたグロスター大聖堂を彷彿とさせる。


 ……が、そんな感慨は後回しにしてすぐに身の回りをチェック。


 俺、澪緒、ユユ、サトリ……よし、全員揃ってる。トランクケースも、みんなしっかりと握ってるな。やっぱり、手荷物も一緒に瞬間移動できるってことか。

 恐らく圧縮シュリンクと同じように、自身の身体の体積を上限に、生き物や無形物以外なら同時転移できる、って感じの仕様なんだろう。


 次に、女神端末アニタブのマップ画面に視線を落とす。

 やはりこの街コシュマールに付いていた緑の▼が消えていた。

 これもキュバトスを討伐したその日の夜に気付いたことだが、一度ファストトラベルを使うと一定時間同じ街への転移が封印されるらしい。


 ゲームにはなかった制約なのでそれがどれくらいの時間なのかは分からないが、アングヒルの▼も翌日には復活していたし、恐らく加護と同じように決まった時間に復活というシステムなのではないだろうか。


「みなさまぁ♪ ごっきげんようですの——っ♪」


 今度は、階段の下から聞き覚えのある声。

 顔を上げると、六頭立ての大型馬車コーチの前で、やけにテンションの高そうなティコが手を振っているのが見えた。


 今日は、サテン地の黒いブラウスに、膝丈の黒いフレアスカートを合わせたシックな色彩だ。

 甘めのガーリッシュなフォルムながら、ハイウエスト部分を三本のベルトでキュッと引き締め、フェミニンさも演出した大人っぽいデザイン。


 あれで中身が普通なら、ちゃんとしたお嬢様なんだが……。


「せっかく現れる瞬間を見ようと待ち構えておりましたのに、気付いたらあそこにおりましたの。一体、いつの間に現れたんですの?」


 石階段を下りて馬車に近づくと、ティコから質問された。


「ん? 俺たち、たった今あそこに出てきたんだけど?」

「あら、そうですの? ずっと馬車の窓を開けて石段を見上げておりましたのに……気が付かなかったですの」と、ティコが残念そうに首を傾げる。

「なるほど、そういうことか」


 うなずく俺を、「どうしたの、お兄ちゃん?」と、澪緒が不思議そうに見上げる。


「いや、ファストトラベルのことなんだけど、人が突然目の前に現れたにしては周囲の反応が薄いなぁ、って思ってたんだけど……」

「そお?」

「うん。……ティコの話を聞いて思ったんだけど、多分、出現時は周りからは認識されないような作用が働いているんじゃないかな」

「でも、私たちを見て驚いてる人もいなかった?」

「だから、完全に消えているというよりも、俺たちの存在が周辺視野に追いやられているような感じなんだと思う」

「しゅうへんしや? あ~、あれか! 横で何かが動いた気がして見てみたら、ゴキちゃんがいてびっくり! みたいな?」

「まあそんな感じ……」

「うおおっ! なんか、かっこいいね!」


 カッコイイと思っているなら、もうちょい別の例えはないのか?


 俺たちの荷物を馬車の荷台に載せるよう荷役ポーターに指示を出しつつ、客室キャビンの入り口を指差して皆に乗るように促すティコ。

 中は、電車のようにロングシートが左右に並べられた作りになっていて、五人で乗ってもさらに二~三人分余裕はありそうだ。


「ユトリさんには『最初は商人ギルドへ』と言われているのですが、本当にそれでよろしいですの?」


 全員が席に着くと、さっそくティコが尋ねてきた。


「うん。……ん? 何か問題でも?」

「問題というほどではありませんけど……」


 ティコの説明によれば、商人というのは基本的に平民の仕事であり、ギルド会館に出入りするのもほとんどが平民らしい。

 事前に予定を入れた上で特別な応接室などに通されることはあっても、ホールに直接おもむく貴族は滅多にいないのだという。


「ユトリは、そんなこと全然言ってなかったけどな……」

「あの方は平民と合コンまでなさるような方ですから……そういう線引きに関しては、てんで無頓着ですの」


——確かに。


「まあ、俺たちは貴族ってわけでもないし」

「カスタニエの客分で尚且つ加護スキル持ちなら、貴族と同等と思っておいた方がよろしいですの! それで、商人ギルドには何をしにいらっしゃいますの?」


 御車台に行き先の指示を出して、再びティコが尋ねてくる。


「うん、ユトリにみんなの口座は作ってもらったみたいだから……試しにこいつを換金して路銀にしようと思って」

「まあっ! これは、エレイネスの白銀ミスリル貨ですの!」


 俺がメッセンジャーバッグから取り出した銀貨を見て目を丸くするティコ。

 この世界に来る時に、エレイネスから持たされた銀貨の一枚だ。


「貴重なものなのか?」

「それはもう! これと引き換えなら、馬十頭出す貴族も珍しくありませんの」


 馬十頭というのがよく分からないが、要は超貴重品ということを言いたいようで、ティコも正確な相場までは分からないらしい。

 魔道具などの加工に使われることが多い金属で、通貨としてだけでなく実需の面でも人気の高い本位貨幣ということだった。


 サトリにもう少し詳しい説明をしてもらう。


この国ベアトリクスの今のミスリル相場は、一オーズ(※約二十八グラム)百五十万ベアルくらいでしょうか」

「と言うことは、こいつは四オーズ以上はありそうだから……え!? これ一枚で約六百万ベアルってこと?」

「そうなりますね」

「六百万って、高いの?」と、今度は澪緒が口を挟む。

「高いか安いかは人によると思いますが……一般的な農耕馬で、一頭五十万から百万ベアルくらいでしょうか」

「だから、馬で言われてもぉ……。サトりんの月給って、いくらなの?」

「私の収入力は五十三万です」

「うはっ、何かのパクリっぽ~い」


 収入力ということは、仕事の価値ということだろうか?

 まさか、サトリが雇用契約で働いてるということはないだろうが、仕事内容は大貴族の護衛兼執務全般だ。給金に直せばそこそこ高給取りになるのだろう。

 そう考えると、この銀貨一枚で平民の二~三年分の収入に匹敵することになる。


 持ち歩いているのが、急に怖くなってきたな……。

 いっそ、この機会に全部換金しとくか?

 銀貨でこれなら、金貨はいったいどれくらいになるんだ!?

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