俺のクラスの学級委員長は、謝りたいらしい。
夕焼けの空の下、ブランコと滑り台しかない小さな公園に、ウチのクラスの学級委員長は姿を見せた。
いいんちょは、俺の隣に東野さんがいることに気が付くと、すぐに視線を逸らし、公園で遊ぶ子どもたちに向ける。
一方で、俺は首を傾げながら、右隣にいる東野さんに耳打ちした。
「まさか、いいんちょと仲直りする場を設けてくれたのか?」
そんな問いかけを口にすると、東野さんは首を左右に振る。
「ううん。そんなことしてないよ。私も驚いてるから。どうしてこの公園に来たんだって……」
驚き顔の東野さんが、前方から歩み寄る双子の姉に視線を向ける。
「ちょっとイヤなことがあったら、ここに来るんだよ。そんなことより、流香。倉雲くんと公園デートしてるの?」
気を遣い偽名で名を呼ぶいいんちょが、俺たちの前に立った。
それからすぐに、俺は頭を下げ、左手で持っていたレジ袋を、いいんちょの前に差し出す。
「いいんちょ。俺が悪かった。これからブックカフェに行くつもりだったんだが、ここで会えたんだ。お詫びの品として、近所で評判のマリトッツォを買ってきた。だから、許してくれ!」
誠心誠意を込め、いいんちょの前で謝罪する。
そうして、顔を上げようとすると、なぜかウチのクラスの学級委員長も頭を下げていた。
「こちらこそ、ごめんなさい。意図的にクラスメイトを避けるなんて、私、最低だわ」
「まあまあ。二人とも頭を上げて。詳しい事情は聴くつもりはないけど、そうやってお互いに謝れたんだから、いいじゃない!」
俺といいんちょの間に入った東野さんが両手を広げる。
すると、いいんちょは顔を上げ、クスっと笑った。
「まさか、あなたに仲裁されるなんてね。それにしても、倉雲くんって素直だね。ケンカしてるつもりもなかったから、わざわざ謝らなくても良かったのに……」
「えっと、それはどういうことなんだ?」
いいんちょの真意が分からず、俺は首を捻った。すると、ウチのクラスの学級委員長は、額に右手を置く。
「昨日の電話で、倉雲くん、言ったでしょ? もしかしたら、椎葉流紀は倉雲くんのことが好きなんじゃないかって。そう指摘してきた倉雲くんとどんな顔をして接すればいいのか分からなくなって、避けてしまった。それが真相です」
「どんな顔をして接すればいいのか分からなくなったって、ウチのお母さんと同じじゃない! この母にして、この娘あり!」
現役人気アイドルのツッコミに対して、いいんちょは溜息を吐き出した。
「私、嫌いなお母さんと似てきてるのかな? 自分のこと嫌いになりそう」
「あれ? この前は大嫌いなお母さんって言ってなかったか?」
「ちょっと、待って。それなら、すごい進歩だよ! 大嫌いから嫌いにランクアップしてる!」
俺の指摘を耳にした東野さんが目を輝かせる。その一方で、いいんちょは怒りの視線を俺たちに向ける。
「全然、進歩してないから。まだ、お母さんのこと許せてないからね! 今週の日曜、そんなお母さんと親子デートなんて、憂鬱な気分だよ」
怒りから一転して、溜息を吐き出したウチのクラスの学級委員長と顔を合わせた俺は、目を見開いた。
「いいんちょ、今週末に親子デートするのかよ!」
「そうだよ。でも、どうして、そんなに驚いてるの?」
俺の反応に疑問に思う、ウチのクラスの学級委員長が首を捻る。
それに対して、俺は首を縦に動かした。
「今週の日曜、心美と俺のお父さんがお出かけするんだ。すごい偶然だなって思ってな」
「へぇ。そっちは義理の親子デートなんだ。まあ、私は予定入ってるから、流紀姉ちゃんとお母さんのフォローができないんだけどね」
俺の話に興味を示した東野さんの近くで、いいんちょは腑に落ちない表情を浮かべる。
「心美ちゃん、どうして義理のお父さんとの親子デートなんてするんだろ?」
「そうなんだよなぁ。心美、当日は俺が出かけないように監視しろってお母さんに命令してたし、行先とかも教えてもらえなかった。なんか、俺のお父さんと2人きりで話したいことがあるって言ってたが、一体、なんなんだろうな?」
「義理のお父さんと2人きりで話したいこと。全く想像できないけど、気になるね」
近くで俺たちの話を聞いていた東野さんが同意を示す。
すると、いいんちょは「あっ」と声を漏らした。その声に反応し、俺と東野さんが
いいんちょに注目する。
「心美ちゃんが倉雲くんのお父さんとお出かけする理由、分かったかも。もうすぐクリスマスだから、倉雲くんのお父さんに、倉雲くんのことを聞いて、彼氏が喜びそうなクリスマスプレゼントを一緒に買う。それが目的だったんだよ!」
そんな学級委員長の推理を耳にした東野さんは納得の表情になる。
「流紀姉ちゃんの推理、正解かも」
「でもなぁ。お父さんは不在のことが多いし、そういうことなら俺のお母さんの方が詳しいと思うぞ。だから、その推理、間違ってる気がして……」
東野さんとは違い、腑に落ちない表情になった俺の前で、いいんちょは首を捻る。
「うーん。じゃあ、単純に倉雲くんのお父さんの口から、大好きな彼氏のことが聞きたかったから。これなら、どう?」
「ああ、手がかりがなさ過ぎて、もうそれしか思いつかん」
なんとか、いいんちょが導き出した答えに納得しようとしたところで、ウチのクラスの学級委員長が視線を、俺の右隣にいる東野さんに向ける。
「ところで、こんなところで油売ってって大丈夫?」
「大丈夫だよ。今日のお仕事は終わってるから、これから家に顔を出すつもり。倉雲くんが買ってきてくれたマリトッツォを流紀姉ちゃんと一緒に食べようかな?」
「あっ、近所で評判のマリトッツォ、買ってきてくれたんだっけ? 私、あの店のマリトッツォ、一度も食べたことないから、楽しみ」
そう言いながら、いいんちょは、俺が手にしていたレジ袋を手に取る。
「あっ、こっちの袋は俺のだから」
2つ横に並べられ、1つのレジ袋に入れられた紙袋の内、右側に入った紙袋を俺が抜き取る。
それから、念のために一度、紙袋を開け、中身を確認すると、その紙袋を右手で握りなおした。
「ふーん。そうなんだ。じゃあ、私たちはここで失礼するわ」
優しく微笑んだ、ウチのクラスの学級委員長が、俺に背を向ける。
それから、一歩遅れて、東野さんもいいんちょの後姿に続いた。
そんな学級委員長の後姿を、俺は呼び止める。
「いいんちょ、言い忘れてた。自分のこと嫌いになりそうって言ってたけど、俺はいいんちょのこと……」
俺からのメッセージを耳にした、ウチのクラスの学級委員長は、足を止め、笑顔で背後を振り返る。
「ありがとう」
そう一言口にしたウチのクラスの学級委員長は、双子の妹と共に、思い出の公園から立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます