第五話 キュバトス討伐

01.対峙

「キュバトスの宿主はあんたやないの?」

「は……あ?」


 ティスバルが、まるで予想もしていなかったというように、頓狂な声を漏らす。


「な、なにを言って——」

「おおかた、半月前の洞窟探索でかれたんちゃうか?」

「そんな、乱暴な! そもそも、探索に参加したメンバーは私だけでは——」

「そうやな。けど、このワイナリーによう出入りしとる人物と言えば話は別や。あんたはこのワイナリーにはよう飲みに来とるんやろ? そん時に子供らにつすくらい、造作もないはずや」

「それを言うなら、先に卿団兵らに染つすほうが先では?」

「もちろん、あとから卿団も調べさせてもらう。せやけど、派手にばら撒くよりも郊外の山里の方がバレんと事を進められると考えたかて、おかしなことあらへんよな」

「しかし……確かにここにはよく訪れるが、子供たちとはほとんど初見だぞ!?」

「もちろん、そんな状況証拠だけやあらへん」


 一瞬だけ俺を見たユトリだったが、すぐにティスバルへ視線を戻し、


「昨日、リンタロのgelidaジェリダを喰らった時のことや。あんただけは、すぐに術を破って追いかけたやんな?」

「それは加護抵抗付与の鎖帷子くさりかたびらのおかげ——」

「魔憑きとなったもんは意識、五感、体質、すべて魔物と入れ替わるっちゅう話やろ? キュバトスは水属性のgelidaジェリダに優位な地属性の魔物やし、あんさんの身体も抵抗力が上がってたんちゃうか?」


 畳み掛けるようなユトリの糾弾。

 この口調、もともとティスバルに目星を付けていたに違いない。


「もしそうであれば、サトリが見逃すはずがあるまい!」

「忘れたんか? あん時、サトリは別の任務に行っとっておらへんかったやろ?」

「ならば今、魔測を! サトリなら私の中にキュバトスがいるかどうかすぐに分かるはずでは!?」

「せやな。……どや? ティスバルはんの中に不自然な魔素の動きはあらへんか?」


 ユトリが振り返ってサトリに尋ねるが、


「抵抗装備に集まるエレメントのせいで上手く魔素を識別できません」

「これならどうだ?」


 ティスバルが鎖帷子を脱いで長机の上に置き、アンダーシャツ一枚となって自らの胸を親指で指し示す。

 しばし身動みじろぎもせず、双眸そうぼうすがめて彼を観測するサトリだったが、しかし……。


「見えません」

「……ほんまに?」

「はい。怪しい魔素の動きは、とくに……」

「どうやら、これで私が魔憑まつきだという疑いは晴れたよう——」

「せや……月齢のせいや!」


 ティスバルの言葉を、再びユトリがさえぎる。


「……月齢?」

「魔の物は新月の頃に最も活性化するっちゅう話は知っとるやろ? なんぼキュバトスが低位の魔物ゆーても、新月の前後、一日二日やったら魔影も見えたはずや」

「一日二日って……今日だってまだ三日しか経っていないではないか!?」

「上等な魔物やったら見えるかもしれへん。けど、キュバトスみたいに潜伏能力にけた低級魔やと、新月から三日も経ったら魔素が隠れてまうんや」

「そもそも、一日延ばしたのはユトリ様の意向では?」

「せやな。念には念を入れたつもりが、かえってあだになってもうた」


 ユトリの目配せで、サトリがカチューシャの大リボンを振りほどくと、それは大きな朱槍に変わった。

 昨日、俺にも見せた超音波三節槍ハーモニックアスタームだ。

 それを確認してさらに続けるユトリ。


「あんたには悪いけど、一旦死んでもらうで。あんたが死ねば同時にキュバトスも死ぬから、あの子らの種子も消滅するやろ」

「なるほど……そういうことですか……」


 ティスバルが、腰のロングソードを抜く。

 それを見てすかさずサトリも、主人をガードするように前へ出た。

 互いに、刃物を構えた対峙に変わったことで一気に空気がヒリつく。


「お兄ちゃん……」


 気が付けば、俺の横で澪緒みおも二本のマチェットを具現化させていた。

 しかし——。


「待て、澪緒。まだ手を出すなよ」

「う、うん……」


 うなずきながら、俺とユユの盾になるように前へ出る澪緒。

 その双碧そうへきは、真っ直ぐにティスバルを見据えている。

 澪緒のオーラを見る限り、ティスバルに対してはかなりの敵対感情ヘイトつのらせているようだ。


 しかし、今のところティスバルのまとう空気からは——。


「おい、サトリ。おまえも観察してるんだろ? 俺にはおっさんが嘘をついているようには見えないんだが……」

「そらそうや」


 視線だけを返してきたサトリの代わりに、ユトリが答える。


「さっきもゆーたけど、魔憑きになると記憶も五感もすべて魔物に乗っ取られて、意識は精神の奥底に追いやられるんや」

「脳が、乗っ取られるようなもんか?」

「せやな。今見えとるんは宿主の記憶を基にキュバトスが演じとるティスバルはんや。パチこく(※嘘つく)のが習性の魔物に、対人用の観察なんて通用せえへん」


 そうなってくると、一体何を基準に宿主を見分ければいいんだ?


——そうか、新月か!


 やはり、キュバトス本体の特定のために、できる限り新月に近い日にヴァプールに乗り込む必要があったんだ。


 メメント・モリは、現実とゲーム内の日時を連動させるシステムを採用していた。

 つまり〝トゥルールートに日付が重要〟というのは、新月かそれにかなり近い日に、観測眼持ちのキャラでクエストにチャレンジすることが条件、という意味だったと推測できる。

 ユトリが、念には念を入れて討伐日を延期したことが、魔物の本体を特定するためにはむしろ不利に働いたのだ。


「断言するぞ。私は、魔憑きではない」

「そないな断言、なんの意味もあらへん」


 ユトリの言う通りだ。

 ティスバルが、自分で自分の正常を主張するだけでは単純な循環論法にすらなっていない。

 新月時期を外してしまった今、トゥルールートを目指すには、観測眼とは別の方法でキュバトスをあぶりださなければならないのだ。


——やはり、あれを使ってみるか?


「惑わされるなよ、おまえたち……」


 ティスバルの声に、沈潜ちんせん(※深く没頭すること)しかけた思考が引き戻される。

 彼の視線はカスタニエ家の幼女たちを見据えたままだが、『おまえたち』とは、俺と澪緒、そしてユユの三人を指しているのだろう。


 ティスバルが続ける。


「ロガエスの聖女を揚言ようげん(※公然と言うこと)するのであれば、慧眼けいがんってそれを証明してみせよ。定期探索の際にいた人間が、もう一人ここにいることを忘れるな」


 ティスバルの言葉を聞きながら、俺は今朝の出来事・・・・・・を思い返していた。

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