03.目的地

「ベルが……どうして?」


 挨拶も忘れて、俺は思わず聞き返す。

 マクシムからは、村人も警団兵も、今日の目的地を忌み嫌っているため案内役を探すのは難しいと聞いていたからだ。


 そう、これから向かおうとしている目的地は〝黄泉の谷〟なのだ。


「マクシム様がベルちゃんに案内を頼んでくれたらしいぞ」


 ユユが説明すると、ベルも嬉しそうに、


「そうっす。コシュマールではお世話になったし、途中まででいいからって……」


 マクシムが、俺たちの道中を案じて?

 視察の安全面について真剣に取り組んでいるようには見えなかったが、案内役くらい手配しなければ体面が悪い、ということだろうか。

 それとも、俺があいつのことを警戒しすぎているのか?


「案内はありがたいけど、ベルは怖くないのか?」

「黄泉の谷っすか? 全然怖くない……って言ったら嘘になるけど、迷信を鵜呑みにするほど子供でもないっすよ」


――なるほど。無条件にオカルトを信じるほど未開というわけでもないのか。


 変な臭いのするガスが体に悪そうで気持ち悪い……という程度の懸念が、村人の共通認識のようだ。

 本気で迷信を信じているわけではないが、誰も好き好んで得体の知れない谷には近づかない、と言う状態なのだろう。


 ベルの服装は、先日会った時とほとんど一緒だった。

 ただ、赤毛は綺麗にかれて二束に纏められ、首にも太目のチョーカーを付けて少しお洒落な雰囲気だ。


「な、なんすか? ジッと見て……」

「あ、いや、えっと……そう! そのチョーカー、可愛いなって思って」

「そ、そうっすか……」


 あれ?

 女子は服を褒められると上がるって聞いてたけど、ベルはそうでもないのか?




 全員で店の外に出ると、冠館クロンヌ組の荷物を背中に載せた、コブのないラクダのような生き物と、その横で仁王立ちで出迎えてくれたのは――。


「リンタローさん、ごきげんようですの!」

「ああ、お、おはようティコ……」


 黒のブラウスに三本ベルトのフレアスカートという出で立ちは三日前と同じだが、トレードマークだったもみさげの縦ロールは三つ編みに変わり、他の髪も後ろで一束に纏めて、いわゆるポニーテールのようなセットにしてある。


「お忍び中なので髪型を変えてみましたの。……これ、どうですの?」

「うん……可愛いと、思う……」

「そ、そう言うことを尋ねているんじゃありませんの!」と、顔を赤らめるティコ。

「村の人たちに、わたくしだとバレないかどうかを聞いておりますのっ!」

「あ、ああ、そっちか。……うん、大丈夫だと思うぞ」

「もう、しっかりして欲しいですの……。褒めテロは止めてほしいですの……」

「ごめんごめん……」


 実は何気に、ポニーテールは俺のツボなんだよな。

 思わず魅惚みとれちまったぜ。


 だが、髪型より気になるのは――、


「ところで、背中に担いでいるそれは?」

「見ての通り、弓ですの」

「それは分かるけど……ティコ、弓なんて使えるの?」

「あら? ユトリさんから聞いておりませんの? わたくしの加護スキルは魔弾、職号ジョブ想弓手サジタリウスですの」

「へー! そうだったのか!」


 アームレスラーじゃなかったのか……。

 脳筋のわりに、意外とスキルフルなジョブだったんだな。


 サジタリウス――。

 MMORPGメメント・モリの中でも、経験を積んだ弓手アーチャーからのクラスチェンジで分岐する上位クラスだ。

 物理射手とは違い、弓を媒介にして体内の魔力――ゲーム内では概念的なものだったが――を放出する魔法射手のような存在だったが、魔弾という言葉は初耳だ。


――それも、ネブラ・フィニス独特の設定なのだろうか?


