02.女の子同士 ※

「……約束? って、どんな?」


 聞き返すと、澪緒みお調弄はぐらかすように小首を傾げて視線を逸らす。


「う~ん、それは秘密だけど、お兄ちゃんって、いろいろ空気を読むっていうか、周りの目を気にするみたいなとこがあるからさぁ……」

「そ、そうなんだふ~ん」

「我が道を行く! みたいにカッコつけてるけど、ああ見えて気遣いやさん、って言うか?」

「そうかもしれないけど……。それと澪緒ちゃんとの約束と、何の関係が?」

「小さい頃の約束なんだけど、お兄ちゃん的には、周りにいろいろ迷惑をかけることだから、叶えるのはなかなか難しいことみたいよ?」


 まさか……あの時の、結婚の約束のことを言っているのか?

 しかし、だとしたらパーティー内恋愛禁止なんてルールは設定しないはずだ。

 それより何より、旦那候補にソーラープレキサスブローを喰らわすはずがない。


 でも、あれ以外に約束なんて……俺の記憶にはないな。


「それにミオって、勉強も嫌いだったから学校にもそんなに未練はないんだよね。あまり友達もできなかったし……」

「そう? それなりに楽しそうにやってたように見えたけど」

「ん? 見ていたみたいな言い方するのね!?」

「あ……いや、あれだ、認知バイアスで言うところの虚記憶みたいなやつ……」

「適当に付き合う友達はそれなりにいたけど、ほんとに仲のいい友だちってなるとなかなかなぁ……。普通にしてるつもりなのに、なんでだろ?」

「親友なんてなかなかできないもんだよ。アタシもクラスじゃ浮いてたし」

「だよねぇ、ユユさん、ガサツそうだもんね!」

「…………多分、そういうとこじゃねぇか?」


 不意に澪緒が、ミルク肌にお湯を滑らせながら立ち上がり、華奢な身体を晒して湯船のふちに掛け直す。


「ふい~! ちょっと熱くなってきた!」

「ばっ、馬鹿! 急に立ち上がるんじゃねぇ——っ!」


 慌てて背中を向けた俺へ、


「ユユさんって、もしかして、意外と恥ずかしがり屋?」


 問い返す澪緒の声音に、少し悪戯っぽい響きが混じるのが分かった。


「い、いや、いつもはそんなこともないんだけど……今日はちょっと、調子が悪いっつうか……ほら、澪緒ちゃんの身体が綺麗すぎて眩しいっつうか……」

「ええ~っ! なにそれぇ~? 褒めても何にもでないよ? ユユさんこそすごいの持ってるじゃん!」

「す、すごいの?」

「ずっと、どんな揉み心地なのか気になってたんだ」

「えっ!? ちょっ、こら! やめっ……!」


 突然、背後から覆いかぶさるように抱きついてきた澪緒が、脇の下から両手を滑らせてユユの……いや、今は俺の、重みのあるおっぱいを鷲掴みにする。


「うっわ! 何これ、本物? Eくらいあるでしょ?」

「そ、そうなの?……あっ、あん♡」

「自分で分からないの?」

「え~っと……カップはあまり気にしないっつうか、適当に……E寄りのDみたいな……ん……んんっ……」

「ブラは、ちゃんとサイズの合ったものを着けないと、胸の形が崩れちゃうよ?」

「そ、そうなんだ……あ、んふぅ……ああん♡ や、やめ……」


 大きな胸を両手で包み込み、硬くなった先端にも指の腹で適度に刺激を与えながら、優しく、ゆっくりと揉みほぐす澪緒。


 きょぬーは鈍感って聞いたことあるけど、全然そんなことねぇじゃん!

 女って、胸を揉まれるだけでこんなに気持ちいいものなのか?

 それとも、澪緒の揉み方が上手いとか?

 こいつ、どこでこんなテクニックを……。


——い、いや、そんなことより……背中もヤバい!


 後背筋には、温泉のおかげですべすべ感の増した、弾力感のある澪緒の胸が密着している。

 さらに、後ろから押し付けられた柔らかく優しい乳嘴にゅうしが、背中の上でクリクリと動き回る度に、全身に電気を流されたような快感がほとばしる。


 俺の精神を支配しかけるイドとエゴ!

 このままじゃ、マジで脳みそが死ぬ!

 悩殺って単語を考えたやつ、天才かよっ!


「だぁ——っ! タイムタイム! ちょ、ちょっと離れろ!」

「え~? なに? せっかくいい感じだったのにぃ」

「な、何が!? お、女の子同士って、よくこういうことするもんなの?」

「こういうこと? 胸を触ったりとか?」


 ようやく、澪緒が離れてもとの場所に座り直したので、俺も息を整えて横に座る。

 ……二メートルほど離れて。


「中学の修学旅行のときは、おっきい子は珍しいから揉まれてた気もするけど……女子高生はどうなんだろ? まあ、深夜アニメとかではよく見かけるよ」

「アニメ脳め……」

「ミオも、大きさはそんなでもないけど、鍛えてるから形には自信あるんだ! お礼にユユさんにも触らせてあげるよ、ほら!」


 視界の端で、澪緒がお椀型の綺麗な乳房を誇示するように胸を反らす。


「い、いや、お礼とかいいから! それより、そういうの絶対ユユには言うなよ!?」

「……え? ユユには?」


——やべっ、またやっちまった……。


ちがっ、え~っと、そうじゃなくて……」


 入れ替わりだけはバレちゃマズい!

 と、とにかく話題を変えよう……。


「あ! そうそう! えっと、ティスバルってやつと戦った時のことだけどさ!」

「え? ああ、昼間のおっさんね? どうしたの急に?」

「いや、ずっと気になってたんだけどさ……」


 話を変えたくてパッと思い浮かんだことを口に出しただけだったが、ずっと引っかかっていたのも本当だ。


「もし、あの機械人形オートマタ——サトリって言ったけ? あいつが止めに入らなかったら、澪緒ちゃん、ほんとにあいつを斬ってた?」

「もちろん」

「だよなぁ…………えっ!?」


 事も無げに即答する澪緒を思わず二度見してしまったが、眩しい肢体が視界に飛び込んできて、慌てて正面に向き直る。


 ……あ、あれ? もちろん、ってことは、斬るってことだよな?

 澪緒のやつ、質問の意味、分かってんのか?




※補足


【虚記憶】

認知バイアスの一つ。経験していないことを、まるで経験したかのように思い出す心的傾向。


【イドとエゴ】

フロイトが定義付けた人間の心的領域。イドは本能的欲求のこと。イドをコントロールしながら、欲求を満たすための行動を生み出す領域がエゴ(自我)。また、イドとエゴを抑制する道徳的な部分をスーパーエゴ(超自我)と呼ぶ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る