03.急ぐ必要がありますの? ※
馬車の扉を開けると、
「あ! お兄ちゃんおかえりぃ!」
俺たちを出迎える
「ただいま。……ん? ティコはなんで耳塞いでんの?」
「ティコちゃんが、元いた世界のお話を聞かせてっていうから、適当に昔話を聞かせてあげてたんだよ」
「お話って、そういう意味じゃありませんの! 突然あんな痛そうなお話を聞かせるなんて
「仲良さそうでなにより。……つか、痛い昔話ってなんだよ?」
「耳無し芳一」
——下手か! 題材選び!
「それよりティコ、ちょっと馬車のシートを貸りていいか? この子の手当てをしたいんだ」
「構いませんけど……まあっ、酷いケガ! 一体どうされたんですの?」
「ギルドの帰りに、男たちに襲われていたところを助けたんだけど……」
俺とサトリでローブの少女を運び入れてロングシートに寝かせると、ティコが何かに気付いたように「あら?」と声を上げる。
「その子……え~っと、あれ……名前が出てきませんの」
「ん? 知り合い?」
「知り合いというか……確か、プラスローの孤児院の子ですの」
「マジ!?」
孤児院の子? 何でそんな子が
いや、そもそも村の運営は
「そんなこと、なんでティコが知ってんだ?」
「なぜって……一年前、サノワ地方の委領の話が出たときに、視察でプラスロー村を訪れておりますもの。その時に顔は見ておりますの」
「一年前に!? たった一回見ただけで!?」
「わたくし、人や動物の顔を覚えるのは得意ですの」
「動物も!?」
「はいですの」
——『能無しの能一つ』とは、よく言ったものだ……。
「今、何か失礼なことを考えている顔をしておりましたの……」
「え? 全然そんなことないけど?」
話していると、
すぐ横ではサトリが少女のローブを
「右肺に気胸、右腸骨に骨折、右上腕、及び左右大腿部に打撲……」
次々と負傷箇所を指示していく。
「以上、目立つ外傷は全部で九箇所ですが……すべて施術を行えば恐らく彼女の体力が持ちません。とりあえず、気胸と骨折の二箇所に処置を」
「分かった」
俺は二本の巻物の
すると、苦しそうだった少女の呼吸がしだいに落ち着き、青紫に変色していた唇や指の爪が徐々に赤味を取り戻していく。チアノーゼが解消されたようだ。
「ど……どうだ、サトリ?」
「容態は安定しています。しばらくは目覚めないと思いますが、この分であれば大丈夫でしょう」
「そっか、よかった……」
ふぅ——っと、思わず安堵のタメ息が漏れた。
すぐにユユが、
「でも、どうするんだ燐太郎? もう昼前だし、そろそろ出立しないと夕方までにプラスローに着かねぇんじゃねえの?」
「なんでしたら、今日はコシュマールにあるエスコフィエの別荘に泊まっていただいても——」
いや……と、俺はティコの言葉を途中で
「ティコの記憶が正しければ、ちょうどこの子もプラスローの出身なんだろう? すぐに出発して、一緒に村まで連れていこう」
「でも、この女の子も何か理由があって
「もちろん、そうだろうな」
娼館で客を取らされていたくらいだし、恐らく出稼ぎなどの労働目的でこの街にきていたのだろう。
ただ、あんな事件があった後でこの街に一人残していくわけにはいかない。たとえ戻すとしても、事情を聞いて問題がないと確認してからで遅くはないだろう。
「もし必要なら、後から馬車で街に送ってやることもできるんだろ?」
「村の
「うん……」
ティコにはまだ話していないが、気になるのは隣国シュルトワ公国の貴族、ギスラン・ティルによるプラスロー解放イベントだ。
もしかすると、プレイヤーである俺たちがベアトリクス側に付いたことで、イベント自体が消滅した可能性もある。
しかし、もし本当にそんなイベントが発生するとしたら、それこそ村の視察どころではなくなるだろう。
阻止に失敗すれば、ティコは国外追放になるかもしれないのだ。
いずれにせよ、今の段階ではすべてが不透明すぎる。
ネブラ・フィニスに来て以来、何か大きな流れに組み込まれているような居心地の悪さも感じるし、あまりのんびりはしていたくない。
「とりあえず、プラスローには可能な限り早めに入っておきたいんだ。期間も限られているし、少しでも長く視察に時間を使ってティコの役に立ちたいって言うか……」
俺の適当な説明に、感激したように胸の前で両手を合わせるティコ。
「わたくし、リンタローさんを少し誤解していたようですの! とてもお仕事熱心でいらっしゃいますの! 見直しましたの!」
「そ、そっか……つか、今までどう見られていたんだ?」
俺たちを乗せた馬車は、すぐにコシュマールを出発する。
三時間半ほどかけてプラスローの手前、約十ミーク(※十六キロ)の地点にある鉱山の街・エグジュペリに到着。
距離的には、すでに道程の三分の二ほどを消化しているのだが、ここから目的地まではなだらかな上りが続くため、
「この街で休憩を取りましょう」
サトリの提案に従い、馬繋場で馬を休ませつつエグジュペリで遅めの昼食を取ることにした。
ついでに、
ウォチュレット初体験でユトリのようにぐったりされないか心配だったが、ユユがちゃんと『本来の使い方』を説明したようだ。
「ちなみに、本来の使い方以外に何があるんだよ? サトリも教えてくれないし、澪緒もよく分かってなさそうだし……」
「うるせぇ。あたしだって知らねぇよ」
「でもおまえ、やったことあるから知ってたんだろ?」
「とっ、友だちから聞いた話だっつの!」
「噓つけ。おまえ、友だちなんていなかったじゃん」
「ぶっ殺すぞ!」
——まあ、進歩しすぎて逆に不便を感じることって、たまにあるよな。
「ディスエボリューションか……」
「ん? なんだって?」
「技術の進歩と幸福度は必ずしも比例しない、ってことだよ」
「……
「いや、男の俺から見ればウォチュレットはいいこと尽くめで何の問題もないように見えるけど、女子はいろいろ大変なんだな、って……」
約一時間後、食事休憩を終えて再びプラスローへ向かって出発する。
馬車が動き出してしばらく経ったころ、ローブの少女が目を覚ました。
※補足
【能無しの能一つ】
どんなに役に立たないものでも、何か一つは取り柄があること。
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