03.楽しいことは三人分 ※

 澪緒のやつ、質問の意味、分かってんのか?


「もちろん……って、人を斬ることに抵抗ないの?」

「人? AIでしょ?」

「……え?」


 そ、そう言われると……確かにそうだけど。


 ユトリやサトリ、そしてティスバルも、あまりにも人間らしいので忘れていたが、この世界の人間はすべて、寿限無じゅげむが作り出した自立思考型AIのはず。


 でも、ロボットペットが死んでも、お墓を作るのが人間という生き物だ。

 いくらAIだと分かっていても、そう簡単に割り切れるものじゃない。


「確かに、エレイネスの言うことが本当ならそうなるけど……もしかして、あいつも嘘をいてて、ここの人たちも本当は人間なのかも? とか思ったりしない?」

「う~ん……。ミオは、余計なことは考えないかな。女神様がああ言ってるなら、そうなんだろうな、ってくらいにしか思わないよ」

「で、でも、女神っつっても、胡散臭くなかった?」

「ダジャレはつまらなかったけどね」

「いくら相手がティスバルでも、あれだけ人間と変わりない見た目だと、そう簡単に割り切れないっつうか——」

「そもそも、それも関係ないんだよ」


 俺の言葉を遮るようにそう言うと、再びお尻を滑らせて身体を湯船に沈め、澪緒みおが続ける。


「相手がAIだろうが人間だろうが……関係ない。お兄ちゃんを傷つけるやつは、許さない」

「澪緒……」


 お兄ちゃんにソーラープレキサスブローをかましたやつの言葉とは思えないが。


「ううん、お兄ちゃんだけじゃない。ユユさんだってそう。この世界では、絶対に三人で生き残らなきゃならないんだよ。それがマストだよ」

「う、うん……そう、だな」

「そして今、三人の中で、火力を出せるのはミオだけだよね?」

「うん……」

「つまりね、ミオがためらえば、みんなの命が危険にさらされる、ってことなの。ミオが何かミスって、それで三人のうちの誰かが死んだりしたら、ミオは、一生自分を許せなくなると思うの。ミオは馬鹿だけど、それだけは分かる」


 そっか……そういうことか。

 違うぞ澪緒。おまえは、馬鹿じゃない。


〝『なぜ生きるか』を知っている者は、ほとんど、あらゆる『いかに生きるか』に耐える〟とニーチェは言った。

 そう言う、本質を見据えて生きる強さを、澪緒は本能的に持っているんだ。

 愚問だったのはむしろ俺の方か……。


「自分のことを許せない自分に、ミオは絶対になりたくないの。お兄ちゃんが死んじゃったかも、って思ったとき、ミオはっ……ミオはっ……」


 突如、鼻声になった澪緒が言葉を切る。

 お湯を掬って顔にかけると、妹はそのまま両手で瞼を覆ってしまった。

 恐らく、俺がティスバルの剣に刺された時のことを思い出したのだろう。


 覚悟ができていないのは、むしろ俺の方だったんだ。

 ちょっとばかりこの世界の知識があるからって、偉そうに講釈をたれてみんなを引っ張っている気になって、その実、優先順位プライオリティを見失っていた。


 澪緒の言う通り、俺たち三人の命を守ることがこの世界での最優先事項だ。その切り替えが遅れればそれだけ生存率も低下する。


 そんな単純なことを、澪緒に気付かされるなんて……。

 能天気に見えて、こいつはこいつで軸を持って動いていたんだ。


 両手の奥で、澪緒が鼻を啜り上げる音がした。

 俺は、胸の中で、切なくて、でも温かい何かが広がってゆくの感じて、気が付けば妹の身体を抱き寄せていた。

 先ほどまでの早鐘のような動悸はおさまり、澪緒の鼓動に、俺の——いや、ユユの心臓が心地よく共鳴する。

 