「魔弾って、なんなんだ?」

「弓を媒介として集めた風の元素エレメントを、矢に変えて放つ加護ですわ。ご存じありませんの?」

「うん。まだこの世界のことは分からないことも多くて……」

「あ……そうでしたわね。ロガエスの使徒、でしたかしら? ……気がついたらこの世界に遣わされていて、それ以前の記憶はほとんど残ってないのだとか?」

「うん、ごめん」

「わたくしの方こそ! 無思慮な発言をしてしまい、申しわけありませんの」

「ねぇねぇ、お兄ちゃん!」


 と、今度は澪緒が、ラクダのような動物を指差しながら得意顔で声をかけてきた。


「この動物、何だか分かる? えっとねぇ、ヒントはぁ――」

「リャマだろ?」

「最初の文字が〝リ〟でぇ……って、えぇ――っ!? なんで知ってるし!?」

「なんでって言われても……」

「ズルい!」


 体高約一メートル、体長約二メートル。

 全身を茶色い毛で覆われた四足歩行の動物が、長いまつ毛をパチリと動かして俺の方を見つめている。


「ああ、もしかしてアレ? ゲームのモンスターだったから知ってるとか?」

ちげぇよバカ。リャマは元の世界でも南アメリカのアンデス地方でよく見られた鯨偶蹄目げいぐうていもくラクダ科の駄載獣ださいじゅうだ」

「うわっ! 自分のファッションセンスを棚に上げて、よくダサいとか!」

「そのダサいじゃねぇ!〝荷を積む獣〟って意味だ」

「あ、ああ、そっちのパターンね……」


――おまえは同じパターンだな……。


「特徴的な姿形だし、一度見れば覚えるだろ」

「え? お兄ちゃん、アンデス行ったことあるの?」

「んなわけあるか。子供の頃、澪緒も一緒に上野動物園で見たじゃん」

「覚えてないよそんなの! お兄ちゃんにクイズだしてもつまんない! ムカツク!」


――なに怒ってんだこいつ? 反抗期か?


「それは、前に住んでいた国のお話ですの?」

「ん? ……ああ、そうそう! 断片的には残ってるんだよ、記憶が」

「そうですの……なんだか、楽しそうな国ですの」


 危ねえ危ねえ……。説明に夢中になってティコやベルの存在を忘れてた。

 ユトリたちにはある程度のことは話してあるけど、それ以外の人間にはロガエスの使徒として口裏を合わせることにしたんだっけ。

 人前でうかつに元の世界の話をしないよう注意しないと。




「す、すごいですの! 本当に、荷物が小さくなってしまいましたの!」


 俺が全員の荷物を圧縮シュリンクしていく様子を見て、ティコが目を丸くする。


「俺がいないと戻せないから来る時はそのまま持って来てたけど、こう言うときには便利だろ?」


 一つに纏められた荷物を、もう一度リャマに載せなおす。

 どうせ中身は着替えと食料だし、圧縮しなくても運べるだろうが、リャマを連れて行けるのは途中にある吊り橋の手前までらしい。

 そこからは荷物係――つまり、一番やることのない俺が運ぶことになるので、今のうちに圧縮しておこうと言うわけだ。


「では、早速出発っす!」


 準備が終わるのを待ってベルが村の西へ向かって歩き出す。

 続いてティコと澪緒、その後ろからユユと俺、最後尾からはリャマを引いたサトリが続く。

 クロンヌで馬を借りることも考えたが、乗れるのがティコとサトリだけだし、徒歩でも二時間はかからないというので、歩くことにしたのだ。


 村を出ると、コルザの花がまだらに広がっている。

 旬は過ぎているのか、花が落ち、実をつけているものも多い。もう少し早く訪れていれば、一面に咲き誇るコルザの黄色い絨毯が楽しめただろう。


「ほんとに、大丈夫なのかな……」


 隣でユユが呟く。


「大丈夫? って何が?」

「谷だよ谷! 黄泉……って、あれだろ? あの世のことだろ?」

「そう言やユユ、怖いの苦手なんだっけ?」

「べっ、別に苦手じゃねぇよ! 暗いのがちょっと苦手なだけで」

「ま、心配要らないと思うぞ」


――俺の予想が正しければ、黄泉の谷の正体は恐らく……。

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