03.鏑木
大崎駅に着いてすぐに、乗車してきた
「あれぇ~? もしかしてそこに座っているのは、
茶髪にピアス。化粧でもしているのか、やけに白い肌に、整った眉と長いまつ毛。
女装させても見栄えの良さそうな
カラコンでも入れているのか、赤っぽい両目を
「ほぉ~ら、やっぱり柚葉ちゃんだ! どぉしたのぉ? こんなところで?」
「ああ、誰かと思えば
視線を逸らしながら答える楪。
どうやら、彼女にとってはあまり歓迎したくない相手のようだ。
「これからカノジョと台場デートでさぁ、浜松町で待ち合わせしてんだけど……つかさぁ、こないだまで〝
「別に……どう呼ぼうと勝手っしょ……」
「そりゃそうだけど、なぁんか冷たいなぁ、って思ってさぁ。……ところでこいつは、柚葉ちゃんの新しいカレシ?」
そこで初めて、鏑木と呼ばれた茶髪男が楪から俺の方へ視線を移す。言葉の中に険があるのを感じ取って少し気が滅入る。
もともと俺は、
両親を亡くしてからは、他人に迷惑をかけたくないと言う思いと一人立ちできない社会的立場とのジレンマで、周囲の人間の本音を探る癖がさらに顕著になっていた。
目の前の鏑木という男が、俺に対してそこはかとない敵意を抱いていることはすぐに察知できた。
ただ、楪の知り合いのようだし、俺の対応次第で彼女に迷惑がかかるような事になるかもしれない……そんな風に考えて黙っていると、
「そんなの、先輩には関係ないっしょ」と、すぐに楪が答える。
「へぇ~、否定しないってことはやぁっぱそうなんだぁ。先月、俺と別れたばっかだってのに意外と手が早いんだぁ、柚葉ちゃんってば」
自分のことは棚に上げ、くっくっくっ……と肩を揺らす鏑木。
しかし、目は笑っていない。
俺と楪の間で、数回行き来させた視線をすぐに俺に止め、
「その制服……
「別に、それほどでもないっすけど……」
「柳秀ならさあ、
「あ……ば?」
あばずれ? 何なんだこいつ!?
会話から察するに楪の元カレらしいが、それが昔のカノジョに対する言葉か!?
胸の中で膨らんだ黒い感情が言葉に乗り移り、俺の語調も思わずキツくなる。
「楪のことは中学の頃から知ってる。誤解はされやすいけど、中身は素直で真っすぐないいやつだ」
「あ~なるほど。柳秀の秀才くんとなんてアンバランスな組み合わせだと思ったら、
「何が可笑しい?」
「素直で真っ直ぐねぇ……。あっ、そうだ! 君に良いもの見せてやろうか?」
「良いもの?」
ポケットからスマホを取り出した鏑木を見て、顔色を変えたのは楪だった。
「お、おい! 何を見せる気だ!?」
「カレシくんにさ、俺と柚葉ちゃんの思い出をちょっと見せてやろうかと思ってさ」
「まさかおまえ……やっぱあの時の画像、消してなかったのか!? ヤメろ! こいつはあたしのカレシなんかじゃねぇ!」
「んなこたぁどうでもいいんだよ! それならそれで、これからそうならないように、ちゃぁんと事実を教えといてやろうって親切心なのぉ~」
そう言って、立ち上がりかけた楪をシートへ押し戻す鏑木。
そこに映っていたのは——。
横顔のうえに、若干の手ブレもあってはっきりとは分からないが、髪形や雰囲気から明らかに楪と分かる女子の上半身だった。
場所は恐らく、ベッドの上だろう。
ブラウスのボタンが中ほどまで外され、
「ちょっと優しくすりゃあ、誰とでもこういうことする子なんだよ柚葉ちゃんは。もし見たかったら、もっとスゲェのもあるぜ?」
「ヤメロって言ってんだろぉがっ!」
立ち上がってスマホを奪おうとする楪を、再びシートに押し戻す鏑木。
——なるほどな、だいたい把握した。
楪と鏑木は先日まで付き合っていたようだが、今は別れている。
フッたのは楪の方だろうか?
少なくとも鏑木にとっては不愉快な別れ方だったのだろう。その腹いせに、このリベンジポルノってわけだ。
——クソが……。こういうゲス男、本当に
そんな俺の気も知らず、なおも続ける鏑木。
「中坊んときはどうか知らねぇが、今のこいつがどんな女なのかはお察しだろ? おまえも間違ってもこんな女とは……って、おいっ! 何すんだコノヤロォ!」
気がつけば俺は、目の前に差し出された鏑木のスマホを床に叩き落していた。
「鏑木とか言ったな? 俺は、誰がどんな状況で撮ったのかも分からない、そんな写真一枚で人を判断したりしねぇよ」
「うるせぇコラ! 柳秀の坊っちゃんがなにイキがってんだコラ? 俺を誰だか分かってんのかコラ! さっさと拾えコラァ!」
「コラコラうるせぇよコラァ! 俺は、楪をこの目で見て、俺が付き合うに足る人物だと判断したから付き合ってんだ。あんまりゲスいことしてっとぶん殴るぞ!?」
喧嘩などしたこともないのに、頭に血が上った俺は、知っている中からもっとも凄みのありそうな単語を鏑木に向かって吐き出していた。
愚劣な言動への
……が、ここまで攻撃的な態度を取ってしまったのは、楪から
その時、足元からバリン、と嫌な音が聞こえて。
「あ~、お兄ちゃんごめぇ~ん。ミオ、手がスベッチャッタァー」
いつの間にか、鏑木のスマホの上に
「おい、女! おまえの妹か!? ボールをどけろ……って、重っ! 何だこれ!?」
そりゃそうだろう。
中身は三十キロのケトルベルだ。
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