Final.恋愛は爆発だ

「な、泣いてねぇよ……目汗めあせだ、目汗!」

「めあせって、なに?」

「と、とにかく悪かったな、いろいろと。ヤンキーとか言ったことも……」

「ヤンキー? それと火傷やけどの話、なんか関係あんのか?」

「え? い、いや……」


 ユユのやつ、自分がヤンキーって言われてた理由に気づいてないのか?


「え~っと、なんつぅか……。よし! こうなったらおまえにも、俺の秘密を見せてやる!」

「秘密? っておい! 燐太郎りんたろう! なにパンツなんか脱いで……」

「これを見ろっ!」


 途中から俺の脳も、自らの行動にいかがなものかと警鐘を鳴らし始めていたが、ここまできたら止められない。

 ベルトを外し、スラックスと、さらにパンツまで下ろしてお尻をユユに向け、


「これはガキの頃、近所のバカ犬に咬みつかれてできた痕だ! しかも二つ!」


 自分では、何度も鏡で見ているから知っている。

 左右の臀部でんぶに、歯科検診で使う歯式図のようにくっきりと残された二つの犬の牙の痕。

 ユユが、両手で顔を覆いながら、


「ば、バカかおまえ! 何やってんだ! さ、さっさとズボン穿け!」

「俺は、これがものすごいコンプレックスだ! もし将来、好きな女の子とねんごろな関係になれたとしても、これで笑われないかと不安で不安で仕方ない!」

「な、何だよ懇ろって! と、とにかく早くしまえ!」

「だからユユも、火傷の痕なんて気にするな! 俺だってこの尻のせいで——」

「分かったからさっさとズボンを穿けっつってんだろ! ぶっ殺すぞ!!」

「アイテッ!」


 ユユにお尻を蹴り跳ばされ、ベルト部分を持ったまま前につんのめってしまった。


「イテテテテ……なにすんだよ急に!」

「そりゃこっちのセリフだっ!」

「ったく……乱暴なやつだなあ」


 立ち上がり、パンツとスラックスを腰まで上げ直す。


「燐太郎がいきなりきたねえケツ見せるからだろ!」

「汚えって……おまえそれ、セクハラだぞ?」

「さっきまで女子にケツ見せてたやつが言うセリフか⁉」


 ユユのやつ、意外とウブなのか?

 彼氏もいたみたいだし、いろいろ経験もあるだろうに、男の尻くらいで……。

 

