第5話 心美の誕生日

俺のクラスの学級委員長は、突然の訪問者を許せないらしい。

「倉雲、いいこと教えてやろうか? 心美ちゃんの誕生日、7月5日だってよ」

 7月1日の昼休み、廊下でバッタリ会った渡辺さんから新情報を聞く。

「なんだと!」と驚きの声を出すと、渡辺さんは胸を張り、自信満々な表情で俺の前へ一歩踏み出す。

「それでよく心美ちゃんの彼氏になれたな」

「ほっとけ。誕生日なんて知らなかったんだ」

「実は私も知らなかったんだ。4限の学活で身振り手振りだけで誕生日を伝えて、1月から順に並ぶっていうレクやるまでな。だから、今回は私が一歩リードしている」

 相変わらずな謎が含む意図に、俺は首を傾げてしまう。

「それで、どうして俺に小野寺さんの誕生日のことを教えたんだ?」

「倉雲は、こういう情報に疎いと思ったからな。教えなかったら不公平だろう?」

 そのまま渡辺さんは自分の教室に戻る。そんな彼女の後姿を見て、俺は眉を潜めた。やはり、ここは誕プレを贈るべきなのだろうか? だとしたら、何を買ったらいいのか分からない。大きな悩みが頭の上に乗った状態で、自分の教室のドアを開けた。すると、いいんちょの顔が飛び込んできた。いいんちょは、全てを見透かしたような瞳で俺の顔を見つめ、頬を緩めながら、席から立ち上がる。そして、ポンと右肩に優しく触れた。

「倉雲くん、なにか困ってるみたいね」

「まあな。小野寺さんの誕生日が7月5日だって知って、どうすればいいのか分からなくなったんだ。プレゼントとか贈ったことないし、どんなもの買ったらいいのか全然分からない。そもそも、付き合ってすらないのに、誕プレなんて送って迷惑じゃないのか?」

 正直に語られた悩みを聞いて、いいんちょは首を縦に動かした。

「そう、プレゼントのことなら、私に任せて。初めてのプレゼントとか、絶対喜ぶと思うよ」

「待て。誕プレを買うこと前提になってないか?」

「そうね。ここは買うべきだと思う。心配しなくても大丈夫。放課後、私が一緒に買いに行ってあげるから」

 

 そして迎えた放課後、俺は商店街の方へ歩いていた。今日は緊張で頬が強張っているような感覚だった。小野寺さん以外の女子と2人きりで歩くのは、今日が初めて。そんなことを思いながら、隣を歩くいいんちょの横顔を見る。

「そういえば、最近、心美ちゃんと一緒に帰ること多くなってるけど、どんなこと話してるのかな?」

 突然な問いかけの後、俺の頭には小野寺さんの顔が浮かんでいた。彼女のことを考えると、分かりやすくニヤけてしまう。

「そうだな。たわいない会話くらいだ。友達みたいにふざけあったこともあった」

「ふーん。心美ちゃんの好きなことって知ってる?」

「ああ、ラベンダーが好きだって言ってた」

「そういえば、そろそろラベンダーがキレイに咲く季節だね。だったら、ウチのブックカフェの近くにある雑貨屋さんに、ラベンダーをモチーフにした何か売ってるかもね」

「なるほど、いいんちょの作戦が分かった」

 納得な顔つきで、いいんちょと一緒に商店街へ足を踏み入れた。5分ほど歩くと、いいんちょの実家のブックカフェの看板が見えてくる。

「マスター、元気か?」と唐突に尋ねてみると、いいんちょは目を見開いていた。何事かと思い、咄嗟に視線を追う。その先のブックカフェの入り口の前には、東野吹雪、いいんちょの双子の妹がいた。


「吹雪……なんで、こんなところにいるの?」

 感情を押し殺したような声で、いいんちょが尋ねた。このイヤな空気は、6年ぶりの姉妹、感動の再会というものではない。いいんちょは無表情で、突然現れた双子の妹の顔を見ている。

