02.出立の朝

 三日の間にやった、もう一つの重要なことは〝クエスト情報の共有〟だ。もちろん、内容はプラスロー解放クエストについて。

 出立しゅったつ予定日の前夜、ティータイムのあとに澪緒とユユに残ってもらい、俺が知っているプラスロー解放クエストについての情報を伝えた。


 ユトリとサトリに外してもらったのは、もし話せば、なぜそんなことが分かるのかと尋ねられると思ったからだ。

 そうなれば、この世界が可能世界論的な現実世界ではなく、ゲーム設定を基に作られた虚構世界であることを説明する必要が出てくる。


 単なる未来視のような能力に見せかけることも考えたが、サトリがいる前では下手な嘘は通用しない。

 いや、もしそれができたとしても〝未来視ができる異邦人〟などというレッテルを貼られるのは、それはそれで危険な気がする。


 俺の話を聞き終えたユユが、念を押すような口調で問い返してきた。


「ってことは、あたしたちはゲームプレイヤー視点で見たら敵側になるかもしれない、ってことか?」

「うん。メメント・モリはどの勢力に属するとか、そういうゲームではなかったし、クエスト毎に様々な国の依頼主が存在したからな」

「最終的に村を解放するのは、どんなやつなんだ?」

「隣国シュルトワ公国の貴族で、確か……ギスラン・ティルとか言うやつだ」


 サービス開始の一周年キャンペーンで記念アイテムゲットの為に設けられた期間限定のクエストだったため、俺もなかなか思い出せなかったのだ。


 もともとプラスロー村は、アルハイム帝国統治下ではティル家が管理していた。

 しかし、帝政崩壊のゴタゴタの中で国境近くの領有線の確定は混乱を極め、その過程でベアトリクス王国の領土に組み込まれてしまったという経緯もある。


 帝政下で宿場町としての機能を失い、すっかりさびれてしまった寒村のため長らく黙過されていたのだが、圧政に苦しむ村民のために……という名分を得て領地奪還の本懐を遂げる、というストーリーだったはずだ。


「どうする? 不安ならプラスロー行きは考え直すか? 今ならまだ断れるぞ?」


 俺の問いにすかさず首を振って答えたのは澪緒みおだ。


「ダメだよ! 視察旅行の準備もしたし!」

「旅行じゃねえよ」

「それに、ティコちゃんと約束もしちゃったじゃん!」

「それもそうだけど、第一に考えるべきは俺たちの身の安全だろ? ぶっちゃけ、この世界のこともよく分からないうちにいきなり人助けなんて——」

「人助けは大事だよ! 修学旅行も行けないままここに来ちゃったし!」


——人助け、関係ないじゃん。


 しかしユユも、概ね澪緒と同意見らしい。


「あたしも、行った方がいいと思う。ゲームと違って、この世界でのあたしたちは世界征服を目指してるわけじゃん?」

「世界統一な」

「こまけぇな! とにかく、どっかの国に身を置いて生活の基盤は築かなきゃいけないわけだし、そうなれば遅かれ早かれこういうことは起こると思うんだけど」


——正論だ。


 中世的な封建社会の中で、冒険者や旅人が根無し草みたいな生活を満喫しているなんてのはファンタジーの中だけの話だ。

 封建制の下では、人は土地に縛られて生活をし、社会システムもそれを前提に構築されている。

 市民権を持たないような社会の最底辺にとっては、非常に住み辛い世界なのだ。


 もちろん、加護や奇跡なんてものが存在しているネブラ・フィニスと現実の中世を単純に比較することは難しいが、根本的な価値観にそう違いはないだろう。


「このままこの国に根を下ろすかどうかは分かんねぇけど、属した勢力以外とは利害関係……っつうの? そういうのがぶつかるのは避けられねぇんじゃね?」


 ユユの意見に、俺も大きく頷いた。


「うん、同意見だ」


 今後、いくらクランメンバーが増えたとしても、最初に現実世界から転送されてきた俺たち三人は、いわば中核コアメンバーとなる。

 だからこそ重要な決定は俺の独断ではなく、三人の合意の下で進めたかったんだが、向いてる方向が一つであることが確認できればあとは迷うこともない。


「もし、仮にだけど……」


 と、少し考えるように首を捻っていたユユが再び口を開く。


「ゲームの進行通り、ギスラン・ティルってのに雇われた連中が村に来た場合、どうなるんだ?」

「確か、駐屯中の国境警備隊との戦闘になるんだが、村人の蜂起に合わせて攻めてくるからあっけなく敗走、そのまま村はティル家の勢力下に入る」

「ティコはどうなる?」

「領地運営の不備を問われて貴族の地位を剥奪され、国外追放……だったかな?」

「ヤベーじゃん!」


 もっとも、そこはテキスト情報のみでサッと流された程度で、詳しい後日談などはなかったはずだが。


「でも、お兄ちゃん……ティコちゃんにそんな暴君みたいなイメージないよね?」

「そうだな。どっちかっつーと、何も分からんド素人に見える」

「もちろん、ミオたちはティコちゃんの味方になるんでしょ?」

「まあ、ユトリ側に付くなら、流れでそうなるだろうな」


 解放クエスト自体は、こちら側からではいつ起こるのかまったく予測できない。

 俺たちの滞在中に丁度よく発生……なんて展開になるとも限らないし、そもそも起こるかどうかすら分からないのだ。

 まずは村の状況を見てみることが先決だろう。




 出立の朝、再び全員で部屋に集まると、ユトリから俺たち転送組に魔証石なる物が渡された。

 形状はシグネットリング——いわゆる〝印顆いんか付きの指輪〟で、印章部分には家紋らしき紋章と、その下に小さく俺の名前も彫られている。


「それは、タスカニエの家紋を刻印した〝契約石〟で、持ち主のマンドルラに連動するようになっとる」

「まんどるら?」

「霊的エネルギーみたいなもんや。機械人形オートマタの各パーツにも応用されとるんやで。これに血契けっけいを結べばしまいや。……サトリ?」


 ユトリに名を呼ばれると、控えていた機械人形サトリがスカートの裾をたくし上げる。

 太ももに巻かれたホルダーからナイフを引き抜き、その切っ先で俺たち三人の人差し指の腹を突いていく。


 傷口の上でプクッとふくらんだ血液を、血判を押すようにリングの印章に押し付けると、家紋と俺の名前が青白く輝いた。これで、血契とやらは完了らしい。


「それは特別仕様やからな。たんなる身分証明以外にも、行動ログを残したり、商人ギルド口座と連動させて、買いもんの支払いにも使えるようになっとるから、右手の小指に嵌めて肌身離さず持っとき」


——なるほど、デビッドカードと身分証を合体させたようなものか。


「あと、その印顆は滅多なことで押印したらあかんよ。それを使つこうて交わした約束を破った場合、最悪、命にも関わるさかいな」

「お、おう。分かった……」


 他にも、治癒サニターテムの巻物を何本かもらい、トランクケースの中に仕舞う。

 最後に、新調したメッセンジャーバックを肩から斜め掛けして……。


——準備完了!


「じゃあなユトリ。いろいろありがとう。行ってくる」

「ほな、気ぃつけてな。サトリも、みんなのことよろしく頼むで」

かしこまりました」


 女神端末アニタブのマップを開き、ユトリを除いた四人にチェックを入れると、ティコの待つコシュマールへと飛んだ。

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