第四話 それぞれの加護
01.バケモノがいる
「……どうだ?」
「うん……」
左足首を、何度かグルグルと回して感覚を確かめるユユ。
「全然痛くない……。治った」
「そっか、よかった」
開いた巻物には詠唱呪文と説明書きが記されていた。
もっとも、詠唱は奇跡名でもある〝
あとは、詠唱と同時に浮かび上がった魔法円を、指先で操作して患部に移動させてやれば施術は完了だった。
説明書きによれば、治せるのは過去二十四時間以内に負った怪我のみ。
さらに、怪我の程度や施術の頻度、奇跡のランクによって患者の体力が奪われるので、濫用も厳禁とのこと。当然だが、体力の残っている生存者限定だ。
「立てるか?」
「んっ」
ユユは立ち上がると、体の調子を確認するように小走りで駆けたり、軽くジャンプをしてから、再び俺の方に向き直る。
「大丈夫、痛くねぇ……不思議だ……」
「とりあえず、よかった」
今まではまだ、なんとなく夢の中のような気分でいたのが、奇跡を目の当たりにしたことによっていよいよゲームの世界にやってきた実感が湧いてくる。
巻物から飛び出す魔法円。
医者でもない俺が簡単に怪我を治せる世界。
ゲーム内であったなら何てことのない日常風景も、これまでとはまったく違う現実の中に放り込まれたのだと実感するには十分な事象だった。
「あとは、これだね」と、澪緒が
〝
名前から察するに、恐らく俺たちの状況や状態を確認するためのものだろう。
一つだけ付いていた突起を押すと、画面がボヤンと淡く光り、▼の形をした赤い点が現れる。見た目はまさにタブレットだ。
「その三角は、何?」
俺の隣にきて一緒に画面を覗き込みながら澪緒が質問すると、
「現在位置かな?」と、反対隣に来たユユが答える。
「……うん。どうやら地図みたいだ」
▼の下に、わずかに緑色に変わったエリアが示されている。
ピンチアウトで拡大すると、どうやら俺だけじゃなく、澪緒やユユが歩いた範囲も明るく示されているようだ。
さらに、赤い▼に重なるように、二つの青い▼も一塊りになっているのが見えた。
「赤い三角は俺、青い三角はおまえらの現在地を示してるんじゃないかな?」
どうやら、マッピング機能付きGPS端末のような代物らしい。
「なんでお兄ちゃんだけ赤?」
「多分、リーダーだからってことじゃないか」
「ふぅん……その、横に並んでるのは?」
「俺たちの名前だ。ちょっと待って、言語を切り替える」
表示言語のドロップダウンリストから〝
「あ! 日本語に変わった! ちょっと貸して!」
「あっ、こら!」
澪緒が俺の手からヒョイッとアニタブを奪い自分で操作を始めたので、今度は俺とユユが澪緒の左右から顔を寄せ、三人で画面を覗き込む。
「ミオ・ユリカモメ、十五歳、キャラクターレベル1、血液型B型、九月二十日生まれ、職号、戦闘メイドだってぇ~! ヤバいウケる!」
——どこにウケる要素が?
「
「どっちもレベル1なのか……」
「どうやって上げるの?」
「ゲームではスキルに関連する行動を重ねればスキレベがアップしたけど……」
絶対防御をタップしてみると〝加護レベルよりキャラクターレベルの低い相手からの悪意ある攻撃を無効化〟とある。
ゲームと一緒の効果をもった
〝悪意ある〟とあるからフレンドリーファイアで上げることは無理だろうな。
実戦——どんなものかは分からないけれど——で上げるしかなさそうだ。
「え~っとぉ、現在の装備はぁ、エプロンドレス・アーマーに、バーサイタル・マチェットだって。……バーサイタルって、どういう意味?」
「用途が広いとか、可変とか、そういう意味だ。ただの英単語だぞ?」
「うわ。何か嫌味な言い方! そうやって、ミオをバカにするの禁止です」
「別に馬鹿にしたわけじゃ……」
「言っておくけどこの世界ではミオは戦闘メイドで、お兄ちゃんは愚者なんだからね? 愚者! すなわち、愚か者! 愚かなる者!」
「言い方変えてるだけじゃん……」
「もしかするとタメ口利けるような関係じゃないかもよ?」
「ゆーて戦闘メイドだってなんぼのもん? って話では?」
「愚か者よりは絶対マシだよ! ねえ、ユユさん?」
「まあ、愚か者よりは、な……」
——くっ。
「で? その戦闘メイドご自慢の
「う~ん……ちょっと待ってね」
澪緒がバーサイタルマチェットの文字をタップすると、画面に現れたのは人型の線画。さらに、耳の辺りが赤く点滅している。
「え~っと、なになに、これが召喚ワード? りあらいず?」
突如、澪緒の両耳に付いていたフープピアスが青白く輝いたかと思うと、光の玉となって澪緒の両手に移動し、さらに細長く変形していく。
「きゃっ!」
「うわっ、と!」
澪緒が放り投げたアニタブを俺がキャッチしている間に、光球は二本のマチェットに変わり、澪緒の黒いタイトグローブの掌に収まっていた。
刃渡りは五十センチほどで、ブレードバックに
俺はゲーム内でも使ったことはなかったが、シーフやレンジャーなどサバイバル系のスキルを持っているキャラがよく使っていた得物だ。
「すごぉ~い! でも、可愛さはビミョォ~!」
「バーサイタルウェポンだから、他の型にもなるはずだぞ? え~っと、詠唱ワードは……トランスフォームか?」
ゲームならキーボードで一発だったんだけどな。
「とらんすふぉおむ? ……って、あわわわ!」
澪緒がオウム返しで答えた次の瞬間、二本のマチェットが再び光に包まれ、一つにまとまって澪緒の右手に収まる。
慌てて立ち上がる澪緒。だが、しかし……。
「でっか!」
剣先に向かうほどブレードの幅が広くなる、長方形型の諸刃大剣。
手元のショルダー(※刀区)でも幅十五センチはありそうだが、カッティングエッジ(※刃先)付近はさらに十センチほど広くなっているんじゃないだろうか?
ショルダー付近に埋め込まれた、碧い大きな宝石が目を惹く。アクアマリンかラピスラズリか……あるいはサファイアかもしれない。
刀身だけでも一メートルを二、三十センチは超える長さ。
柄を合わせれば、百五十センチ台後半の澪緒の背丈をも超すであろう両手持ちの超大剣を、しかしウチの脳筋妹は軽々と片手で振って風切り音を響かせる。
「おおおおっ! これいいっ! 可愛い! これならどんなバケモノがきても撫で斬りだよ!」
そんな澪緒を指差しながら、ユユが口をぱくつかせて。
「おい燐太郎……あそこに、
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