「流紀姉ちゃん。今日はお話したいことが……」

「帰りなさい。あなたの顔なんて、見たくないし、話も聞きたくない」

「イヤです。帰りません」

「帰りなさい」

 東野さんは腕時計を一瞬だけ見てから、力強い顔でいいんちょの方へ足を進めた。

「3分でいいんです。時間をください」

「イヤです」

 東野さんは勇気を出して一歩を踏み出そうとしているのに、いいんちょは、それを拒絶している。このままではいけない。そう思った俺は、いいんちょの前で頭を下げた。

「いいんちょ、俺からも頼む。話を聞いてほしい。家族の問題に踏み込んだらダメだってことは分かってるけど、東野さんは、勇気を振り絞ってここまで来たんだ」

「倉雲くん、どうして私が嫌いな人の肩を持つの?」

「素直になれ。東野さんは1か月くらい前は俺たちの中学の校門の前までしか行けなかったけど、今日はこうやって顔を合わせられたんだ。双子なら同じことができるはずだ」

 その間に、東野さんは無言で俺の横を通り過ぎていく。それから、すぐにいいんちょの右腕を掴んだ。

「流紀姉ちゃんは、私のこと嫌いなのかもしれないけど、私は流紀姉ちゃんのこと大好きだから」

 ギュっと手を繋ぎ、真剣な顔で姉の顔を見つめてくる。その直後、いいんちょは、重たくなった肩を落とす。

「……分かった」と短く答え、俺たちはブックカフェの中へ招かれた。


 相変わらず人がいない店内を見渡す。その一方で、カウンターを拭いていたマスターは、6年ぶりに揃った娘たちから視線を逸らしていた。

 そして、そのまま適当なテーブル席に座る。俺の右隣にはいいんちょが座り、その正面に向かい合う形で東野さん机の上にスマートフォンを置きながら、着席。画面に映る時刻は午後4時を示しているのを確認した東野さんは、咳払いした。

「まずは、こちらの映像をご覧ください」

 そう切り出し、スマートフォンの画面に動画を映し出し、再生ボタンを押した。


真っ黒な画面に『正義のヒーローは、この中にいる!」というキャッチコピーが表示され、音楽の授業で聞いたクラシック音楽が流れる。数秒後には、縦3列、横3列に分割された映像に切り替わった。分割されたモニターの左下には、見覚えのある人物が映っていて、咄嗟に目の前に座るローカルアイドルの顔を見た。

 さらに3秒後、その人物の映像がクローズアップされていく。

『怪獣に追われる謎多き女子中学生、夏羽ユウコ/東野吹雪』

こんなテロップが表示された瞬間、俺は納得できた。ドラマか映画かは分からないが、この作品に出るという報告がしたかったのだろう。

「やっぱり、私がなんとかしないと、この世界は……」と言いながら、瓦礫の上を走る映像がモノクロに変わった瞬間、中年っぽい男性の声が流れた。

「あの巨大ヒーローはあなたですね?」

 最後に「ウォーターブルータイタン、10月放送開始」という文字が浮かび、15秒ほどの映像は終わった。


「はい。本日午後4時より情報解禁の最新映像でした」

 両手を叩いた東野さんの顔を見るのと同時に、俺の目は点になった。

「東野さん、もっと詳しく説明してくれないか?」

「そう。私、東野吹雪は、10月からスタートする特撮ドラマ、ウォーターブルータイタンにレギュラーとして出演します。1か月前は、このドラマのオーディションに受かったって報告したかったんだ。勇気がなくて、そのまま流紀姉ちゃんに会わなかったけど」

「……どんな話なの?」

 少し興味があるのか、俺の隣の席に座る学級委員長が尋ねた。そのあと、東野さんは、音量を消してから、画面をスクロールさせ、9分割された映像のところで一時停止。画面の中央に映るちょび髭の冴えない中年男性を指差した。

「主人公で探偵の明知サトルさんが、街を破壊する怪獣を地球防衛隊より先に撃退する謎の巨大ヒーロー、ウォーターブルータイタンの正体に迫る特撮ミステリーです」

「さっきの映像でネタバレしてない? 吹雪が演じる夏羽ユウコがその巨大ヒーローだって」

 俺と同じことを気にするいいんちょを見て、東野さんはクスっと笑う。

「大丈夫だよ。この登場人物紹介映像、容疑者全員分あるから。容疑者は、この中央の画面に映ってる探偵さんを囲むように映ってる8人。この中に正義の巨大ヒーローがいるんだって」

「下手な鉄砲、数打てば当たるとは言ったが……」と俺は苦笑い。すると、東野さんは、元気よく席を立ちあがった。

「これで夢に近づいたわ」

「夢だと」

「離婚して流紀お姉ちゃんと離れ離れになった時、家族みんなで私が出演している映画を映画館で観たいって思った。これは、その夢の第一歩」


 それから、笑顔で手を振り、東野さんが俺たちから離れていく。その直後、いいんちょは、慌てて席を立ちあがり、自分のスマートフォンを見せる。

「吹雪。待ちなさい。あのドラマの感想、伝えるから、連絡先を教えてください」

 その声が聞こえ、東野さんの瞳から涙が落ちた。そして、駆け足で双子の姉に近寄り、抱きしめる。

「流紀姉ちゃん、ありがとう」

 涙で声を震わせた東野さんを俺は温かい視線で見ていた。まだ時間はかかるかもしれないが、一歩ずつ近くなっている。そんなことを考えると、俺もうれしくなった。

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