02.シリアルコード
電車が減速して、ちょうど身体が流れたところにキックがカウンターで入ったのだ。
「ああああっ! 何すんだ、おまっ!」
慌てて袋の中を確認すると、紙製の外箱がべっこりとへこんでいる。
「あ、悪い悪い。軽く当てただけだったのに、セツメイが合わせてくるから……」
「合わせてねぇ——よっ!」
「つか、何だよそれ?」
「
「なぁ~んだ、それなら外箱なんてどうでもいいじゃん。大事なのはキモい人形みたいなやつだろ?」
「キモい言うな! こういうもんは中身も外箱も全部重要なんだよ。すぐに手が出るところ、全然変わってないのな?」
「足だけど」
「やかましい!」
「ま、これが
「おまえのクオリティーだ!」
そんなだから、
「で? メメモリってのはなんなんだ?」
「ああ、それは——」
メメント・モリ——俺がプレイしているシネマティックMMORPGの名称だ。
そのメメント・モリに、それまでとはまったく違った新ワールドが追加されると発表されたのが半年前のこと。
新ワールドの名は、フィニス。
日本の異科学研究所とIT企業の
その
「そんな大事なもんなら、コンビニ留めじゃなくて直接自宅に送ってもらえばよかったじゃん」
そんな楪の言葉に、
「それで昔、痛い目にあったからね~」
と、俺より先に
「え~っと……そっちは、セツメイの彼女?」
「違う違う。こいつは俺の妹で……」
「
「え?」
「何? お兄ちゃん?」
「い、いや……」
澪緒のやつ、
「いとこ? ……に、兄ちゃんって呼ばせてんのか?」
「別に呼ばせてるわけじゃ……」
ミオの実家でお世話になってる経緯を楪に簡単に説明する。
「まあ、従兄妹つっても昔から兄妹みたいな付き合いをしてるから」
「兄妹ねぇ……。一つ屋根の下で血の繋がっていない妹なんてラノベみてぇだな」
楪の心の
親戚とはいえ従兄妹同士は結婚も出来る続柄だ。とくに澪緒ほどの美少女と同居しているとなれば色眼鏡で見てくる連中も出てくるだろう。
それもあって、対外的には俺と澪緒は異母兄妹だということにしていたのだ。
叔父さんが叔母さんと結婚する前はバツ一だったことも、その設定に信ぴょう性を持たせることに一役買っていた。
「ラブコメみたいな展開、現実にはあり得ないけどな」
「うんうん」澪緒も
「
「おいコラ! わざとか!」
慌てて肘で小突くと、ぺろりと悪戯っぽく舌を出す澪緒。
「なかなか面白い従兄妹だな……。で、さっきの〝痛い目〟がどうとかってのは?」
「それはねえ——」と、再び澪緒が俺の代わりに答え始める。
「昔、ウチ宛てにしてた荷物が別んとこに配送されちゃって大変だったんだよ。結局見つかったけど、それまでは『限定品だったのにー!』とか言ってめっちゃ落ち込んでさ。ね、お兄ちゃん?」
「まあ、そんな感じだ」
ちなみに普段使っている地元のコンビニを避けたのは、顔見知りの店員にセクシー美少女フィギュアを買ったことがバレて〝キモオタ〟とか変なあだ名を付けられるのを避けるためだけど、そこまでは気づいてないみたいなので伏せておこう。
「それにほら、俺の荷物のことで受け取りのサインだなんだって手を
「そんなくだらないこと気にしてんの!? 叔父さんたちの保険から養育費として十分なお金も預かってるって言ってたし、遠慮しなくていいのに」
「いや、そういうわけにも……」
「お母さんだって実の母親だと思ってくれていいって言ってたじゃん?」
「そりゃ口ではそう言うだろうけど……おまえと違って、俺はいろいろ空気を読んでるんだよ」
こういう境遇だから、どうしても周囲の顔色を伺うような癖がついてしまったのは事実だ。
死んだ母の実妹である叔母さんはともかく、叔父さんとは血も繋がっていないわけで、表には出さないけど俺との接し方に戸惑っている様子は伝わってくる。
叔父さんがいない時は女性だけの家だ。そこへ、甥とはいえ家族以外の男が入ってくるのは決して良い気はしないはずだ。
「叔母さんの好意はありがたいけど、きちんと節度は守らないと」
「別にいいのに……。ほんと、お兄ちゃんってそういうとこあるよね。他人との間に、余計な壁を作るって言うか? だから好かれないんだよ、AB型」
「嫌われ度はB型ほどじゃねぇよ!」
澪緒も、外見に騙された男共からはしょっちゅう言い寄られているが、同性からは変わり者扱いされて距離を置かれているのを知っている。
こいつはこいつで、まったく空気を読まない典型的なBだからなぁ……。
——ってか、なんでこんな話になってんだ?
「でも、一応、悪かったなそれ……」と、楪のしおらしい声を聞いて潰された外箱のことを思い出す。
「もし本当に大事なもんなら、あたしがもう一個おごってやろうか? バイト代入ったばっかだし、どうしてもって頼むなら買ってやらないこともないけど」
「上から目線で謝るのヤメロ。簡単に言ってるけど、これ限定品だし、ネットじゃ軽く二十万円は超えてるぞ」
「にっ、二十万! おまえ、キモ人形にそんな大金払ったの!?」
「キモ人形言うな! 俺は抽選で当たったから定価で買ったけど、まあ、弁償とか別にいいよもう……」
「そっかそっか! それならよかった♪」
ほんとに反省してたのか、こいつ。
「もともと、俺が欲しかったのはフィギュアじゃないしな」
「は? どゆこと?」
俺の目的は、正確に言えば、フィギュアに付いているシリアルコードだ。
実は、五百体限定で生産されたエレイネスのフィギュアにはそれぞれシリアルコードが割り振られていて、それがそのまま、新サーバーのβテスターに登録するためのパスワードとなっているのだ。
発売日は昨日なのに、ネット上ではすでに〝転送女神〟などと呼ばれ、シリアルコード目当てにプレミア価格で取引されていた。
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