Final.最終的な目的

 翌日、もう一日みんなでコシュマール散策を楽しみ、大聖堂には二日目の日曜日におもむいた。平日は、大司教も他の教区を回っていることが多いが、日曜には必ずミサで戻ってくると聞いていたからだ。


 事前にサノワ領主の名でアポも取っておいたので面会はスムーズに行われた。

 俺の見込み通り、皮膚疾患に悩んでいたのはクリストフ大司教本人だった。


 もっとも、たとえ他の司教だったとしてもそれなりの官位の者なら、クリストフをプラスローに呼ぶ糸口にはできたと思うが。


「なるほど、貴家で始めた温泉とやらでの湯治とうじは、それほど皮膚病に良いのですか」

「はいですの」

「どうしてその話を私のところへ?」

「市中で施療官募集のチラシをお見掛けしまして、辺境貴族なれど同じ教区の一信者として少しでもお力になれればと、ただそれだけですの」

「しかも、無償でよいとはなんと広量な……」

「信仰心のたまものですの」


 クリストフの症状は、見たところ慢性単純性苔癬たいせん——いわゆる神経皮膚炎で特に重篤じゅうとくなものではなさそうだが、かゆいから掻く、掻くから痒くなるという悪循環を繰り返すためステロイドなどの塗り薬がないとなかなか治らない。


 さらに、還暦を過ぎたよわいながら、でっぷりとした彼の肥満体形からは様々な生活習慣病を抱えているであろうことも予想された。


 まさに、硫黄泉の効能にはうってつけの症状だ。


 市中に施療官募集のチラシを配るくらいだから、クリストフ本人はそれなりに悩んでいたのだろう。

 話をしている途中でも脇腹のあたりを、おそらく無意識に掻きむしるような場面が何度かあった。


「今週は執務も少ないし、日程を調整してテルマエ・サノワエとやらに足を運んでみるとしよう」

「お待ちしておりますの。大司教様にエレイネスのご加護を」


 温泉の話に興味を示したクリストフからすぐに日程調整の指示が出され、その場で、三日後にプラスローを訪れることが決まった。

 俺達もその日のうちに馬車を調達して村へ戻り、早速大司教を迎える準備を進めることにした。


「でもさ、あの大司教を温泉に入れたからって、ミオたちになんの得があるの?」


 帰りの馬車の中で澪緒が尋ねてきた。


「そりゃあ、大司教っていうくらいだからかなりの権力者でもあるし、懇意こんいにできればいろいろメリットもあるだろ」

「でも、温泉の効果なんてそんなにすぐに出るものじゃないでしょ?」

「まあな。医者とは違うし」

「もしあんな所まで行って『効果ありませんでした~』なんてことになったら、めっちゃ不機嫌になりそうじゃない?」

「ん~それはどうか分からないけど……」

「あんなやつに何日も貸すより、ミオに毎日使わせた方が恩返しも期待できるのに!」

「おまえは恩をあだで返すからな……」


 薬湯などは普通の浴場でも行われているそうなので、湯治の効能に即効性がないのはクリストフも承知しているだろうし、ウリは温泉だけじゃない。

 イクイップメントで生成した各種設備もそうだし、この世界ではお目にかかれないような晩餐メニューも〝テルマエ・サノワエ〟の魅力だ。


「温泉も含めてプラスローでの余暇を気にってくれればそれでいい。そこまでいけば恐らく、最終的な目的も達成できる」

「最終的な目的?」


 元の世界における大聖堂の定義と言うのは、同じ宗教でも宗派によっていろいろあったので一概には言えないが、メメント・モリにおいて大聖堂カテドラルか否かを分けるのはただ一点、〝司教座カテドラの有無〟だけだ。


 司教座カテドラとは文字通り大司教が執務を執り行うための椅子のことだが、ゲーム内では実用的な意味合いよりも概念的な意味合いが強く、司教座カテドラに関する決定は大司教の専権事項になっていた。


