俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、オトゲーがやりたいらしい。
休日のゲームセンターは相変わらず人が多かった。家族連れやゲーマーたちが、いろいろなゲームを楽しむ中、俺の隣にいる小野寺さんは物珍しいような表情でキョロキョロと周囲を見渡していた。
様々な音が騒がしく鳴り響くカオスな空間で、小野寺さんがジッと俺の顔を見る。
「ここが倉雲君がよく行ってるゲームセンターね。初めて来たわ。それで、倉雲君は普段、どんなゲームをやってるの?」
「格ゲーや音ゲーをやることが多いな」と正直な答えを口にしたところで、すかさず両手を叩き、言葉を続けた。
「じゃあ、今日は一緒に音ゲーやろう。俺が格ゲーやってるところ見ても面白くないだろう」
この日のために何度も頭の中でシミュレーションしたセリフを口にして、チラっと小野寺さんの顔を見る。すると、小野寺さんは目を輝かせていた。
「一緒にオトゲー。楽しそう。オトゲーって何?」
明るい表情で首を傾げた小野寺さんを見て、頭を掻く。
「音楽ゲームっていうヤツで、まあ、音楽に合わせてボタンとか押す感じのゲームだな。ザックリとした説明で分かりにくいと思うけど、一緒に遊ぶんだったら、ハーモニーアイランドがいいと思う。流れてくる音符に合わせて、2つのボタンを押すだけのヤツで、操作も簡単。もちろん2人一緒に協力して遊ぶこともできるんだ」
説明しながら、音ゲーが集められたエリアに足を運ぶ。そんな時、俺の頭に疑問が浮かんだ。唐突に立ち止まり、警戒しながら小野寺さんの顔を見る。
「小野寺さん。聞きたいことがある。小声で俺に耳打ちする感じで答えてほしい」
「初めての内緒話かぁ。聞きたいことって何?」
少なからずある身長差を埋めるため、その場で中腰になって、連れの女の子に耳打ちした。なぜか恥ずかしくなって、自分の顔が火照っていることに気付かないまま、疑問を口にした。
「お小遣いいくら持ってきているんだ?」
一歩後ろに下がり、顔を小野寺さんの方に向けると、頬を赤く染めて、クスっと笑っていた。
「こんなところで、私の気持ちを確認するのかと思った。そうね。100……」
「こんなところで100万っていうな! その金を狙って悪い人が襲ってくるかもしれないだろう。連れの俺は弱弱しいから、簡単に奪えそうだって悪いヤツは考えるだろうな」
慌てて小野寺さんの発言を遮った。すると、目の前の女の子は、からかうようにイタズラな笑みを浮かべた。
「もし、そうなったら、私のこと守ってくれる?」
「ああ、一緒に逃げて交番に駆けこむ形になると思うけどな」
こんな答えを聞き、小野寺さんは笑顔になる。
「そうなんだ。嬉しいかも。えっと、さっきの答えだけど、100円玉に両替してもらった2千円。こういうところの相場を友達に聞いて、予算を用意したつもりだけど、少なかったかな?」
予想外な答えを聞き、俺の顔は真っ赤になった。
「恥ずかしい。ここでお金持ちアピールをやりかねないと考えた俺はバカだった」
「大体、このショルダーバックに100万なんて入るわけないでしょう」
逆転ツッコミに思わず苦笑いしていたら、ハーモニーアイランドをプレイしている子供たちがいなくなっていた。今ならすぐにプレイできる。そう思いながら、一歩を踏み出した。
いつものように、ジーパンのポケットから長財布を取り出し、100円玉1枚と黄金色のカードを取り出す。その仕草を見て、小野寺さんは目を丸くした。
「そのカードは?」という疑問の声に反応し、足が止め、顔を合わせる。
「パラガスカードだ。このカードを使ったら、ゲームのデータを保存できる。もちろん、これを使わなくてもゲームで遊べるんだが……」
「どこで買えるの?」
「店内にある自動販売機で買えるんだけど、小野寺さん、まさか……」
「うん、倉雲君と同じカードが欲しい」
予想外な答えが聞こえた後、俺は溜息を吐く。
「正直に話す。俺と同じカードは買えないんだ。コイツは半年くらい前のキャンペーンの抽選で当たったヤツだからな。ここで買ったら、ノーマルな白いカードが手に入るだけだ」
「ふーん。そうなんだ」
目を泳がせた小野寺さんを見た瞬間、何を考えているのか分かった気がした。
「まさか、俺以外の当選者を探して、大金と引き換えにゴールドカードを手に入れるつもりか?」
「そんなことしないよ」
駅前にリムジンを停車させ俺の前に現れた彼女ならやりかねないと思いつつ、赤と青のボタンが取り付けられた横長の長方形の前に立つ。そんな時、俺の右隣にいた小野寺さんは、画面に表示されたクレジットを見て、目を丸くする。
「あっ、シャイニングビルド社のゲームだったんだね。この会社のプログラマーさんに会ったことがあるわ」
「そんな知り合いがいるのかよ」
「パーティーで何度か会ったことがあるだけだけどね」
「一度でいいから、そんなセリフ言ってみたい」と本音を口にしてから、画面を見ると、緑豊かな島々を見下ろしながら、白い鳥が飛んでいくという見慣れた映像が流れた。そのままハーモニーアイランドというロゴが表示される。