「ごめん。澪緒ちゃんばかりに、嫌な役を押し付けることになっちゃって……」

「……ううん」

「いつまでも澪緒ちゃんだけに大変な決断はさせない。私も頑張るし……そう! 責任は燐太郎りんたろうに背負わせりゃいいんだ」

「……お兄ちゃんに?」

「うん。元はと言えば、こんな世界に飛ばされちまったのだってあいつのせいだしな。だから、澪緒ちゃんが何をしたって、あいつの責任なんだよ」

「ふふふ……」


 ユユの大きな胸に顔を埋めたまま、澪緒も小さな笑い声を零す。


「そっか……お兄ちゃんの責任なのか」

「そうそう! 澪緒ちゃんが一人で背負うことはないんだよ。辛いことは半分こだ。そして、楽しいことは二人分にするのが仲間ってもんだろ」


 胸の中で、ハッとした様子で顔を上げる澪緒。


「それ……」

「ん?」

「楽しいこと~は、ふた~りぶん♬ 悲しいこと~は、は~ぶん♬ ……前にお兄ちゃんが歌ってくれた歌だ」

「……え? そんなの歌ったっけ?」

「うんうん。……ん? 歌ったっけ?」

「あ……、え~っと、ほら、結構有名な歌だし、アタシが知ってたっていいだろ?」

「そうなんだ……あにオリかと思ってた」


 アニメオリジナルみたいな言い方すんな……。


「「楽しいこと~は、ふた~りぶん♬ 悲しいこと~は、は~ぶん♬」」


 二人で声を合わせて歌ってから、目を合わせてフフフッ、と目笑もくしょうする。


「あ、でも、今はユユさんも一緒だから、『楽しいこと~は、さんにんぶん♬ 悲しいこと~は、は~ぶん♬〟だね!」

「それなら、悲しいことも三分の一になるんじゃ……」


 その時。


「なんやなんや~?」


 いつの間にか洗体場から戻っていたユトリが、湯船に入りながら、


「二人とも、楽しそうやな?」

「あ、ユトりん、おかえり~! シャワー、どうだった?」

「いやぁ、これはほんま気持ちええな。おかげで泡もシャラシャラ~っと洗い流せたし、髪もめっちゃ洗いやすかったわ。おおきに!」

「それならよかった♪」

「ところで……なんかエロいな? 二人は、そういう関係なん?」


 ユトリの質問に、俺と澪緒は目を合わせると、慌てて体を離す。


「ちっ、ちげぇ——よ! 澪緒ちゃんがナーバスになってるみたいだったから、ちょ、ちょっと励ましてただけで……」

「ええってええって! 女の子同士かて、別に珍しいことやあらへん。そんだけのもん見せられたら、ウチかて、なんやムラムラしてくるしな」

「……え?」

「いやあ、ユユちんの身体、なんかエロいなぁ思て」


 ユトリの視線が俺の胸元に釘付けになっているのに気付き、慌てて両腕で隠す。

 ……が時すでに遅し。

 目の色が怪しく変わったユトリが十指をワキワキと動かし、妙な音楽を口ずさみながら湯船の中をゆっくりと近づいてくる。


「デ~デン♬ デ~デン♬ デンデンデンデンデンデンデンデン デレレ~♬」


——ジョーズかよ!


「そのけしからんデカ乳、ウチにも揉ませんか~い!」

「うんうん! ミオにも揉ませんか~い♪」


 と、なぜか澪緒まで調子にのってしまう。

 ま、まずいぞ!

 ユユの戦闘力は〝八〟。しかも、中に入ってる俺は〝五〟だ。

 どう考えても、三人の中ではユユがもっとも非力!

 このままでは、いいようにもてあそばれちまう!


「ば、ばかっ! おまえら、止めろ! お、女同士で、変だぞ!?」

「深夜アニメなら普通だよぉ♪ 楽しいこと~は三人分♬」

「せやせや! デカ乳は三人分や!」

「意味分かんねぇ——しっ!」


 湯船の中で、二人に押し倒された直後——。


「や、止めろって言ってんだろぉ! ……って、あ、あれ?」


 突然、目の前の光景が切り替わった。

 視界の真ん中に立っているのは服を着たユトリ……い、いや……、


「サトリか!?」




※引用

【楽しいこと~は、ふた~りぶん♬ 悲しいこと~は、は~ぶん♬】

曲名:ふたりはなかよし

作詞:日暮真三さん

作曲:渋谷毅さん

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