「まあ、でも……」


 ユユが、頬を染めたまま顔を伏せ、


「その……あれだ、……りがと……」

「ん? よく聞こえなかっ——」

「いいんだよ! よく聞こえなかったならそれで! 何でもない!」

「ったく、何だよ? 気になるじゃん」


 その時。

 背後から聞こえた〝バキッ〟という音に振り向くと。


「あ……。開いちゃった」


 澪緒みおが、鍵を破壊してウエストポーチを開けていた。

 封印って、物理攻撃で壊せるのかよ……。


◇◇


「入っていたのは、これだけか……」


 ウエストポーチの中身で真っ先に目を引いたのが一枚の金貨と五枚の銀貨。

 ちょっとしたスポーツ大会のメダルくらいはありそうで、一つ百グラムは下らなそうだ。ポーチの重量の大部分はこの硬貨のせいだったらしい。

 金貨銀貨どちらにも、修道女風の女性が祈りを捧げるように手を合わせたレリーフが彫られている。


「これ、あのダジャレ女神じゃない?」と、澪緒。

「みたいだな」


 メメント・モリの世界でもっとも信者が多く一大勢力となっているのが、あのダジャレ女神を崇拝するエレイネス教だ。

 エレイネス教の総本山で鋳造ちゅうぞうされる金銀銅貨は、列国がそれぞれ独自流通させている名目貨幣とは違い、本位貨幣として人気が高い。

 当然、どの国でも換金可能の万能貨幣……というのがゲーム設定だった。


 その他、鞄の中からはオイルライターにコンパス、それと、タブレットのような薄い機械と、長さ二十センチ程の三本の巻物スクロールが出てきた。


 筒状に巻かれたスクロールのうち二本の封蝋ふうろうには〝ᛋᚠᛞᛣᛠᚠᛠᛊᛥサニターテム〟、残りの一本には〝ᛟᛊᛪᛣᚧᚠジェリダ〟の文字が刻まれている。

 タブレットの上部には〝ᚠᛞᛣᛥᚠᛥ ᛠᚢᚠᛥアニマム トゥアマ〟と刻印されていた。


「なんて書いてあるの、お兄ちゃん?」

sanitatemサニターテムgelidaジェリダ、それと、animam tuamアニマム トゥアマだな。ゲームにもあった、治癒の巻物と凍結の巻物だ。タブレットみたいな方はよく分かんないけど……意味は魂のナントカって感じだな」

「燐太郎……なんでそんな文字が読めるんだよ?」


 ユユが、いぶかしげに眉をひそめる。


「ゲームで使われてた文字だし」

「えっ……」

「あぁ~……、何も言うなよ!? それくらい、ちょっと熱心なユーザーなら誰だって覚えることだからな?」

「別に、何も言うつもりはねぇけど……キモくね?」

「言ってんじゃん!」


 澪緒が少し膨れながら、


「そう言えば、お兄ちゃんとゆずりはさん、いつのまに名前で呼び合ってるの?」


 俺とユユの間で視線を行き来させる。


「ああ、妹ちゃんも、あたしのことはユユでいいよ。あたしも、澪緒ちゃんって呼んでも?」

「それは構わないけど……まさかユユさん……お兄ちゃんと付き合い始めたとかじゃないよね!?」

「まっ、まさか! ないない! 絶対ない! だってあたしたち、今日の電車で一年半ぶりに会ったんだぞ?」

「時間は関係ないと思うよ? 恋愛は爆発だ! って言うし」

「それを言うなら、芸術じゃね?」

「とにかくパーティー内恋愛は禁止ね! リア充は爆発だ! って言うし」

「……せやな」


 ところでさぁ、と、澪緒が巻物の一本を持ち上げると、バトントワラーのようにくるくる回しながら俺の方へ向き直る。


「治癒の巻物ってことはさ、これでユユさんの足の怪我も治るんじゃない?」

「うん。ゲーム内にも治癒の巻物ってのがあって、治癒魔法と同じ効果があったし、あの女神の言う事が本当なら、イケるはず」

「よし、じゃあ、早速使ってみようよ!」

「ちょ、ちょっと待てよ!」


 目をキラキラさせた澪緒の言葉を、慌てて遮ったのはユユだ。


「それって、二本しかないんだろ? 治癒の巻物ってかなり貴重品なんじゃ?」

「ゲーム的には貴重品というほどでもないな。まあ、お金はいくらでも稼げた世界の話だから参考にはできないけど」

「捻挫くらいそのうち治るし、もうちょっと慎重になった方がいいんじゃね?」

「いや、捻挫を甘くみるな。癖になったら大変だぞ?」

「そりゃそうかもだけど……」

「それに、取っておいたって実践で試したことのある物じゃなきゃ、いざと言う時に使い辛いじゃん。澪緒だって、そう思って言ってるんだろ?」

「え? あ……うん、そうね?」


 違うのか。

 さては、単に使ってみたかっただけだなこいつ。


「まあ、切り傷や虫刺されくらいならさすがにアレだけど、捻挫なら立派な重傷だ。使用法を確かめる意味でも使ってみる価値はある」

「っていうか……なんか、怖くね?」

「え? もしかしてユユ、びびってんの?」

「ちっ、ちげぇよ馬鹿! 誰がそんなもんにビビるかっつぅの! やれよ! 実験台になってやるよ!」

「別に実験台とか、そんなつもりじゃないけど……」


 俺は、治癒の巻物を一本手に取ると、ゆっくりと封蝋を解いた。

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