すぐに100円玉を手にしていた右手をコイン投入口の穴に入れようとした。だが、その腕に何かがぶつかる。咄嗟に右を見ると、小野寺さんの左腕が俺の右腕に触れていた。
「あっ、ごめんなさい。えっと、その穴にコインを入れるんだって思ったら、勝手に体が動いちゃったわ」
手を合わせ謝る小野寺さんを見て、俺はドキっとした。
「別にいいさ。先に100円入れていいよ」
「じゃあ、一緒に入れよっか?」
少し距離を詰めた小野寺さんがそう頬を染めながら語ると、俺の心臓の鼓動が強くなる。だが、そんな思いよりも先にツッコミが出てしまった。
「大きさ的に無理だろ」
いつものノリでツッコミを入れてしまい、自分の顔が青くなった気がした。ここはあんなことをいうべきではなかったのではないかという後悔が生まれる。
「言われてみたら、確かに100円玉1枚が通るのがやっとな大きさしかないね」
そんな明るい声が横から聞こえた。どうやら小野寺さんは、さっきのツッコミを気にしていないらしい。安心したところで、今度は裾が優しく引っ張られる。
「はやく遊ぼうよ」
異性に裾を引っ張られ、心臓が飛び出そうになった。顔がニヤけているような感じもする。小野寺さんがいつも以上に積極的すぎる。
「そうだ……なっ」
その瞬間、周りから多くの視線を感じ取った。まさかと思い、周囲を見渡すと、多くの人が和やかな表情でこっちを見ているのが分かる。
まさか、今までのやりとりと見られていたのではないかと思うと、急に恥ずかしくなり、赤く染め上がった顔を隠すことしかできなくなった。ゲーム的な表現をするならば、HP0の瀕死状態。にもかかわらず、小野寺さんは笑顔でトドメを刺す。
「もしかして、周りから見たら、私たち付き合ってるように見えるのかな?」
「ぐわぁ。やられた」
周りの和やかな視線で強化された超必殺技でオーバーキル。なぜか、ヒーローごっこで負けた怪人のようなセリフが出てきて、そのまま腰を抜かす。もはや意味不明な反応を見て、小野寺さんはクスっと笑いながら、右手を差し出した。
「そのリアクション、面白いね。私はイヤじゃないよ」
ヒューヒューというような茶化すような音も聞こえ始め、仕方ないと首を縦に振る。差し出された手を掴み、起き上がると、すぐに小野寺さんの腕を引っ張った。
「逃げるぞ」
「えっ、もしかして例のスパイがあの中に!」
「そんな感じもするって、違う。スパイじゃなくて、クラスメイトな」
狭いゲームセンターを駆け抜け、自動ドアを潜り外に出る。なんとか恥ずかしい空間から逃げることができてホッとしたが、同時に溜息も出る。後ろにある行きつけのゲームセンターを見上げながら、隣にいる小野寺さんに頭を下げた。
「ごめん。一緒にゲームやろうと思ったのに、恥ずかしくなって逃げた。俺は楽しみを奪った最低な男だ」
「そんなことないよ。私は倉雲君と一緒なだけで楽しいから。なんか、愛の逃避行みたいで面白かった。それで、これからどうするの?」
こんな俺を認めてくれる小野寺さんは天使のようだと思った。この笑顔を見る度にニヤニヤしてしまう。この気持ちをあえて隠しながら、平静を保ちつつ答える。
「そうだな。ホントは時間までゲーセンで時間つぶすつもりだったから、何も考えてない。どこか行きたいところあるか?」
「倉雲君が行きたいとこなら、どこでもいいよ♪」
「じゃあ、商店街で何かイベントあるみたいだから、それを見に行くか?」
「それいいかも」
次の目的地も決まり、俺たちは商店街の方へ歩きだした。
車の乗り入れが禁止され、歩行者天国のようになった商店街を2人並んでトボトボと歩いていく。商店街の中央に位置する場所には、多くの人だかりができていた。おそらく、あそこでイベントが始まるのだろう。
しばらくすると、そこに裾が長い白パーカーを着た2人女の子がステージに上がり、頭を下げた。
「みなさん。今日は私たち、ツインアイテムのファーストライブにお越しいただきありがとうございます。地元を盛り上げるため、今日も精一杯な応援、よろしくお願いします♪」
どこかで聞き覚えのある声を聴き、何かが引っかかった。隣にいる小野寺さんも首を捻り唸っている。
まさかと思い、前に詰め、特設ステージ上に立つ女の子の顔を見上げる。
「ウソだろ!」
思わずそんな声を漏らした俺は、目を大きく見開いた。そこでマイクを握っていたのは、いいんちょ。椎葉流紀だった。
まさか、あのいいんちょがローカルアイドルとして活動していたとは。この事実に驚愕していると、後ろからまた聞き覚えのある声が聞こえた。
「ああ。やっぱり来ちゃったか」
この声に反応し、後ろを振り向くと、真っ白なワンピース姿の女の子が立っていた。その顔を見た瞬間、さらなる衝撃が襲う。
「いいんちょが2人いるだと!」
まるでドッペルゲンガーのように現れたいいんちょは、優しく微笑んだ。
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