 つまり、どの教会や聖堂に司教座を設置するかはその教区への貢献度……有体に言えば、大司教からの覚えの良さ・・・・・が大きく影響すると言うことだ。


「最終的には、村の教会に司教座を置いてもらうことが目標だ」

「え? それだけ? こんなに苦労して、椅子を置くだけ?」

「だけっちゃだけだが……」

「そんなことのために怒られる危険まで冒して? ハイリスクノータリーンじゃん!」

「脳たりーんはおまえだ」

「うるさい! どうしてその椅子が必要なのかって聞いてんの!」

「いや、だからそれをさっきから話してたつもりなんだが……。司教座カテドラが設置できればプラスロー村の教会も大聖堂カテドラル扱いになるだろ?」

「うん……。あ! ファストトラベルか!」


——やっと通じた……。


 ファストトラベルの移動先が大聖堂に限定されているなら、プラスローの教会を大聖堂扱いにしてもらえばいい。

 昔、ゲーム内でも大司教の依頼を達成して移動先を増やすクエストがあったことを思い出し、それと同じことをしようとしているのだ。




 かくして二日後、クリストフ大司教の一回目の来訪は好評のうちに終わり、引き続き定期的に湯治に訪れる約束を取り付けることに成功。

 二回目の来訪時にはクリストフの方から司教座カテドラ設置に関する話があり、当然のことながら俺たちはそれを二つ返事で拝領することにした。


 ファストトラベルの移動先にプラスローが追加されたのは、その翌日の事だった。




 それから半月が経過した。

 クリストフが、村のことを信者に喧伝けんでんしてくれたことも手伝って、プラスローの祭りも大盛況のうちに終わった。


 ただ一つ〝プラスロー解放クエスト〟という懸案事項は残ったが、あれは何も知らないティコが暴君に仕立て上げられて起こるイベントのはずだった。


 今は領主の職責がティコを成長させ、領民もまた新領主の登場を心から歓迎している。

 首謀者のマクシムも追放した。

 あのクエストのフラグは折ったと考えていいだろう。


——うん。この村もティコも、もう大丈夫だ。俺たちの役目は終わった。


「……と言うわけで、明後日、村を出ようと思う」


 俺は、部屋に澪緒とユユとサトリを集めて伝えた。


「ええ~っ! どうしたの急に!?」と、澪緒が目を丸くする。

「急にじゃない。少し前からそうしようと思ってたんだ」

「ティコには? 伝えたのか?」そう訊いてきたのはユユだ。

「いや……ティコには明日伝える」

「明日って……発つ前日じゃん! あいつ、怒るぜ絶対」


 分かっている。

 予定では今月一杯は滞在の予定だったし、いきなり二週間も前倒ししたらティコも難色を示すのは想像に難くない。


 ただ、警戒すべきはエリザベートの方だ。

 彼女のオーラはヤバい。

 最初は見抜けなかったが、面会を重ねる度にはっきりしてきたのは柔和さと老獪ろうかいさを併せ持つ海千山千の色相だ。

 AIがあそこまで複雑な色相を再現できたのは驚愕だが、マクシムにも似たオーラがあったことを考えればあり得ない話ではない。

 一介の男子高生なんかが太刀打ちできる相手ではないと俺の直感が警鐘を鳴らしている。


 予定が知られればまた、あの手この手でティコとの縁組を進めるために強引な策を講じてくるかもしれない。

 現に今でも、何かを企んでいるような空気がひしひしと伝わってくる。

 うやむやにしたまま逃げるように村を出るのは気が引けるが、かと言って俺があのエリザベートの手練手管に対抗できるとはとても思えないのだ。


——物理的な距離を取れば、彼女もきっと諦めてくれるだろう。


「あーあ、ティコちゃんも一緒に来ないかなぁ? お兄ちゃんから誘ってみたら?」

「それは無理だろう。領主が領地を長く空けるわけにはいかないからな」



 そして二日後の朝——。


 見送りに集まってきた領民達と共に、俺達は村の広場に立っていた。

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