第二話 お風呂です!

01.湯けむりの中で

 そうか……そういうことか。

 恐らくさっきのPermutoペルムトという奇跡……あれもきっと、効果時間が決まっているタイプだったんだ。

 澪緒みおのボディブローでダメージを受けたせいで一時的に解除されていたが、痛みが治まったのでまた元に戻ったということか?


 ユユよりも少し背の低い澪緒が、首を傾げて下から覗き込んでくる。

 うぶ毛を湯気で光らせた、瑞々しい白桃色の肌。

 小振りだが、張りのある形の良い乳房。

 そんなことを確認している自分に気付いて何とか顔を背けようと頑張ってみるが、まるで視線が縫い付けられたように、澪緒から目を離すことができない。


——こっ、このままじゃダメだ!


「ねえ? ほんとにどうしたの?」


 再び澪緒に問いかけられて、硬直していた舌と口筋こうきんがようやく動きだす。


「ど、ど、どうもしない! オレ、もう出る!」

「オレ? 俺っ娘にイメチェン?」

「アタシ、もう出る!」

「ちょ、ちょっと待ってよユユさん! 今来たばかりじゃない!?」


 腕を組むように、グイッと俺の左腕をガッチリホールドする澪緒。

 む、無理だ……。力ではこいつに敵わない。

 と、そこへ、今度は右腕をギュッと抱きかかえてくる人影。


「せやで? せっかく来たのに、なにのうとしてんねん?」


 この、鈴を蹴り飛ばしたような声は……。


「ユトリ! おまえもいたのか!?」

「はあ? なに寝ぼけとんねん? 脱衣所でもずっと話しとったやん」


 まだ子供のような体つきながら、固い果実のような乳房の先の、紅を含んだ温かい突起が右腕に押し付けらると、膝から力が抜けて思わず倒れそうになる。


「ユユさん!?」

「ど、どないした!?」

「いや、ちょっと、のぼせそうになって……」

「なに眠たいことゆーてんの? まだ湯船にも入っとらへんやん!」

「うんうん、なんでそんなに顔が赤いの?」

「え~っと、あ、あれだ、急激な寒暖差によって血圧が変動したことによるヒートショックだ。脳卒中や心筋梗塞などを引き起こす原因にもなって——」

「おばあちゃんみたなこと言ってないでさっさと入ろうよ! ほら、鳥肌立ってる!」

「せやで。血圧が上がるっちゅうことは、頑張っとる証拠やで! ええ傾向や!」

(※違います)


——こいつの高血圧信奉はなんなんだ!?


 両脇から、二人に引き摺られるように湯船に近づいていくユユの身体。

 中世ヨーロッパでは、たる風呂のような一人用の浴槽が主流だったはずだが、湯けむりの中に現れたそれは、優に三十人以上は浸かれそうな石造りの浴槽だった。

 明り取りの大きな窓から差し込む自然光が、並々と満たされた湯面でキラキラと乱反射している。


 改めてよく観察してみると、浴室内や石床もほんのりと暖かいことに気が付く。

 古代ローマの大浴場テルマエのような暖房設備ハイポコーストでも備えているのだろうか?


「一番風呂はユユちんにくれたるわぁ! そぉ~れぇ~!」


 ユトリの掛け声に合わせ、二人に放り投げられるユユの身体。


「どうわぁ!」


 一瞬の浮遊感のあと、派手な水音を立てて頭からやや熱めの湯船に突っ込んだ。


「っぷはぁ——っ!」


 プールかよ!

 ヒートショックだっつってんのに、こいつら、なんて乱暴者なんだ!


「ほな、ウチは先に身体を洗わせてもらうなー」

「あ、ユトりん、これ貸してあげる! お兄ちゃんから借りてきたの」

「ああ、馬車で出しとったやつか。なんやねんこれ?」

「え~っとねぇ、ここを時計回りに回すとねぇ……」

「おわっ! お湯が出よった!」

「シャワーだよ。これがあれば、身体も髪もとっても洗いやすいよぉ」

「おお、こらええな! ほな使わせてもらうわ。あんたらは先に湯船で暖まっとき」


 ユトリの気配が消えると、澪緒も湯船に入ったのか、静まりかけていた湯面が再びゆらりと波打つ。


「ユユさん、なんでそんな端っこにいるの?」

「湯船のど真ん中には、いないだろ、普通……」

「それはそうだけどさぁ……でも、壁を見ながら背中を向けるって、暗くない?」

「いいんだよ! オレ……アタシは陰キャだから!」

「ふ~ん……。でも、こっちの世界に来ちゃったんだからさ、陰も陽もないよ。みんな、仲間でしょ?」

「そ、そうですか?」

「だからさ、こっち向いてよ。せっかくなんだし、いろいろ話そうよ。ユユさんのこといろいろ知りたいし、ユユさんだって、私のこと、まだよく知らないだろうし」

「いや、結構知ってるけど……」


 いつの間にか、義妹と一緒に風呂に入ることになってしまった……。

 今、ユユの意識はどうなってるんだろう? 俺の身体で寝ているのか?


 今さらPermutoペルムトで入れ替わってた事実を話せば、今度こそ澪緒に殺されそうだし、とりあえず怪しまれない程度に会話を交わしてさっさと切り上げよう。


 振り向くと、いつの間にかすぐ傍まで近づいていた澪緒が、浴槽内の段差部分に腰掛けてこちらを覗きこんでいる。

 湯けむりの中で、湯面に乱反射した西日が〝謎の光〟を発生させ、澪緒の大事な部分を上手く隠してくれていた。


——さ、さすがゲーム世界。これならなんとかなりそうだ……。


「ずっと気になってたんだけど、ユユさんってさ……この世界に転送されてもあんまり落胆してるように見えないんだけど、気のせい?」

「そうだなぁ……。そんな気はするな」

「なんでそんなに他人事ひとごとなのよ?」

「あ、いや、えっと……ほら! アタシ、向こうでもそんな楽しいこともなかったし、まあ、こういうのもアリかなぁ、って……」


 適当に答えてしまったが、実際、ユユのやつはどう思ってるんだろう?

 考えてみたら、ユユも澪緒も、俺が巻き込んじまったようなもんなんだよな……。


「ふ~ん……。でもさ、一緒に来たのが、例えば好きな男子とかだったら気分も上がるけど、ミオとお兄ちゃんだよ? その辺、どうなの?」

「え? ああ、まあ……澪緒ちゃんもいい子だし、あいつも、結構カッコイイし、意外と頼りがいがあるって言うか、優しいところもあるし……」


——思わず、自画自賛してしまった。


「あれれ? もしかしてユユさんって、本当にお兄ちゃんのことが——」

「ああ——っ! もういいじゃん、アタシのことは! それより、澪緒ちゃんこそどうなんだよ?」

「ミオ?」


 とりあえず、ユユの事を訊かれても俺も回答にきゅうする。

 あまり適当なことも言えないし、なるべくユユの事からは話を逸らさねば。


「ミオもねぇ~、まあ、ここはここで、結構いいかな? って思ってるんだ」

「へぇ……。それも、意外だな。だっておま……澪緒ちゃん、向こうでだってそこそこ楽しく過ごしてたんじゃないの?」

「ん? お兄ちゃんから聞いたの?」

「あ、いや、そんな気がしただけだけど……」

「ん~、そうだなぁ……」


 あごに人差し指を当て、首を傾けて考える仕草があざと可愛い……。


「確かに向こうも楽しかったけど、向こうにいるままだと、お兄ちゃんが約束守ってくれなそうだったからねぇ」

「……約束?」

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