Final.楪 柚葉
「
「え~、一緒に行くよ。たぶんミオのが強いし」
「確かにおまえの方が腕力もあるかもしれないが——」
「かもじゃないよね? そこははっきりしてるよね?」
「そうとも限らないだろ……」
「だってお兄ちゃん、ミオに腕相撲勝ったことないじゃん」
「腕力ってのはそう言う意味じゃないんだよ! 今重要なのは総合力——」
「普通の相撲も」
「い、いいからっ! 腕力でなんとかなる相手とも限らないし、リスクを負うのは最小限に抑えるべきだ。まずは俺一人で様子を見てくる。異論は認めない」
「へっぴり腰で?」
「黙ってろ!」
正直、そこそこビビッてる。
でも、いくらなんでも妹に様子見させて俺が後ろで待ってるなんて、兄の沽券に関わる問題だ。
そりゃ、いざとなればあの脳筋を頼ることもあるかもしれないが、負えるリスクはきちんと分散する。そういう姿を見せておくことが今後の二人の健全な関係性を構築をする上でも重要なことなのだ。
それに、一方で俺は別の可能性も視野に入れていた。
——もしかすると人間かもしれない。
あの高さの崖から落ちたのだ。もし人間であったなら怪我をしている可能性もある。何より今の状況を分析するための貴重な情報を得られるかもしれないのだ。
いろいろな意味で放ってはおけないし、バカには任せられないミッションだ。
どうする? 先に声を掛けてみるか?
しかし、もし害獣だったら……。
あるいは、澪緒の言うように得体の知れない存在だったら?
かえって刺激してしまうことにもなりかねないし、とりあえず最初は少し離れた場所から様子を見てからの方がいいかも?
へっぴり腰……ではなく身をかがめながら、何事もなく岸壁の手前まで辿り付く。やはり、近くで見ると崖壁に何かが滑り落ちたような跡が残っていた。
——対象はまだその辺りの草むらに潜んでいるのだろうか?
何か武器になりそうな物を持ってくればよかったな。
かと言って、澪緒が持ってた丸太みたいな木の枝では俺の手に余るだろうし、せめて手ごろな石でも……。
そう思って視線を下げた時だった。
ヒュンッという風切り音と共に、何かが俺の頬を掠めて飛んでいく。
——ッ!?
視線を上げると、再び目の前の草むらから握り拳ほどもありそうな石が飛び出してきた。
「どぅわっ!」
思わず、身体を起こして石を避けた次の瞬間——。
「うわぁぁぁぁ——っ!」
女性の大きな叫び声と共に、再び俺に向かって放たれる数個の石つぶて。
同時に、俺の視界の端に映りこんできたのは、草むらの向こうで座り込んでいた黒いフードローブの女子。年の頃は、俺と同年代だろうか。
「いてっ! いてっ! こらっ! ストォ——ップ!」
頭をガードしながら飛んできた石を弾き落とし、両腕の隙間からもう一度相手を覗き見る。
草や土で汚れた金髪のミディアムボブを振り乱し、少し吊り気味のキツそうな両目が、しかし今はギュッと閉じられていた。
振り上げられた彼女の右手には次の石弾が!
……しかし、それ以上石つぶてが放たれることはなかった。
「にん……げん?」
「そ、そうだ! 人間だ!」
ゆっくりと腕を下ろし、もう一度相手をよく見る。
胸元の大きなリボンで留められた腰丈のローブの下は、タイトスキンの長袖シャツに黒いミニのプリーツスカート。
すらりと伸びた両足にはシャフトが大きく広がった焦げ茶のミドルブーツ。
澪緒の前衛的な格好に比べたら、こちらのコスプレは随分と元ネタのイメージがしやすい。いわゆる、魔法使いスタイルだ。
——にしても、この女の顔、どっかで見たことがあるような……。
しかし、束の間の沈黙のあと、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「おまえって……」
「ん?」
「えっと……もしかして……」
「俺のこと知ってんの?」
少し口の悪そうな女が、小首を傾げて一瞬考えたあと、
「……人間?」
「知らないのかよ!」
「違う違う、ちょっと、本名が思い出せないだけで……もしかして〝セツメイ〟?」
「
「やっぱそうか! あたしだよあたし!」
「あたしっつわれても、金髪の知り合いなんか……」
「
ゆずりは? ユズリハ、ユズリハ……。
って、あの
「あの、ヤンキーの楪!?」
「うるせー! ヤンキーゆーな!」
楪と名乗った少女の投げた小石が、俺の額に命中する。
「イテッ! ……何すんだ馬鹿!」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ、バァ——カ!」
中学三年の時に一緒のクラスだった女子だ。
複雑な家庭環境だったらしく、学校を欠席することも多くてクラスの連中と絡んでいる場面もほとんど見たことはなかった。
俺も、
——俺のことなんて、よく覚えてたな……。
「楪……髪、金髪にしたのか?」
「気がついたらこんな色になってたんだよ」
「ってことは、楪も気づいたらここに?」
「ってことは、セツメイも?」
そこへ。
「お兄ちゃ~ん。もしかして、誰かいたの? 現地人?」
「ん? あ、ああ……いや、えっと……」
とりあえず、澪緒と楪それぞれに、お互いの紹介を済ませる。
これで、三人目か。いよいよ謎が深まってきたな……。
再び、楪の方を見下ろしたその時だった。
突如、空白の十三分間の記憶が頭の中に流れ込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます