俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、お中元を贈りたいらしい。

 夕焼けで赤く染まる空を見上げてから、いつものカバンを開け、隠した小野寺さんの誕プレを見る。キレイな包装紙で長方形に包まれたそれに軽く触れてからチャックでカバンを閉じる。

 いいんちょと一緒に小野寺さんの誕プレを買いに出かけてから帰宅するまで、2時間かかってしまった。いつもとは違う放課後のことを思い出しながら、自宅の玄関のドアを開けた。

 すると、学校指定の靴が揃えられているのが目に飛び込んでくる。まさかと思い、リビングまで走り、顔を出す。


 そこには、なぜか小野寺さんがいた。なぜかソファーの前で正座をしていて、その姿勢は真っすぐでキレイ。そんな彼女の隣には少し大きな紙袋が置かれている。

「小野寺さん……」と目を丸くして呟くと、隣の洋館の住人は頬を膨らませた。

「学校から帰ってから渡そうと思ったら、倉雲君まだ帰ってなくて、2時間も待っちゃったよ。ホントなら日を改めて訪問しないといけないんだけど、お義母さんが帰してくれなくて困ってた。まあ、普段の倉雲君のこととか聞けて楽しかったけど」

 そう言いながら、小野寺さんは調理場でキャベツを千切りするお母さんに視線を送る。

「そうそう、奈央。待たせる男は嫌われるよ」

 少し遠くから聞こえてきたお母さんの声が届く。


「いや、待たせるも何も、約束もしてなかったんだ」と弁明すると、小野寺さんはジド目になる。

「流紀ちゃんと何やってたの?」

「おいおい。なんで俺がいいんちょと一緒にいたって分かるんだ?」

 慌てて視線を逸らす俺を見て、小野寺さんは唐突に立ち上がり、距離を詰める。

「渡辺さんから聞いたの。倉雲君は流紀ちゃんと一緒に帰ったって」


「奈央。不倫なんてどこで覚えたの?」

 手を止めたお母さんが俺の元に駆け寄ってくる。

「俺は小野寺さんと付き合ってないのに、不倫ってことになるのかよ。だいたい、俺といいんちょはただの友達で……」

「だったら、どうして今日は流紀ちゃんと一緒に帰ったの? 私のこと蔑ろにして。もしかして、私より流紀ちゃんのことが好きなの?」

 頬を膨らませて、怒りをぶつけてくる同級生に賛同するように、お母さんはビシっと右手人差し指を立てる。

「奈央。かわいい女の子の恋心を弄ぶなんて最低だよ!」

「待ってくれ。なんか、俺がクズ野郎みたいになってないか? 信じてくれ。不倫とか二股とか、そんなことするような男に見えるか?」

 両手を振る俺を小野寺さんがジッと見つめてくる。


「見えるよ。あの人の息子なら、いつかやりかねないって思ってた」

「倉雲君のお父さんって、不倫するような人だったの? そんな人が身内にいたら、交際を認めてもらえなくなるかも」

 眉を潜め唸る小野寺さんの目の前で、お母さんは首を横に振る。

「違うよ。お父さんは不倫とは無縁な人だから安心して。困ってる人がいたら助けたがるお人よし。不倫をテーマにしたドラマの脚本書いてるから、その影響で他の女の子に手を出してるのかと思っただけよ」

「どんな理屈だよ! 俺はお父さんのドラマ、一度も見たことないからな。影響を受けるわけないんだ。信じてくれ」


「心美ちゃん、奈央の不倫、不安よな。お母さん、動きます」

「違うんだ。俺はただ、いいんちょとの約束を守っただけで……」とウソを口にした後、小野寺さんがジッと俺の顔を見て、首を傾げた。

「約束って何?」

「ああ、放課後、両親の離婚で離れ離れになった妹と会うことになったから、付き合ってほしいって言われたんだよ。俺が間に入った方が話しやすいんだって」

 そう事情を説明した瞬間、小野寺さんがクスっと笑った。

「そういうことなら、私も誘ってよ」

「悪かった。そういえば、東野さん、今度特撮ドラマにレギュラー出演するらしい」

「吹雪ちゃんが特撮ドラマに。面白そう」


 話題に食いついた小野寺さんを見て、俺はホッとした。すると、今度は彼女の近くに置かれた紙袋のことが気になってくる。

「そういえば、小野寺さん。今日は何をしに来たんだ?」

 この問いかけに対し、小野寺さんは気を引き締め、姿勢を正す。それから正座になり、紙袋から中身を取り出し、両手で俺の前に差し出す。

「心ばかりの品ですが、お納めください」

「えっと、小野寺さん、これは……」

「お中元です」

 目を丸くした小野寺さんを前にして、俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「お中元なんてもらったの初めてだが、なんで俺に送った?」

「将来親戚になるんだから、贈らない理由はないでしょう」

 サラッと理由が聞こえ、俺の顔が真っ赤になる。

「小野寺さん、俺と婚約する気満々かよ!」

「そうだよ。冗談であんなこと言わないから」

 あっさりと認めた小野寺さんの顔を直視できない。目の前にいるのは、本気で俺のことが好きな女の子。惚れている理由は分からないけど、ハッキリと分かることがある。その気持ちを受け止めながら、受け取った大きな正方形の箱をギュっと握る。


「心美ちゃんからのお中元。すごく豪華そう!」

 お母さんが話に食いつき、小野寺さんは笑顔になる。

「お義母さん。高級素麺です。お値段はご想像にお任せします」

「これ、最低でも10万以上しそうだな」

 思わず苦笑いした後、お母さんは突然、俺の肩を叩く。

「奈央。心美ちゃんにお礼状を書きなさい。マナー的にお返しはしなくていいらしいけど、こういう時はお礼状を書くのがマナーよ。次いでにラブレターも書きなさい」

「しれっとラブレター強要するな! まあ、お礼状は書き方をネットで調べて書くけど、ラブレターは恥ずかしくて書けそうにないな」

「それって心美ちゃんのこと好きってことね。両想いなら告りなさいよ」

 痛いところを突かれ、ビクっとした。その近くで小野寺さんは明るく笑っていた。

「倉雲君からの初めてのお手紙、楽しみだな」

「小野寺さん、悪いけど、住所教えてくれ。学校で直接渡すと、いいんちょ辺りにからかわれそうでイヤだ。家に押し掛けるのを小野寺さんは嫌がってたから、渡すとしたら学校しかないはずだ」

「そんなに私のこと気にかけてくれるんだ。優しい。あっ、そういえば親しい間柄だったら、わざわざお礼状書かなくても、電話だけで良いって聞いたことある」

「今晩電話しろと」

「そう。連絡先知ってるから、できるよね? 電話は午後8時以降じゃないとできないから」


「そういうことなら、夕食は素麺に決定ね。お中元で貰った高級素麺の感想を電話で伝えなさい」

 パンと両手を叩いたお母さんは、首を縦に動かし、俺からお中元を奪っていく。いつの間にか、お礼状ではなくお礼の電話をかけることになっていて、俺は肩を落とす。

 そんな時、小野寺さんは笑顔で玄関に向かって歩き出した。

「倉雲君、今日は帰るわ。そういえば、電話で話すの初めてだったね。楽しみだな」

 言葉が俺の心に刺さり、チクチクと痛む。一難去ってまた一難だと思いながら、俺は息を吐いた。




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